西村秀一
独立行政法人国立病院機構仙台医療センター
臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長
前回、現場のリスク評価の話をし、山形市と宮古島でのそれぞれフェーズ4、5bの発熱外来の模擬訓練を引合いに、個々の行為のリスク評価が大事という話をした。だが、その後、発熱外来の必要性をめぐって、メールでやりとりをする機会があり、これをきっかけに、そこでのリスクがうんぬんというその前に、まずは、それが本当に不要なのかどうかを論じることの必要性を痛感した。同じく発熱外来と言っても、群盲評象、いろんな人が個々のイメージだけで全体的の賛否を述べ合っているのが現状である。今回は、SARS流行時に台湾で見学した発熱外来の例も交えつつ、発熱外来について具体的に考えてみた。
国の「指針」における発熱外来 (番号、アンダーラインは筆者が書き加えた)
発熱外来の設置場所の例
以前から、発熱外来はかえって危険を増大させるだけで必要ないという意見は、よく耳にしていた。その理由の主なものは、次の3つである。
これらに対する筆者なりの答えは、後でじっくり述べることにするが、実はごく最近、反対論を展開なさっていた先生とメールでやりとりしている。以下は、この件に関する筆者の現在の印象を述べたものである。
A先生へのメール
私自身は、発熱外来については、一方的に有害無益とは考えていません。むしろ私は、「発熱外来」ということばで想像するものが人によっていろいろ異なっているのではと危惧しております。
発熱外来と一把ひとからげ、どこでも一律同じようなものではなく、その土地その土地の土地柄、医療文化、医療風土、人びとの生活パターンのようなものに応じて目的も設置の仕方も別々に考えるべきものであり、クロスコンタミをしないような工夫はもちろんですが、あるいは極端な場合、「こうしたところでは、やはり必要ない」といったことも結構、そこはまだ専門家会議の人びとも含め議論が浅いと感じています。
「指針」が言う「感染拡大防止」の意義についてはどれだけあるかは、あるいははたしてそのような目的で良いのかよくわからないが、筆者はこれに2つ付け加えたい。「地域の病院の死守」と「開業の先生方の参戦」である。1)
まず前者だが、パンデミックで、地域の主要な病院の外来にいきなりパニック気味の大勢の患者が押し寄せることは是が非でも防がねばならない。もしそれを許せば、過剰な患者ロードによる医療従事者の疲弊と、病院の外来を感染の場とする病院内でのインフルエンザの蔓延と医療従事者の罹患により、病院の機能崩壊は時間の問題である。これまで何度も言っているように、現状の医療体制では、ただでさえ足りない医療従事者に休まれたら、病院はアウトである(機能しなくなる)。
病院はインフルエンザ患者だけが来るところではない。インフルエンザ以外に緊急な治療が必要な患者や、たとえば透析患者のような、パンデミックがやって来ようが来まいが命をつなぐための治療が必要な患者が来るところである。そうやって市民の健康を守る本丸があっけなく陥落してしまうようなことになれば、市民にとってあとはない。いわば、発熱外来は、それを防ぐための出城あるいは砦である。敵のいきなりの本丸への侵入による混乱を起こさせない、本丸の機能維持のためのものである。
後者に関しては、「指針」にも「新型インフルエンザの診療を当該医療機関で行なわない医療機関は(中略)往診や発熱外来の診療等に必要に応じて協力する」とある。実際のところ、パンデミック時、それこそ患者間や職員への感染リスクということを考えたとき、たぶん地域の開業医の先生方も自分の診療所で通常の診療体制を続けることは望まないはずである。それでも、何かしら地域のために自らの力を役立たせたいと願う先生方も多いはずである。また、「当分の間休診」でほっかぶりでは後ろめたくもありまたパンデミックが過ぎ去ったときの地域の人の目も気になるかもしれない。彼らに対し、敬意と感謝の念を表しつつ発熱外来やそれに付随する仕事で、活躍の場を提供するという意義もあってよい。
