
長崎大学 高度感染症研究センター 南保 明日香 先生
本講演の登壇者である南保明日香先生は、幼少期より生き物に対する関心が強く、将来の夢は恐竜の研究者であったという。理系の家庭環境に育ち、父は企業の研究者、母は薬剤師という背景の中で、自然と研究職への興味を深めていったそうだ。高校時代には生物と英語を特に好み、当時の環境問題への関心から北海道大学理III系へと進学。その後、薬学部へ進路を移し、研究の面白さに目覚めることとなった。
1999年に大学院に進学し、博士号取得後は高田賢蔵教授のもとでウイルス研究に従事。その後、ウィスコンシン大学マディソン校や北海道大学大学院医学研究院でのキャリアを経て、2019年より長崎大学高度感染症研究センターの教授となり現在に至っている。
本講演では、フィロウイルス科に属するエボラウイルスの粒子形成機構に関する最新の研究成果が紹介された。特に、ウイルス出芽の中心的役割を担うマトリックスタンパク質VP40の構造的特性と、その機能的意義について詳細に解説された。ウイルス学における細胞生物学的アプローチの重要性を示され、また、エボラ出血熱※1の制御に向けた治療・予防戦略の現状と課題にも言及された。さらに、演者が所属する長崎大学高度感染症研究センターにおける、日本初のスーツ型BSL-4(バイオセーフティレベル4)施設の概要と、同施設を基盤とした人材育成の取り組みについても詳しく紹介された。本講演は、基礎研究と公衆衛生施策をつなぐ極めて示唆に富む内容であった。
※1「エボラ出血熱」は現在WHOでは「エボラウイルス病」と表記されている。一方、感染症法ではまだ「エボラ出血熱」と称しているため、本聴講録では「エボラ出血熱」の表記を採用する。
エボラウイルスは一本鎖マイナス鎖RNAウイルスである。特筆すべきは、その外形が極めて長く、平均1~2 µmに及ぶ「紐状構造」をとる点である。ウイルス感染細胞1個当たり200,000個のウイルス粒子が放出されることが想定されている。ヒト・サルにおいて高い致死率を伴う重篤な出血熱症状を引き起こすことがあることで有名だが、有効な治療・予防薬は数えるほどしかない。特に西アフリカやコンゴ民主共和国での流行とそれによる死亡者数が多いことが目立っており、WHOの「優先して研究・開発を行うべき感染症」のリストの中に含まれている。日本国内でもアフリカでの流行時に輸入感染症を疑う症例(結果的に本感染症ではなかった)が報告されたこともあり、国際的な感染症リスクとして現実味を帯びている。
人獣共通感染症であり、自然宿主はコウモリである可能性が高いとされているが、コウモリからヒトへの直接的な伝播の可能性は低いと考えられている。考えうる感染経路としては、果物類を食べるコウモリが食べたものに残った唾液や排泄物などを介し霊長類に伝播し、そこからブッシュミート(食料としての霊長類の肉)を食することによってヒトに伝播する経路や、感染者の体液からヒト―ヒト感染する経路が挙げられる。
予防・治療薬の開発状況としては、ワクチンや中和抗体、核酸アナログなどが開発されているが、おもに、最も致死率が高く且つ主要な流行ウイルス株であるZaire株を標的に開発されていることから、それ以外のウイルスによるアウトブレイクや、変異ウイルス出現への対応が課題となっており、多様な作用機序を持つ新規治療薬予防開発が必要となっている。
エボラウイルスの細胞への感染における生活環の概要は、次の通りである。ウイルス粒子は細胞へ吸着したのちマクロピノサイトーシスを介して細胞内に侵入し、取り込まれた小胞とのウイルスエンベロープ膜の膜融合を介してウイルスのヌクレオカプシドが細胞質内に放出される。それに引き続いて、ウイルス粒子のパーツ(タンパク質・核酸)の合成がなされたあと、細胞形質膜をエンベロープとして獲得することで子孫ウイルスが完成し、その後細胞外への放出がおこる。さらに詳しくは、次のとおりである。
