ウイルスセンター

腰塚哲朗先生の「未来の子供たちのために-静かなるサイトメガロウイルスの母子感染基礎研究と予防の試み-」を聴講して

岐阜薬科大学 感染制御学 腰塚 哲朗 先生

本講演の登壇者である腰塚先生は岐阜薬科大学で感染制御学部門の教育・研究をされている。先生は感染に関する啓発活動も行われており、その一環として大学の演劇部と共同で幼稚園児に劇を披露する活動をされている。先生ご自身が台本を書かれる「免疫戦隊ワクチンジャー」は、劇を通して子どもたちにワクチンや感染制御の重要性を楽しく伝えるものであり、ご家族にも好評だという。

1. ヘルペスウイルスとは

サイトメガロウイルス(CMV)はヘルペスウイルス科に属する。

ヘルペスウイルスは大型のDNAウイルスで、ゲノムサイズは10万~20万塩基対(新型コロナの約3倍以上)と大きく、エンベロープを持つ。カキからヒトまで多様な動物に固有の種が存在し、初感染後は宿主内で潜伏感染として一生残り続ける。免疫抑制時に再活性化しうるが、潜伏状態では通常病気を起こさない。感染・潜伏部位によってα・β・γの3型に分類される。αは神経細胞に潜伏する特徴を持ち、HSV-1/2やVZVなど馴染みのあるウイルスが属する。βは血球系に潜伏し、CMVはここに属する。造血幹細胞や単球系細胞に潜伏し慢性的に宿主で活動している。γは腫瘍を作るという変わった特徴を持ち、エプスタイン・バー・ウイルス(EBV)が有名である。EBVは伝染性単核球症の原因ウイルスとして有名だが、上咽頭癌や悪性リンパ腫、さらに胃癌の原因となることが知られている。

近年の興味深い研究として、VZVワクチンが認知症リスクを軽減する可能性があること、成人後初感染のEBVが多発性硬化症のリスクになる可能性があることなど、ヘルペスウイルス分野には多くのホットなトピックがある。

2. サイトメガロウイルス(CMV)の概要と疫学

CMVは大型の二本鎖DNAウイルスで、遺伝子数は200以上ある。多くは小児期に初感染し、その多くは無症候だが造血幹細胞や単球に潜伏感染する。日本では成人の約7割がすでに感染しており、免疫抑制状態(臓器移植やAIDSなど)で再活性化する。潜伏時にはT細胞やNK細胞からの攻撃を回避することから「忍者ウイルス」とも呼ばれている。

CMV感染が臨床上も最も問題となるのは、母体への感染で起こる先天性CMV感染症である。

先天性CMV感染症は妊娠女性が初感染または再活性化した場合に胎盤を介して胎児に感染するもので、出生児300人に1人の頻度で発生する(0.2~1%)とされており、症候性に限ると1/1,000程度の頻度である。これは、ダウン症やフェニルケトン尿症と同等かそれ以上の頻度であり、決して稀な疾患ではなく社会的に大きな問題と言える。臨床症状としては、流産・死産、感染した児の神経発達障害・小頭症・感音性難聴などがあり、治療薬も現在はないため母胎・児の双方にとって大きな障害となる。

3. 基礎研究の課題

CMV研究にはいくつかの難点がある。

  1. 増殖速度の遅さ
    HSVは約1日で増殖するのに対し、ヒトCMVは5日以上かかり、臨床分離株となるとさらに長い期間が必要となる。
  2. 種特異性
    ヒトCMVはヒトにしか感染せず、経胎盤感染モデルにはモルモットCMV(GPCMV)やマウスCMV(MCMV)など、種ごとのモデル系が必要になる。
  3. 経胎盤感染モデルの確立
    ヒト以外の株で経胎盤感染するのはモルモットであり、マウスよりも実験のハードルが高い。

4. 母子感染と免疫応答

母子感染経路には経胎盤感染、産道感染、経母乳感染がある。

特に母乳にはCMV潜伏感染を持つ単球が含まれ、高頻度でCMVが検出される。超早産児や低出生体重児は感染時に敗血症様の症状を呈し、入院期間が延びるリスクがある。児が感染しているかは、尿中のCMVゲノム量をみることで確認でき、実際に高リスク児への適応が検討されている。

母体のCMVの再活性化において臨床的な判断が難しいが、その原因としては自覚症状がないことやウイルス分離が難しいことが挙げられる。再感染の判定には血清学的な評価が必要で、ウイルス型特異的抗体を検出する必要がある。