また、そうやって地域一丸となってこの大きな問題に当たっているという姿勢を示し、住民に安心感を与えるべきだと考える。
「指針」では、流行初期には「新型インフルエンザの患者とそれ以外の患者を振り分ける」ことと、流行が拡大したのち、それに「患者の症状の程度から入院治療の必要性を判断する」ことが加わることになっている。ほかに、「必要な投薬を行なう」ともある。そこには、とくに書かれてはいないが、「必要な検査を行う」ということも当然のこととしてあるはずである。あとは、後述の3-a)に、筆者のアイデアを付け加えておいた。
ここでは、「本当にそんなに簡単に新型を判断できるのか」という大きな問題を抱えつつも、目的として見たとき「流行初期には新型とそれ以外を振り分ける」ことに関しては、あまり目くじらは立てないでおくが、流行拡大時のそれについては一言ある。
もはや大流行となったとき、「新型」インフルエンザの患者とそれ以外の患者(とくに、通常のインフルエンザやその他の呼吸器系感染症)の振り分け」を厳密にやる必要はあるのか一度、きちんと考えるべきである。筆者は、事ここに至った場合には、個室隔離ができるのであれば、「患者の症状の程度による、入院治療の必要性の判断」だけで十分だと考える。新型であろうが、そのほかの感染症であろうが、症状が悪化しているのであれば、入院治療は必要である。
ただし、新型患者を大部屋にコホートしたいという都合があったり、流行の最新知見として新型の予後が非常に悪く、他とくらべて入院治療の必要性が格段に高い、というようなことが明らかになった場合には、事情は異なってくることは付け加えておく。
反対論のひとつひとつへの筆者なりのコメントである。
1)については、設置時期の問題が大きいと考える。たしかに、「指針」のように、「可能な限り早期に設置」というのであれば、まさに反対するひとたちが憂慮するとおりである。とくに、地域住民に対して安易に「発熱したら発熱外来を受診するよう」呼びかければ、……考えてみていただきたい。世の中に発熱者はゴマンとおり、その多くが不安にさいなまれた場合のことを……大勢の偽新型インフルエンザ患者の中への真の新型インフルエンザ患者の紛れ込みが生じる。
設置を「二次医療圏にひとつ」としていることや、このような時期に開業医の先生方が自分の診療所での診療を休止して発熱外来に馳せ参じることは期待していないであろうことから、たぶん「指針」が言う早期の設置は、後述3-b)の「病院併設方式」のものに、あらかじめ保健所からの連絡があって疑い患者が送られてくるようなケースをイメージしており、市中で飛び込みで多くの発熱者がやって来るものは考えていないと推察される。そこに反対論者とのずれがあるように思える。ともに封じ込めを強く意識したもの同士のイメージのずれである。筆者に言わせれば、どちらにしてもそのような極めて早期の設置は、外国からの帰国者関連の患者というごく限られた前提以外、大半の地域にとって現実的に効率的にも実効性に乏しいはずである。筆者の考える発熱外来は、上記1-3)で明らかにしたように、パンデミック期のものである。
2)については、まずは、都会と田舎では違うということを言いたい。地域の実情が加味されるべきであり、ひとつひとつ場合分けして検討する必要がある。
場合分けしないから議論が混乱するのだ。どこでも都会のように、公共交通機関が発達しているわけではないし、大勢の人たちが街を歩いているわけでもない。そうした地域では、2)を杞憂するよりは、医療資源が乏しいことが多く、それらを集中させる場として街なかに発熱外来を設ける意義はある (ただし、それも後述するように、地域の医療風土にもよる)。