エボラウイルスは、感染細胞に侵入した後、エンドソーム内で膜融合を起こし、ウイルスRNAを包含するヌクレオカプシドが細胞質へ放出される。その後、細胞質に形成される封入体において各種ウイルス構造タンパク質とウイルスRNAが合成され、ヌクレオカプシドを形成する。それらがウイルスの形質膜へ輸送されたのちに細胞膜から出芽することで新たな粒子が形成される。
この一連の過程において、特にVP40は主要マトリックスタンパク質として、ウイルス粒子形成、ならびに出芽過程において中心的な機能を担っている。
VP40は単独でウイルス様粒子(virus-like particles, VLPs)を形成可能である。VP40は、まず二量体を形成することで形質膜の内膜と相互作用し、その後、多量体さらに格子構造を形成することで、ウイルス様粒子を形成する。この過程において、ESCRT経路、細胞骨格系、ユビキチン系といった細胞側の因子が関わっているとの報告がある。
細胞1個当たり200,000個のウイルス粒子が放出されるエボラウイルス感染細胞においては、ウイルス粒子の出芽による形質膜成分の大規模な喪失が予想される。一方で、VP40発現細胞の表面積はほぼ正常細胞と変わらないことが明らかになった。以上の結果から、VP40が何らかの機構により、形質膜の表面積を維持する可能性が示された。この過程におけるメカニズムの解明を目的として検証を行った結果、VP40は以下に示す新たな機能を持つことを明らかにした:
エキソサイトーシスの亢進とエンドサイトーシスの抑制により、ウイルス粒子放出の際にも形質膜の脂質成分が供給されることで、表面積が維持される。つまりこれらの知見は、ウイルス粒子の効率の良い産生において形質膜の恒常性維持が重要であること、ならびにVP40がその制御因子として機能している可能性を強く示唆する。
VP40は膜輸送のみならず、細胞骨格系(アクチン・微小管)にも影響を及ぼす。
エボラウイルスはBSL-4での取り扱いが義務付けられている病原体であり、国内での研究には高度な封じ込め施設が必要である。長崎大学では、2021年に日本初のスーツ型BSL-4施設を竣工させ、安全かつ高度な研究を実現するための教育訓練体制を構築している。
訓練内容は以下の4段階から成る:
また、年次訓練や再登録訓練など継続的な教育も整備されており、安全管理体制の確立と人材育成の両立が図られている。
本講演では、ウイルス粒子形成というミクロな現象の解析を介して、細胞内の膜輸送系や細胞骨格、さらにはウイルス構造タンパク質の高次構造に議論が及び、ウイルスがどれほど精緻かつ戦略的に宿主細胞を利用しているかを深く学ぶことができた。特に、マトリックスタンパク質VP40が単なる構造構成因子にとどまらず、出芽制御や膜動態、さらには細胞骨格系まで広範に関与しているという点は興味深かった。
また、ウイルス粒子形成の過程において、宿主側のRab11やアクチン、RhoファミリーGTPaseといった因子がどのように動員されるかという分子レベルでの相互作用の解明は、病原体制御においても重要な知見であり、創薬研究にもつながる深い示唆を含んでいた。
講演の後半では、BSL-4病原体を安全に扱うための封じ込め施設としての長崎大学のスーツ型BSL-4の概要と、それに伴う教育訓練体制についてご紹介があった。用意されているスーツのサイズ等かなり具体的なご紹介もお聞きすることができたため、より一層興味深く感じられた。
南保先生のご講演は、豊富なご経験と高い専門性によるものであり、極めて高密度な内容であった。最先端の研究成果を学生にもわかりやすい言葉で伝えつつ、核心に迫る視点を持たれていた点が特に印象的であった。このような貴重な学びの機会を得られたことに、心より感謝申し上げる。

小野理賀 秋田大学医学部医学科 3年
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