西村秀一
独立行政法人国立病院機構仙台医療センター
臨床研究部病因研究室長・ウイルスセンター長
前回まで、医療を疲弊させないための戦略の話をしてきた。今回は戦術の話である。このところ地域のプランニングの具体的な話題でたびたび登場していただいている中村医師から、また非常に内容に富んだ長い手紙をいただいた。筆者は、ぜひその内容を読者に紹介したいと考え、今回、手紙とそれに対する返事という形をとって本稿を進めていくことにした。ぜひおつきあいいただきたい。(内容的には固有名詞も頻出するが、あくまで私的な考え方を、具体的な観点で述べたものであることを、あらかじめお断りしておく)
中村医師の手紙(2007年12月19日)(著者による抜粋および文の改変)
11月19日、県主催の新型インフルエンザ関係機関連絡調整会議があり県の新型インフルエンザ対策(レベルIV以降)の説明がありました。そこでの議論を私なりに評価すると、県側のプランではまだ医療従事者の防護の具体的記述があいまいで、また保健所の担当者がつくった連携体制案でも、入院受け入れ機関が340床規模の県立病院と、96床規模の旧町立病院(現国保病院)しかないといったもので、発熱外来も人口3.8万のK市で県立病院に一か所をつくるだけといった程度で、現状の問題点が露になった感じがしました。
また、このプランでは初期の入院対応が「感染症指定医療機関」となっていますが、現実にはこうした医療機関は地域の基幹病院でもあり、通常の高次救急、周産期医療、透析等の業務でいっぱいいっぱいであり、その上新型インフルエンザに対応するのは現在の医療状況(勤務医等の勤務状況)からすれば、とても無理ではないかと思います。こうした地域特性のところでは、まったくの一般病院を、そのまま何の手当てもせずに新型インフルエンザ入院施設とするのではなく、あらかじめ新型インフルエンザに対応する設備基準(人員、人工呼吸器、PPE、抗インフルエンザ薬等)を決め、それらを確保した上で指定機関とする方が良いと思います。
なお、会議そのものより、むしろ会議終了後の関係者との話し合いで、非常に重要な視点が出てきましたのでお知らせします。(以下1~3)
1.某保健所長の意見
地域の基幹病院は新型インフルエンザ患者を受け入れるべきではない。周辺の医療機関を新型インフルエンザ治療に特化させ、一般患者を転出させた後に基幹病院からのスタッフの応援を入れて対応すべきである。周辺医療機関は、「新型インフルエンザ特化」か「それ以外の患者を受け入れ、あとは発熱外来でのトリアージ」かのall or noneにすべきだ。
2.某町立病院医師の意見
慢性期の一般患者の外来にも入院にも対応している町立病院の現行の体制で、そのうえ新型インフルエンザの患者の入院加療にまでも対応することは困難である。それであれば、現在入院対応していないが6床のベッドを持つ、そして潜在的にベッド数を増やせる余地のある先生の国保(国民健康保険)診療所に、こちらからスタッフを派遣しでても非常時の受け入れをお願いしたい。
3.病院勤務の経験がある40歳代の開業医
パンデミック時、開業医は自分の診療所を閉め、共同で対応するチームをつくるべきである。漫然と開業を続けることはむしろ状況が許さないだろう。これは、地域の医師会がリーダーシップを発揮すれば実現可能である。日常の慢性疾患患者に対応する医療機関を決め、残りの休診中の開業医は、その医療機関か新型インフルエンザに対応する医療機関に応援に行くのである。最も危惧すべきは医療従事者の疲弊であり、一定数の医師がチームを組めれば休養もとれる。
この話のあと、この先生に、「先生はひとり大野地区でどれだけがんばれると思うのですか、先生もチームの一員として体制作りをしませんか」と言われ、私もそのように思えてきました。
1918年のパンデミック当時は、田舎や島部の閉鎖的な地域にリーダーシップのある人物がいて、新型インフルエンザの防疫に成功したところが被害を最小限に抑えており、私もその延長上に、まずは旧大野村のような農村部のプランを立案してみようと考え続けてきました1)2)。ただ、交通、物流が発達した今日は、地域の守りにとってネガティヴな面とすれば、パンデミックの拡大の速度がまったく異なるだろうということがありますが、その一方で、ポジティヴに考えれば、われわれには人的にも物的にも当時とくらべてはるかに多くの医療資源があると言えます。パンデミックは抑制困難としても、町や都市の方では医療資源を有効に集積することが可能で、国や地方自治体の政策だけでなく、医師会が動けば体制構築が可能かもしれないという非常に感心させられたアイデアでした。