都会にしてみても、確かに2)の危険性はあるが、それは1-3)で述べた目的に向けて、設置の場所や運用の仕方といったところの、設置側の工夫でそうしたリスクができるだけ低くなるよう仕向ける努力で切り抜けるしかない。最初から、だめだという発想では何も生まれない。
確かに、後述4の、発熱外来の設置の必要要件を満たせず、かつ、どうしても上述の工夫が現実的でない場合もあろう。そうしたところの中には、もし医療資源的に可能であれば、確かに患者にやたら動き回られるよりは家にいてもらい、電話相談を受けて抗インフルエンザ薬を届けにいく、あるいは往診システムを徹底するといった対応の方が望ましいところもあるかもしれない。だが、それはそれであり、一律反対というのはないだろう。
3)のような意見が出るのは、「指針」が言う「二次医療圏にひとつ」が頭にあるからかもしれない。しかし、よく読めば、それは新型インフルエンザ出現早期の話であり、その後患者の増加にしたがって「数多く設置すること」が望ましいとされている。むしろ、それだけ増大した患者の波が、何の防波堤もなく地域の基幹病院に向かってくることこそ、防がねばならない。1)
次に、発熱外来のあり方、実際の設置の仕方について考えるところを述べてみる。大きくは二つに分けられる。ただし、お断りしておくが、一律にどちらでなければならないという事ではない。「その土地、その土地の医療風土とか医療カルチャーにあったやり方をとるべきである。」これは、宇都宮市保健医療監、来栖博先生からお聞きしたことばである。まさにその通りだと思う。
こういった方式が通用するのは、地域住民の開業の先生方に対する信頼が厚く、普段から開業の先生方が、住民の一次診療の大半を担われており、いきなり地域の基幹病院に患者が飛び込みでやって来るようなことがあまりない、住民意識の高い地域である。地域住民への広報が徹底し、住民もそれに素直に従う素地のある地域である。
住民の居住地区に近く、場所がわかりやすく、駐車スペースが十分にとれる場所で、入院患者を受け入れる基幹病院や地域の患者数が爆発的に増えた場合の臨時入院施設の設置予定地へのアクセスが良い場所に設置し、そこには開業の先生方が自分の診療所のスタッフを引き連れて詰め、地域の調剤薬局の協力を得て、そこの薬剤師が詰め、臨床検査や簡易X線撮影等に関しては、基幹病院その他からの検査技師、X線技師の応援を求め、そこで働く人たちは時間で交代するような勤務体制とする。
さらに、医師会の事務局員も詰め、彼らが総務的な働きをし、それによりそこは地域のヘッドクォーター的存在となり、地域からのさまざまな情報の集約や地域へのきめこまかな情報発信の場となり、また、後述5-2)で述べる「往診部隊」の基地となる。
指針にある「病院における専用外来(通常の患者と接触しないよう入口などを分ける)」ならびに「医療機関の敷地内におけるプレハブ等」が、これに相当するが、パンデミック時には、どちらかというと、病院が自らを守るために設置するという性格が強い。
病院が独自に自らのために設置することは当然として、そのほかにも、医療風土的に、それまでの住民の行動パターンが、どうしても患者が最初に飛び込む先が基幹病院である場合を含め、a) に挙げた市中独立設置の諸条件が整わない地域、あるいは医療資源的にそれができない地域では、こちらに頼らざるを得なくなる。
ただし、ただでさえ不足しているその病院の職員だけでそこでの任にあたるのは、労働的に過酷である。地域の開業の先生たちや医療従事者以外のボランティアがそこをアシストするような体制がとれるよう2)、医師会その他から事前に協力の約束をとりつけておくべきであろう。



台湾でのSARSの流行の話である。最初のころ、流行の現場は救急外来であった。そこに患者が紛れ込んできて、そこが感染の場となった。その貴重な反省を踏まえて、その後、台湾では、この方式の発熱外来の登場となった、というのが私の理解しているところである3)(図1,2参照)。
