
広島大学 大学院医系科学研究科 ウイルス学研究室 入江 崇 先生
仙台の名を冠するセンダイウイルス(Sendai virus, SeV)は、発見から70年以上が経過している。本ウイルスは、過去の「みちのくウイルス塾」でも複数回取り上げられており、先人の研究により継続的に解析が進められてきた。本講演では入江崇先生が、基礎研究から最新知見に至るまで、70年に及ぶセンダイウイルス研究の歩みを包括的に紹介した。
ウイルスは微生物の一種として扱われるが、その特徴は他の微生物と大きく異なる。サイズの観点からみると、原虫は数十µm、真菌は数µm、細菌は1µm程度、リケッチア・クラミジアは0.5µm程度であり、これらは光学顕微鏡で観察可能である。一方、一部例外を除き、ウイルスはそれらよりずっと小さいものが多く、一般には電子顕微鏡による観察を必要とする。また、原虫、真菌、細菌は自律増殖性を有するが、リケッチア・クラミジアおよびウイルスは偏性細胞内寄生性であり、宿主細胞内でのみ複製可能である。先生曰く、原虫や真菌・細菌などはマイホームに住み、自分で生活していくことが可能だが、ウイルスは特定の居住を持たずに友人の家やネットカフェを渡り歩いて生活しているように例えられるようである。
さらに、ウイルス以外の微生物は単細胞生物であり、全ての生物(ウイルスを除く)のゲノムは二本鎖DNAから構成される。
ウイルスはRNAウイルスとDNAウイルスに大別される。RNAウイルスはさらに一本鎖(+/−)RNA、二本鎖RNAに、DNAウイルスは一本鎖DNA、二本鎖DNAに分類される。一本鎖(+)RNAウイルスはそのゲノムRNA(mRNA)から直接タンパク質を翻訳する。一方、一本鎖(−)RNAウイルスは、まずプラス鎖RNAへの転写を経てタンパク質を合成する。センダイウイルスは一本鎖(−)RNAウイルスに属する。
センダイウイルス(SeV)は、モノネガウイルス目パラミクソウイルス科に属する。パラミクソウイルス科には、麻疹ウイルス、ムンプスウイルス、ニパウイルスなど、ヒトや動物に重大な疾患を引き起こすウイルスが含まれる。また、狂犬病ウイルスに代表されるラブドウイルス科やエボラウイルスで有名なフィロウイルス科、RSウイルスを含むニューモウイルス科などとともにモノネガウイルススーパーファミリーを形成する。
1952年、東北大学附属病院において致死性新生児肺炎の集団発生があり、17名が罹患し11名が死亡した。肺乳剤をマウスに接種するとマウスが死亡し、発育鶏卵で継代後1953年、石田名香雄博士らにより新生児肺炎の原因ウイルスとして報告された。しかし1954年、このウイルスはマウス由来である可能性が強く示唆され、のちにこれはhPIV1(パラインフルエンザウイルス1型)が実際の原因だったのでは、と考えられるようになった。SeVはヒトに病原性を示さないが、自然宿主はマウスやモルモットなどの齧歯類であり、呼吸器感染症を引き起こす。世界各地の実験動物でSeV感染が報告され、研究施設で問題となった。また、豚から抗体が検出されたが、豚パラインフルエンザ1型との交差反応と考えられ、家畜からSeVが分離された例はない。ただし、マレーセンザンコウからの検出報告は存在する。
以上より、SeVはヒトには無害である一方、齧歯類に呼吸器症状を引き起こし、マウスを用いた個体レベル研究に適している。また典型的なマイナス鎖RNAウイルスとして、1952年の発見以来、基礎および応用研究に多大な貢献をしてきた。
1958年、大阪大学の岡田善雄博士らは、センダイウイルスが膜融合活性を有することを初めて報告した。この活性は、ウイルス粒子表面のFタンパク質が担っており、ウイルスが宿主細胞膜と融合し、ゲノムRNAを細胞内に導入するときに役立っている。膜融合現象は当時センダイウイルスで初めて確認され、その後、B細胞とミエローマ細胞の融合によるハイブリドーマ作製、タンパク質の核内移行、細胞周期制御、遺伝子相補試験など、多様な研究に応用された。