イメージとしては、1)インフルエンザ様の症状を訴える患者は、発熱外来があり重症者をトリアージする医療機関に2)インフルエンザ以外の、重症度が低くそれなりの処置や投薬ですむような患者は、通常の診療を受け入れる医療機関へ 3)高次救急を必要とする患者は地域の基幹病院へといった、パンデミック時のフレームワークが出来上がっており、それらの診療区分が周知された上で、チーム医療に加わる開業医が診療所を閉じ、そこで働く開業医と看護師そしてそこに併設されている調剤薬局の薬剤師ならびにそこにある薬剤を有効利用するのです。そして、この際にそこに通院している慢性期の投薬のみでも良い患者は、事前に3か月程度の処方を行なうか、2)の医療機関にかかっている患者であれば、電話あるいはFAXでの依頼により薬剤師なり看護師が安否確認も兼ねて薬を届けるのです。
つぎに、医療資源の組織的有効利用の観点で、パンデミック期の私たちの地域での医療機関の連携について試しに具体的に考えてみた、私的試案というべきものを述べさせて下さい。

私たちの住む地域の医療機関の説明をします。久慈地区では、久慈市と合併した旧山形村の国保山形診療所(久慈市から約20km)が19床の病床を現有し、二戸地区では二戸市内から約15km離れた九戸村に県立の地域診療センター19床があり(病院が診療所化したもので潜在的に45床あり)、また約17km離れた浄法寺には最近まで12床入院対応していた国保浄法寺診療所があり、さらに久慈市と二戸市の間にある軽米町には県立軽米病院105床があります。種市病院96床とあわせてこれらの公的医療機関を中心にパンデミック時の地域医療ネットワークを構成していくことが可能となるのではないかと思います。次に、これをもとに考えてみたことを箇条書きします。
以上が、中村医師の手紙の本稿に関連する部分の概要である。これに対し筆者としては、やはり自分の考えるところを伝えねばと思い、次のような返事を書いた。
中村医師への返事
開業医チームへの先生の参加の是非について
先生が声をかけられた開業医の先生のことばで、「先生ひとり大野地区でどれだけがんばれると思うのですか」という時の先生のイメージは、地区で患者が爆発的に増えたときに、ひとりで治療に当たる医療従事者としてのイメージであろうと思います。たしかにそうなったときに、先生がひとりで孤軍奮闘するイメージは、もしかしたら無駄な努力、あるいはドンキホーテのように想像されるかもしれません。
それでも、これまで先生が考えられてきたものは、そのような事態にならないための地区を挙げた方策であり、また、私が先生の役割としてイメージしていたのは、そのような事態に至ってしまったときには医療行為そのものというより、むしろ患者のケアへのシフトを行い、あるいは地区全体1)2)3)を破綻させないよう行政とともにうまく舵取りするリーダーとしての役割でした。
先生もおっしゃっているように、「町や都市の方では医療資源を有効に集積することが可能」(著者下線)ですが、その資源が行く先は、やはり僻地ではありません。もちろん大きな目で見たとき、広域市町村全体の医療レベルが上がり、ひいては僻地も恩恵を受けるという論法もありだとは思いますが。しかし、もし、先生が町や都市の方のチームに組み込まれることになれば、そのままでは下手をすると先生の地区の医療資源が枯渇してしまうわけで、私は先生が、ネットワークの中で町の患者を先生のホームグランドで受け入れるのは良いと思いますが、先生が本丸を離れるのは良いことだとは思いません。先生が離れることで大野地区の患者は、みな町の方に行かねばならなくなり、また地域の核となる人物が不在となり、これも地域エゴと言われるかもしれませんが、大野地区にとってデメリットの方がメリットに勝ります。守りはコンパクトに、小さな単位でやった方が手堅くやれるだろうというのがこれまでの私たちの考えだったわけで、町の開業医の先生方のチームは町を守り、先生は先生の地区を守るというやり方が良いと私は考えます。それがあっての、入院患者の行き先確保という意味での広域ネットワークであればまったく問題はありません。