また、妊娠中は免疫寛容状態になり、PD-L1の上昇が胎児に対する拒絶を防ぐ一方、免疫応答の低下が母子感染の一因となりうる。出産後はPD-L1濃度が元に戻る。妊娠は免疫学的パラドックスと呼ばれ、半同種の胎児を拒絶しないよう母体の免疫が選択的に抑制される。講演では、妊娠中に可溶性PD-L1が上昇し、出産後に基準値へ戻るというデータが紹介された。PD-1/PD-L1は抗腫瘍免疫でも重要な免疫チェックポイントであり、がん治療では阻害薬が第4の柱として確立しているが、一方で妊娠中のこの軸の変動は感染防御とのトレードオフを生み、CMV母子感染の感受性にどう関与するかは今後の重要な課題である。

5. 免疫防御機構とワクチン開発

CMV防御には自然免疫(貪食細胞、NK細胞、補体など)と獲得免疫(B細胞、T細胞)が関わる。特にIgGのFc領域が誘導する非中和抗体が持つ機能(ADCP、ADCC、補体活性化)は感染症の防御に重要である。

CMVワクチン開発の代表例として、先生はgBサブユニットにアジュバントMF59を組み合わせた試験を挙げられた。中和抗体価の上昇は限定的であったにもかかわらず、感染防御効果はおよそ50%に達した。近年の解析では、この防御の大部分が非中和抗体のFc領域に依存する機能に支えられている可能性が示され、何をどれだけ中和するかだけでなく、どのようにエフェクターを動員するかがカギとなる。今後は、Fcの機能を最適化する抗原設計、IgG1/IgG3誘導を意識したアジュバント選択、妊娠前あるいは妊娠中の投与時期の吟味といった戦略が現実味を帯びる。

6. 臨床・実装への含意:産科・新生児医療の視点から

産科では、母体の感染既往と妊娠期曝露の評価、衛生教育(幼児との接触が多い妊婦への手指衛生や唾液接触の回避指導)、必要に応じた検査の指針の整備が課題となる。新生児医療では、特に超早産・極低出生体重児に対して、母乳の利点と感染リスクのバランスを考慮した介入が求められる。また、出生後の聴覚のスクリーニングや神経発達に関するフォローを通じての、遅発性の後遺症を見逃さない体制づくりも重要である。ワクチンの社会実装が実現すれば、母子保健のスキームにどのように組み込むか(接種時期、対象、評価指標)を産科・小児科・公衆衛生が連携してデザインする必要がある。

7. まとめ:静かな脅威にどう向き合うか

CMVは多くの人にとっては何の症状も起こさないいわゆるウイルスの一つに過ぎないが、免疫機構が弱っている妊婦・新生児には大きな影響を与える。基礎研究のボトルネックを踏まえつつ、免疫学・ワクチン学・産科感染症学が交わる領域で、非中和抗体という見えにくい防御を可視化し、評価系と介入の設計へつなげることが鍵となる。講師は、未来の子どもたちの健やかな出発を守るために、学際的な連携と長期的視野での研究投資の必要性を強調して講演を締めくくった。

感想

このたびは、みちのくウイルス塾の聴講録という大役をお任せ頂きありがとうございました。主催の西村先生のもとで実習をさせて頂いた際に、面白そうな演題があるからやってみないかとお声がけ頂き、参加することとなりました。

私自身が小児科志望であることもあり、先天性CMV感染症に関してとても興味があり、そのワクチン開発という臨床現場にまだ登場していない最先端のトピックを拝聴できたことを、大変感謝申し上げます。

腰塚先生は気さくなキャラクターで、ご自身の研究以外にも子供たちへの劇を通して感染やワクチンの啓蒙をされており、社会的な貢献に重きを置かれているのがとても印象的でした。

講義では、CMVをはじめとするヘルペスウイルスの最新の研究内容も紹介されており、どれも臨床的に大変興味深いものでした。CMVのウイルスとしての基本的な構造から臨床での問題点、研究における問題点まで分かりやすい説明があり、ウイルス学初学者の私でも何が課題であるのかを理解することができました。CMVは経母乳感染が多いという話では、HIV陽性の母体でされているように母乳をミルクに変更したり加熱したりすることで感染リスクを減らせるというご説明があり、私であればその対応までしか思いつかないところ、先生は経胎盤感染まで防ぐためにワクチン開発をしたいという考えお持ちであり、研究者として子供たちを救いたいという強いお気持ちが伝わってきました。今回の講演では、先天性CMV感染症という臨床現場で大変重要な疾患を、研究者の視点から考えることができ、とても新鮮な体験ができました。臨床家がどう治すのかを考える中、研究者はどう防ぐかを考えており、どちらの視点も重要であり双方の共同を図ることでより多くの人を救うことができると改めて感じました。

講演の最後に、先生が「感染症に苦しむ人を一人でも減らすために」というスローガンを掲げて研究されていると言うお話を聞き、その気持ちは臨床でも研究でもともに大切にしていきたいものだと感じました。

最後になりますが、大変興味深いご講演をしてくださった腰塚先生、そして今回の貴重な機会を与えてくださった西村先生に深く感謝申し上げます。

執筆者

大木涼輔 自治医科大学医学部 6年

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