このことは、SARSだけでなく新型インフルエンザにも当てはまり、とくに救急を含む病院の外来を守ることは、非常に大事である。この方式の利点としては、日常的にその病院が管理している慢性疾患患者がインフルエンザに罹患してやってきたような場合、主治医との緊密な連絡やそれまでのデータの活用が容易であるということと、重症者については迅速な入院治療が可能となるということがある。
目的は、病院に安易に患者を入れないことであるから、発熱外来での診療と、病院の外来玄関あるいは救急外来入口での発熱者のチェックとその発熱外来への誘導は対となるものであり、必須である(図3参照)。
あとは、c)以上二つを折衷したようなやり方もある。
たまたま筆者が那覇市立病院を訪れた際、新型インフルエンザのパンデミックの問題を具体的に考えておられた同院内科の知花先生が、アイデアとして話してくれたことである。まだ私案の段階ではあるが非常に印象に残っている。ここは、同市のまさに基幹病院であるが、この病院に隣接したところに小、中学校がある。そこを、まさに同市の発熱外来にしてはどうかというものである。広いグランドは格好の駐車スペースとなり、広い体育館や数多くの教室は、使いでが多い。さらに、もうひとつ、医療資源の乏しい僻地型の変則的なやり方として、以前紹介した岩手県北地区の広域連携を模索する中村案4)のような、d)広域医療圏で既存の診療所をネットワークの一部として発熱外来に利用するというやり方もあろう。
4-1)まず、患者の側から、基本的に真の感染者と非感染者が待合室や診察の場で混在しない工夫が必要であり、また環境面あるいは立地的にそれが可能であること。
同一の狭い場所に、複数の受診者がいないような構造になっているか、あるいは運用が可能であること。例えば、4-1a)待合室の個室化(既存のものがなければ、プレハブでの設置あるいはパーティションによる設置)とか、4-1b)アイデアとしては、駐車場のクルマの中を待合室として使いそこから呼び出す方式、あるいはドライブスルー方式にするというのもある(ただし、この場合には、クルマを誰が運転してくるのか、同じクルマという狭い空間で、その運転者の感染防御は大丈夫か、という問題はある。たぶん、その際には、十分な予防投与と高性能マスクの着用を前提としなければならない)。また、運用的に4-1c)電話等による時間予約制を徹底させるとかも良い。
あるいは、逆に4-1d)待合のスペースとして体育館のような天井が高く非常に広い部屋にして、患者同士の距離を離すとともに感染者の呼気を希釈させる(さらに換気)という手もある。
次に、4-2)医療従事者にとって発熱外来が感染の場にならないような工夫が可能なところ。具体的には4-2a)容積的に診察スペースが広く確保でき、効率の良い換気が可能。
あるいは、思いきった発想転換で、4-2b)狭い部屋で強力なフィルタリングと温湿度設定が可能であること。そのほかには、以下のようなことが挙げられる。
4-3)薬剤、PPE等の保管ができるスペースがあること
4-4)情報の取り込み、発信が容易なこと。とくにインターネットが使えるところ。
4-5)医療従事者の十分な休憩スペースを有するか、あるいは近くに休憩施設が確保されること。
これらすべてを満足させるようなところは、そうはないだろうが、こうした条件は努力目標として大事である。これらに叶う場所としては、たとえば、先の知花先生案のようにパンデミックで休校中の学校を利用し、体育館を診療場所に教室を受診者ごとの隔離に使うという手がある。パンデミックを題材としたアメリカのTV映画では、電車の運行が停止された地下鉄構内というのがあった。5)
ここまでは、ハードの面であった。だが、入れ物ばかり決めて、そこでやることのソフトが決まっていない。その中に、発熱外来の機能に直結する一番大事なこと、重症の判断と入院のクライテリアを決める必要性ということがある。いったい、どのような患者を帰宅とし、どのような患者を入院とするのか?