1971年、東北大学の本間守男博士らは、センダイウイルスの感染性回復にトリプシンが必要であることを発見した。研究の手始めにマウスL細胞での培養を試みた。そこで得られたウイルスは感染性を持たなかったが、鶏卵で培養すると感染能が回復した。そしてそのメカニズムとしてFタンパク質がプロテアーゼ依存的に開裂し、細胞への感染性とマウスでの病原性を獲得することを証明したのだった。さらに生化学的にトリプシン様の蛋白分解酵素によるFタンパク質の解列部位と呼ばれるアミノ酸の特殊配列部位の開裂が感染性の獲得に不可欠であることも証明している。
同様のメカニズムはその後ニューカッスル病ウイルス(NDV)はじめいくつものウイルスで観察されている。この知見は、のちに不活化センダイウイルスの抗腫瘍効果研究の基盤にもなっている。
その後も研究は進展し、1976年に名古屋大学の永井美之博士がNDVで膜融合活性と病原性との関連を明らかにしている。さらに1986年には東京大学の塩田達雄博士がゲノム全配列を解読し、1996年には加藤篤博士および永井博士らがcDNAからのウイルスレスキューに成功した。これらの成果は、ウイルス学研究の基礎を大きく発展させる契機となった。
センダイウイルスのゲノムは、NP(ヌクレオキャプシドタンパク質)、P(フォスフォプロテイン)、C・V(副タンパク質)、M(マトリックスタンパク質)、F(融合タンパク質)、HN(ヘマグルチニン-ノイラミニダーゼ)、L(RNAポリメラーゼ)の7つの蛋白質をコードする遺伝子から構成される。
C・V蛋白質は欠失すると複製効率が低下もしくは変化しないが、ウイルスの粒子形成や複製は可能であるため、アクセサリータンパク質と呼ばれる。これらはP遺伝子の翻訳枠のシフトや転写時の特定部位への一塩基挿入により複数のタンパク質を産生する。このうちCタンパク質については、欠失株を継代するとCタンパク質を復帰させたウイルスが速やかに出現することから、その機能的重要性が考えられている。
先生は、SeVは細胞からの出芽の際、ESCRT経路という細胞内の複雑な蛋白群を介して膜の“くびれ”の形成に関与することを見出したが、さらにCタンパク質がESCRT因子であるAlixをリクルートし、エンベロープ獲得を補助することも見出している。また、マイナス鎖RNAからプラス鎖RNAを合成する過程において、プラス鎖RNAが過剰に産生されると非感染性粒子量が増え、感染性が低下するが、Cタンパク質はこのバランスを調整し、ウイルス粒子の感染性保持に寄与している。
ウイルスと宿主の攻防において、宿主はウイルスRNAを認識しI型インターフェロン(IFN)を産生する。しかしセンダイウイルスは、CおよびYタンパク質がIFN応答経路を阻害し、Vタンパク質がIFN誘導経路を抑制することで自然免疫系を回避する。 さらにアクセサリータンパク質は、ウイルスRNA合成を正常に保ち、自然免疫系に認識されやすいdsRNAなどの異常なRNA分子の産生を抑制し、宿主による検知を回避する働きも持っている。またVタンパク質は感染細胞のアポトーシスを抑制し、Yタンパク質はネクロトーシスを促進するなど、宿主応答を巧みに制御し、ウイルス自身の増殖に有利な環境を形成する。
また、センダイウイルスは高力価で継代していくと、元々は急性感染性のセンダイウイルスから持続感染型のセンダイウイルスが出現することが知られている。持続感染型の株が出現するメカニズムは解明されておらず、持続感染するウイルスが現れる生物学的な意義も明らかになっていない。
自然免疫研究においてもセンダイウイルスは重要なツールである。IFN誘導性において方向性の異なる二つのウイルス株がある。抑制能の高いZ株と、IFN産生を強力に誘導するCantell株である。Cantell株にはRIG-Iに強力に認識されるコピーバック型DIゲノムが多量に含まれ、それらが強力なIFN誘導因子として作用する。この性質を利用し、DIゲノム産生センダイウイルスはワクチンアジュバントとしての応用が検討されており、インフルエンザワクチンとDIゲノム産生株を併用すると、ウイルス感染後のマウス生存率が有意に向上することが確認されている。すなわち、DIゲノム産生センダイウイルスは、粒子としての安定性が高く、細胞内取り込み効率も優れている上、ヒトに対して非病原性であり、高力価での生産が容易であることから、安全性・汎用性・生産性に優れたワクチンベクターとして期待されている。
