ウイルスセンター

「海洋の悪いウイルス 良いウイルス」を聴講して

高知大学農林海洋科学部 海洋資源科学科海洋生命科学コース教授 長﨑 慶三 先生

高知大学農林海洋科学部 海洋資源科学科海洋生命科学コース教授 長﨑 慶三 先生

海洋の悪いウイルス、良いウイルス

海には1031個のウイルスが存在すると言われている。それらの中には養殖魚に感染して病気を引き起こすような「人間にとって都合の悪いウイルス」がいる。その一方で、「人間にとって都合の良いウイルス」も存在するという。

例を挙げよう。珪藻等のプランクトン個体群では、分裂増殖を重ねるうちに、徐々に分裂活性が低下し、浮遊能を失ってしまう細胞が現れる。これらが、一定以上の深度に達すると、ベルトコンベアのように底層を流れる海洋大循環に乗って、遥か彼方まで運び去られてしまう。このとき、プランクトンは光合成によって得た多くの栄養分を保持していることから、細胞沈降の結果として、浅海生態系の外に貴重な栄養が持ち出されていってしまうことになる。ところが、ある種のウイルスは弱ってきた植物性プランクトンに感染し、細胞を死滅させることで、細胞内の栄養を沈降前に放出させ、浅海域からの栄養の持ち出しを抑制することが報告されている。このようにして、植物性プランクトンの豊富な生産力のある海、ひいては魚貝類の多く獲れる漁場の形成につながっている。

他の例として、赤潮を抑制するウイルスも存在する。赤潮は藻類の異常な増殖により引き起こされる現象であるが、その消滅に藻類に感染するウイルスが関わっているという。赤潮の原因となる植物性プランクトンの一種、ヘテロシグマ・アカシオHeterosigma akashiwo にウイルス(HaV)が感染することが、赤潮消滅の一要因と考えられている。こうした自然界で起こる現象を精査するためには、宿主とウイルスを実験室内で培養することが望ましい。

珪藻類に感染するウイルスも存在する。珪藻類はガラス質 (珪酸質) で構成された殻で覆われているため、かつては珪藻類には「ウイルスが感染しないのでは?」と考えられていたが、2004年に世界で初めて珪藻感染性ウイルスが発見された。

また、有害渦鞭毛藻の一種であるHeterocapsa circularisquamaに感染するウイルス(HcDNAV)も見出だされた。Field Emission-Scanning Electron Microscope (FE-SEM) を用いた同ウイルス粒子の観察の結果、ビリオンは緻密な構造を持ち、美しい工芸品のような姿であることが判明した。

宿主とウイルスの相互関係

ウイルスの宿主特異性はきわめて高い。実際に、56株のHeterocapsa circularisquamaと107株のHeterocapsa circularisquama RNA virus (HcRNAV) を用いた組み合わせを作り、その感染性について検討を行った結果、ウイルス側は相補的な宿主範囲を持つ二つの集団 (type UAとCA)に群別された。 また、宿主側も相補的な感受性パターンを持つ2タイプに同じく群別された。この感染特異性には、ウイルス粒子の表面に露出しているアミノ酸の置換が関わっていることが推定された。

これまでの研究では、主に、明瞭な細胞死滅現象がみられる「弱い宿主 vs 強いウイルス」に注目して解析が行われてきたが、この結果は、感染を巡ってのベストスコアを調べるためのものとなっており、天然の個体群(異なるクローンの混合集団)を精査するためには、より多くの組合せを調べる必要があると考えられた。

特異的な宿主への感染におけるウイルスの宿主へのエントリー (吸着と侵入) の重要性を検証するため、エントリーをバイパスする実験を行なった。本来は海水ベースの培地で生育するHeterocapsa circularisquamaを、濾過により一時的に濾紙の上にのせ、抽出したウイルスゲノムをまぶしつけた金コロイド粒子を遺伝子銃 (パーティクルガン) で打ち込むことで、本来は感染が成立しない細胞内へウイルスゲノムを導入した。その後の細胞内で導入したゲノムが複製するのかについて、複製時に合成されるマイナス鎖RNAをノーザンハイブリダイゼーションで検証した。また、ウイルス粒子が形成様態については、透過型電子顕微鏡による観察で検証した。その結果、ゲノム複製とウイルス粒子形成がいずれも見られたことから、宿主へのエントリーが特異的な宿主への感染を左右する重要なファクターであることが示唆された(細胞内の複製条件はむしろ緩いと考えられる)。

しかし、もしウイルスは宿主へ感染し死滅させるだけ、宿主はウイルスに殺されるだけの関係であれば、やがて宿主は駆逐されてしまい、ウイルス自体も増殖できず、宿主とともに絶滅すると考えられる。だが、実際には宿主もウイルスも海で共存している。この現象から、宿主がある程度ウイルス感染のチャンスを与える一方で、ウイルスは宿主を完全には駆逐しないシステムが存在することが考えられた。

このシステムの存在について実験室レベルで検討するために、赤潮の原因の単細胞クローン集団へウイルスを感染させ、宿主が完全に駆逐されるのかを調べた結果、3/1000個の割合でウイルスに対して抵抗性を持つ細胞が存在し、駆逐されないことがわかった。この3/1000個がどのような機序で抵抗性を発現しているのかは不明であるものの、宿主側が「突然変異を伴わなくとも」完全に駆逐されないシステムを持つことが示唆された。

ウイルスと宿主の共存事例

陸上植物においてはエンドルナウイルスと呼ばれるウイルスが見つかっている。エンドルナウイルスは健全なイネやピーマンなどの全組織で一定コピー内在する一方で、宿主に明確な病徴を与えない2本鎖RNAウイルスである。

このようなウイルスの共生は、海洋でも見られることが報告されている。海洋藻類に共存するウイルスはFLDS (fragmented and loop primer ligated dsRNA sequencing) 法という方法を用いて同定されている。FLDS法は、2本鎖RNA (dsRNA) がエタノール存在下でセルロースカラムに特異的に吸着することを利用し、試料 (宿主) から抽出した核酸中のdsRNAをカラムクロマトを用いて特異的に抽出し、ウイルスを探索するという方法である。この方法を用いて一握りの藻から21種の新種RNAウイルスが発見されている。今後はこの方法を使い、渦鞭毛藻中のdsRNAウイルスを探索する予定とのことだった。

感想

環境ウイルスは、実はとても身近にとても膨大な数存在すると考えられているにも関わらず未知の部分が多い分野で、環境ウイルスについての講演を聞くと研究の種は実はいたるところに落ちているのだなと、再認識しました。また、長崎先生の話ぶりからウイルス研究に対する熱い熱意を感じました。

宿主とウイルスの相互関係についての実験の結果、同一のクローン細胞であるにも関わらず3/1000個の割合でウイルスに対して抵抗性を示す細胞が存在すると知り、とても興味深く聞いていました。普段は劇的かつ一見して分かりやすい現象を調べ、なぜこんな現象が起きるのだろうと研究を進めています。しかし、実はウイルスと宿主の関係は劇的なものだけではもちろんなく、細かく複雑なやりとりが行われていることを意識して研究を進めていきたいと思います。

最後に、ご講演してくださった先生方、質問に対し快く回答してくださった長崎先生、企画・運営に携わった西村先生、増田先生をはじめ、多くの関係者の皆様に感謝申し上げます。

執筆者

弘前大学博士課程1年 荒川将志

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