先生が、医師として開業医のチームに参加したいということは、私はそれは医師としての本能のようなものだと思います。あくまでそうしたいのであれば尊重しますし尊敬もいたします。私は、第一線での働きの大切さは否定しませんが、先生にはもっと高いところに立っていただきたいと思います。
ただ、先生の私案の枠組みの中では、大野診療所は一般入院と発熱外来の担当になっているようです。先生がそこを放っておいて開業医のチームに参加することはありえないと思うので、たぶん、大きな意味での地域の連携の枠組みの中に、ご自分の診療所も入れるという意味であると理解しました。
確かに少ない医療資源の集約という意味での地域連携は良いアイデアです。しかし、それでもひとつひとつの小さな単位が自らを守ろうとする努力は絶対に必要であり、そうしないと、一つ一つの小地区(先生のところで言えば大野地区)がめちゃめちゃになって何のための連携かということになりかねません。そして、そのためにリーダーの存在は必須です。必ずしも医師である必要はないものの、やはり医療事情を良くご存知の先生のような方が、地域を守る柱になる必要はあると思います。そこが欠けると、その地区の守りはがたがたになります。逆に言えば、先生のところがモデルになって、そうしたコンパクトな守りができた小地区がいくつもあれば、全体としての被害も抑えられるであろうというのがこれまでのアイデアでした。
地域には医療の状況とさらに全体の見渡せる核になる人材が必要であり、僻地からの町のチームへの参加は、そこが担保されていてさらに余力があった場合の参加であってほしいと思います。
それにしても、こうしたことを先生に言ってくれる開業の先生がおられることは、本当に心強いことだと思います。よく考えておられ、また地域医療に対する強い責任感もおありです。ともすれば、脅され過ぎから怖さが先立ち、逃げ腰で自分たちの目の前にさえいなければとなりかねないところですが7)、これは先生の地域の特殊性でしょうか?かえって小さな規模の町の方が、自分たちが動かねばといった意識が高いのかもしれませんね。「1918年当時、田舎や島部の閉鎖的な地域にリーダーシップのある人物がいたところが被害を最小限に抑えた」と先生も書かれたくだりが現代でも望みあるということかもしれません。先生はそこまで僻地ではないとおっしゃるとは思いますが。
大都市では、よほどのリーダーシップがないと、お医者さんたちもone of themとなり、大勢の同業者に埋もれて他人に押し付けたくなる誘惑にかられるかもしれません。先生のところにさきがけとなっていただき、全国の医師会がそれにならっていただければ、パンデミックを迎え撃つ側に皆がこの戦いに参加するという意識が生まれ、また実際に相当の具体的準備になると思います。
休診、医療応援の補償等の決めておくべき具体的問題がないとは言えませんが、今後、構想が具体化することを願ってやみません。
先生の「パンデミック期の地域の病院連携」のアイデアについて
考え方として、ひとつひとつの病院/診療所ではとても太刀打ちできそうにないので、広域市町村がまとまって、各々が持っている少ない医療資源をうまく集約、役割分担して対応しようとする地域の先生方と先生の考え方について、ご参考までにコメントさせて下さい。
先生もご存知のように私はこれまで、小さな行政単位がしっかりしたリーダーシップのもとに自分のところを守るといったコンパクトな守りこそが、パンデミックのような大きな波に飲み込まれない方法だと考え4)、そしてそこでの医療資源の不足を補うものとしては、近隣自治体とか中央からの支援といったほとんど期待できないものよりは、少々とっぴかもしれないものの自衛隊の衛生部隊を考えてもいました5)6)。しかし、今回の先生のアイデアに触れ、広域市町村がまとまって対応するのもひとつの現実的考え方であろうと思うに至りました。ありがとうございます。
ただ、何度も言いますが、田舎の場合は、やはり基本はあくまで自分のところは自分で守るといった小さな単位でのコンパクトな守りであるという立場は変わりません。そこのところをご理解いただければありがたいです。