センダイウイルスは齧歯類以外に病原性を示さず、また細胞のDNAや染色体に対して影響を与えて、その機能に障害を及ぼすことがないため、さまざまな遺伝子ベクターとして開発が進められてきた。マイナス鎖RNAウイルスの転写はゲノムの3‘を上流として上流から下流にかけて遺伝子ごとに行われ、各遺伝子間にある3つの塩基が下流遺伝子の発現量を制御している。これを応用することで、ゲノムに組み込んだ外来遺伝子を効率的に発現させることや特定遺伝子をたくさん発現させる技術が生まれている。それによって、外来遺伝子発現型、持続感染型、感染除去型、二次感染阻止型、組織特異性変更型など、多様なベクターが作製され、なかでも高効率iPS細胞作製用ベクターや神経ネットワーク可視化用長寿命ベクターは、既に実用化され、利用されている。
2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行により、その原因ウイルスであるSARS-CoV-2の研究が急速に進展した。研究の結果、細胞融合能と病原性が密接に関連していることが明らかとなった。高病原性を示すデルタ株は強い融合能を有し、オミクロン株は融合能および病原性が低いことが確認された。この知見に基づき、新規変異株の病原性予測に融合能評価が有用であると考えられている。SARS-CoV-2の細胞御融合能を担うSタンパク質は同ウイルスの病原性決定に深く関与し、また、同蛋白質に起こる変異はワクチンや治療用抗体に対する回避能変化をもたらしており、また病原性にも変化をもたらしていると考えられている。先生は、Sタンパク質をセンダイウイルスベクターに導入した組換えウイルスを利用することで、SARS-CoV-2を使わずに同ウイルスの融合特性を再現させることに成功し、これを用いた新規変異株の病原性評価も進められている。センダイウイルスはコロナウイルスよりも高頻度で変異が蓄積するため※、中和抗体回避変異株の作製が容易であり、極めて有用な研究ツールと位置付けられる。
※ここの高頻度で変異が蓄積するためについては、西村先生から、解釈は、変異のしやすさ(頻度)はおなじRNA同士同じでそこは変わらず、修復機序があるかないかで蓄積が変わってくるためか、変異の頻度が違うと思うか?という問いが私に寄せられました。入江先生に直接お尋ねした結果、次のようなコメントが寄せられました。
“センダイウイルスとコロナウイルスの変異発生頻度の違いは、主にそれぞれのRNA依存性RNAポリメラーゼの修復機序の有無によります。ただコロナウイルスについても、修復系をもっていることもあり、パンデミック初期にはこれほど次々に変異株が発生するとは思われておらず、ワクチンで解決すると思われていましたが、実際に起っていることは皆様ご存知のとおりです。これは感染の規模が桁違いに大きいこと、ワクチン接種や既感染で獲得された免疫による選択圧が高いことも原因かもしれません“
この度はみちのくウイルス塾の聴講録執筆という大役を仰せつかり、大変身の引き締まる思いで講演を聞かせていただきました。浅学ながら、センダイウイルスに関しては事前の知識が全くない状態での聴講であったのですが、センダイウイルスの基礎研究から応用研究まで研究の歴史を追うようにお話ししていただき、とても貴重な機会となりました。
個人的には、センダイウイルスのベクターに適した特性の多さに驚かされ、研究用ツールからワクチンアジュバント、さらにはiPS細胞作製まで担う万能さにも舌を巻きました。最初は病院での集団感染を契機に発見されたウイルスが、紆余曲折あってヒトへの病原性がないことが判明しても、そのメカニズム研究から道具としての有用性を見出された、という流れは基礎研究の有用性を如実に表しているエピソードなのではないかと強く感じました。
最後に、今回のみちのくウイルス塾開講に運営に携わっていただいた先生方、入江先生を含む講演された先生方、それから仙台医療センターのスタッフの皆様に厚くお礼申し上げます。

須摩充希 弘前大学農学生命科学部分子生命科学科 4年
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