「指針」には、入院勧告中止後には「患者の症状の程度から入院治療の必要性を判断する」こと、「患者に重度の肺炎や呼吸機能の低下を認め、入院治療の必要性を認めた場合、保健所等の協力を得ながら入院診療を行なう医療機関への入院を調整する」という文言(著者アンダーライン)があるものの、それ以上具体的な話はない。事前にどこかで何かを基準とした線引きがなければ、混乱は必至である。診た患者の入院の必要性の有無について割り切って、ブレなく判断できるのかという危惧がある上に……とくに、グレーゾーンで入院の必要性がないと判断することの、医師としての難しさ……たとえ線引きが事前に決まっていたとしても、その先のことを考え、人間として迷うことは十分に考えられる。
さらには、1-4)で述べた新型の診断の問題がある。もし、「新型インフルエンザか否かの診断がぜひとも必要」となった場合にも、そう早く結果が出るわけではない。また、検査の偽陰性まで考えると、再検査の時間も含め結構長い時間がかかることが予想される。
これらを鑑みれば、すべて即決ではなく判断の猶予の時間を設ける必要があろう。そのためには、先の4.の要件に4-6)として、「経過観察のための収容スペース(準入院のような位置づけ)が準備できること」を追加したい。筆者は、台湾でも、発熱外来にそうした小部屋を複数準備しているのを見てきている(図2参照)。
もし、そうした経過観察対象が非常に多いことを想定し他場合、そうしたスペースをどのように確保するのか。できるのか?「できない」という前に、できるようにすべきである。知花私案のように小学校の教室を使うアイデアも良しであるし、また、先に紹介したTV映画では、地下鉄構内のテントの中で人々が寝ており(実質的に個室隔離とコホート隔離)、これもアイデアとしては面白い発想である。
「指針」では、「入院治療の必要性を認めなければ、必要な投薬を行い、極力自宅での療養を勧める」とあるが、家に帰される患者に対する説明や医学的フォローの問題も大きい。軽症で入院不用と判断した場合のその後である。家に帰ってもらうのはいいが、そこで急激に症状が悪化する場合も当然考えねばならない。そうなったときにまた発熱外来を訪れ、そこで判断してもらってやっと入院というのでは、患者の負担が大きすぎるし、適切な治療の時期を逸する危険性大である。
「指針」には、「医療機関意外において医療提供を行う体制」の項目に、「施設内で必要な診療を受けることができるように」「都道府県は、地域医師会と連携し、必要に応じ医療従事者を訪問させる」とあるが、具体的なところはない上、帰宅させた患者のことは考慮に入っていない。
この問題に対する筆者の提案が、往診部隊の結成である。これは、開業の先生方を中心に、看護師・薬剤師・運転手件事務職がチームを組み、電話相談のあった家や、発熱外来で軽症と判断され自宅に帰された患者の往診にあたるものである。これによって、発熱外来に来られない、あるいはそこから帰された患者の症状の悪化への、その後の迅速な対応が可能となる。この構想については、また別の機会に詳しく述べてみたい。
冒頭の繰り返しになるが、発熱外来というひとつのキーワードで、いろんな人が、いろんなイメージを持って、意見発熱外来という見えない象を各自が勝手にイメージしている。これは、新型インフルエンザ対策の上で、非常に大事な概念であり、もう一度、それぞれのイメージを明確にした後に、様々な場合について議論が必要と思われる。
これは、もしかしたら名前が悪いのではとも思えてくる。 たとえばの話、街なかにつくるものは、トリアージ・ポストとか、横文字がわかりにくければ「なんとか地区新型インフルエンザ一次診療センター」とか、病院併設のものは、「発熱者予備診察部」にするといった具合に、うまくネーミングをし直し、住民に対する意識付けも兼ねて、役割をきちっと明らかにしておく必要があるのかもしれない。
ところで、発熱外来は、医療の問題だけではない。その地域の基本方針が確立している必要がありそして、それが住民に徹底されていること2)が鍵となる。それがなければ、たんなる絵に描いたモチにしかならない。
また、今回、いろんなアイデアを紹介してきたが、その地域がどのようなものをつくるのかは、結局は、その土地の事情による。そして、その事情は、まさにそこの土地の人しか知らず、だれも他の地域、あるいは県や国といった上位にある組織が上から与えてくれるものではない。自分たちが自らのこととして考えていくしかないという、いつもの話の強調で、今回も筆を置きたい。
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