ところで、非常時に地域連携で地域の病院に役割を分担させるという方法は……というより「現実の地域の病院の窮状を見ればこうせざるを得ない」とった悲鳴が聞こえて来そうなアイデアですが、昨年示された国のフェーズ4以降の医療体制に関するガイドライン案8)に書かれてあることを素直に受け取っておられてのことと思いますが、その前に出された行動計画9)では、フェーズ6Bで「全医療機関において診断・治療を行なうこととする」と、厚生労働省が関係機関に周知することになっています。そこら辺の整合性がどうなっているのかは、私たちにはわかりませんが、後者が生きているとした場合、地方が先生のような計画を持った場合にどれだけ地方の裁量として認めるかは、先生の案における大きなハードルになるかもしれません。
また、先生のアイデアで、いわば地域医療のフラッグシップとなる病院(基幹病院)がインフルエンザの重症患者をまったく受けないというのは、純粋な役割分担と割り切れれば良いのですが、その病院以外の医療従事者や地域住民の気持ちはそう簡単ではないかもしれません。前者の士気、後者からの信頼にもかかわることで、もう少し(何床かに限定してでも良いから患者を受けるような工夫を)考えた方が良いかもしれません。病院の窮状は痛いほどわかりますが、パンデミックの終わったあとに、「いざとなったときに何の力にもなってくれなかった」などと言われないよう、地域の信頼を失ってしまうようなことがくれぐれもないよう、そこは別の言い方をすれば、政治的判断も必要ではないでしょうか。
あとは、患者が更に増えてこの地域ネットワークの病院で収容しきれなくなったとき(パンデミックでは意外と早くその時期が来る可能性もあります)どうするかです。それこそ、先生が以前、大野村を対象にしていろいろお考えになったこと1)2)が、役立つと思います。
本稿で紹介したような、現場をあずかる人たちの声は、プランニングの上で「具体的にものごとを考える」という面で非常に貴重なものがある。
たとえば、「まったくの一般病院を、そのまま何の手当てもせずに新型インフルエンザ入院施設とするのではなく、あらかじめ新型インフルエンザに対応する設備基準(人員、人工呼吸器、PPE、抗インフルエンザ薬等)を決め、それらを確保した上で指定機関とすべき」という指摘は、もっともだと思えるし、また、きわめて当たり前なことだが都会とは異なる地方、田舎の実情というものもあることが、こうした声からあらためて知ることができる。
これまでの厚生労働省主導の、またそれにおつきあいしている「県」のプランニングは、「専門家」と称される人たちだけの議論をもとに、上意下達で進めていこうとする傾向があり、パブリックコメントなるものは一応あったものの、現場の声をどれだけ集めているのかあやしいものである。「専門家」の中に現役医師はいても、もし都会の先生だけなら、地方の、田舎のことは、どれだけ考えていただいているものか?都会のイメージで決めたことが全国一律みな同じようにやらせる(やらされる)とすれば、相当現実からの乖離が生じることになるだろう。今後、こうした下からの意見を吸い上げ、プランニングに生かす行政の度量に期待したい。
もちろん中村医師のような構想が、どこでも使えるかといったらノーであるし、ましてや大都市では高度医療を展開する大病院がインフルエンザの重症患者をまったく受けないというのは、むしろ禁じ手に近いと筆者は考える(フラッグシップ、すなわち地域の基幹病院の動向は他の病院の医療従事者や地域住民が注目しており、その後も彼らの記憶に残るということは忘れてならない)。
だが、今回中村案を紹介した筆者の本意は、しつこいようだが、地域をよく知る人間が特性を考え、知恵を出し合い工夫することの大切さである。大都市僻地の別なく全国一律の規則で縛るのではなく、こうした地域の、地域の実情に合わせた「戦術」形成を促すような方向に行ってほしい。そして何より、その「地域の戦術」を練るべきは、もちろん国ではなくその地域の人間以外にないのである。
今回は、薬やPPEをどうするかといったことは脇において、まずは人的資源と病院の機能分担についての具体的戦術例を示すことができた。だが、薬やPPEの問題も大きい。次回は、できればそこら辺にくいついてみたい。
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