近畿大学 理工学部 牧 輝弥 先生
牧先生は元々、赤潮や海洋微生物(Heterocapsa circularisquama; 牡蠣に対して特に有害)の研究者であったが、黄砂中の生物粒子(大気微生物)に惹かれてバイオエアロゾルの研究に着手した。バイオエアロゾルとは大気中に浮遊する細菌や真菌などの微生物、細胞及び細胞片由来の粒子である。現在はバイオエアロゾルをはじめとする環境微生物を採取・分析し、生態学的特徴の理解や産業利用可能な微生物の探索を目的とした研究を行っている。
微生物はそれだけでは舞い上がらない。例えば、沙漠では風に吹き上げられた比較的大きい砂粒が砂塵として舞い上がり、その砂粒が地表の粘土や枯れ草、動物のフンと接触して細かい粒子(粉末)が生じるエアロゾルが形成される。そうして砂粒に付着した微生物は紫外線から守られ、一部の微生物は生きたまま砂粒とともに風に乗って長距離を移動する。言わば、砂粒が空飛ぶ方舟の役割を果たすのである。
タクラマカン沙漠やゴビ沙漠で発生する砂塵から微小なエアロゾルが生じ、それが偏西風に乗り日本まで到達する。いわゆる黄砂である。その中に細菌が含まれている。そうした粒子に含まれるいわゆる大気微生物を、気球(~1000 m)やヘリコプター(1000~3000 m)を飛ばして採取し、それらをメタゲノム解析*することにより細菌種を分類すると、砂塵が生じた沙漠上空では土壌細菌(Bacillus属やProteobacteria門の種)が見られる。一方で、黄砂の飛来地(日本)では土壌細菌が越境されるとともに、森林細菌や海洋細菌の割合も増えてくる。森では雨が降ると空気中にエアロゾルとなる微生物の量が増加することが知られている。落下する雨水が葉を揺らすことや、湿度が上昇してカビやキノコなどの胞子が増えることが要因として挙げられる。降水により一定量のエアロゾルが沈着するが、それを上回る微生物が舞い上がる。また、海面にはマイクロレイヤーと呼ばれる1 mmを切る油膜が存在し、海洋生物由来の排出物や微生物を含んでいる。風により波が発生し、泡を形成・破裂することで、大気中に海塩や細菌、細胞断片が舞い上がる。このように、偏西風が海上や山地を吹き抜けるたびに、海や山に由来する環境微生物が舞い上がり、大気中でさまざまな微生物種が増えている。
*メタゲノム解析:採取した試料(ここでは環境微生物を含むエアロゾル粒子)から直接ゲノムDNAを抽出し、網羅的にゲノム情報を解析する実験手法。微生物研究には一般に分離培養法が用いられるが、環境微生物の99%は培養できないため、環境微生物群衆の遺伝子解析を目的としたメタゲノム解を行っている。
黄砂発生時の大気微生物の中にはアレルギーや食中毒、感染症の原因菌も含まれているが、牧先生はそれらが特徴的な分布をしていることを明らかにした。例えば、非結核抗酸菌症をおこすことで知られるMycobacteriumの分布では、日本の東と西でそれぞれM. aviumとM. intracellularの偏った分布を確認されている。日本海側には越境された微生物(越境群)が中国の砂漠由来の純粋な黄砂によって直接飛来する一方(標高の高い立山の雪からも採れる)、太平洋側では越境群と日本由来の微生物(ローカル群)が,中国大陸都市部に由来する煙霧を含む黄砂によって混合して飛来することにより,日本海側と太平洋側の黄砂時の大気微生物に違いが生じているのではないかと牧先生は考えている。これは、日本に来る黄砂の2つのルートが関係している可能性を示唆している。
一方で、大気微生物の利用も進んでいる。人工降雨剤や抗酸化製剤、発酵食品など、環境、医学、化粧品及び食品分野への応用が期待される。牧先生らによる成果のひとつが納豆の開発である。能登上空三千メートルで採取された黄砂から分離された微生物について遺伝子配列で組成を調べてみたところ、Bacillus属の細菌が約50-80%を占め、また大半はB. subtilisであった。Bacillus属は芽胞(胞子)を形成するため乾燥や熱に耐性を持ち(80℃でも耐える)。そのため、沙漠での生存や黄砂による長距離移動に適している。特にB. subtilisは日本では古くから納豆の発酵に使われている菌である。実際に能登上空で採取された菌で納豆を作ってみたところ本当にできた。そして、作られた納豆はこれまでのものと粘りや食味の異なるものであった。詳しく調べてみると、粘りにかかわるとされるポリグルタミン酸は市販納豆の約70%であり、納豆の持つ抗酸化作用は同程度であった。この納豆は、2012年7月10日(納豆の日)から、大気微生物由来の納豆「そらなっとう」として販売している。さらに、環境微生物が保存されている立山の雪の中から採取した微生物で作った「やまなっとう」も、2024年7月から富山県中心に販売しているという。
私は講演を通して、牧先生はアクティブなフィールドワーカーという印象を強く受けました。生物粒子に魅せられてから、様々な地に赴きヘリコプターなどで試料採取をする様はまさしく「空飛ぶ微生物ハンター」でした。牧先生はサンプラーを滅菌した状態で上空まで持っていくのが大変と語っており、分野は異なるが生命系研究を行っている私も共感できる一節がありました。私が最も感銘を受けたのは納豆作りの話です。牧先生は大気微生物由来の健康被害などを調査していましたが、順調に行っていた調査も、国としての面子にこだわる中国政府の圧力により共同研究が一方的に打ち切られ、中国の沙漠でのサンプリングができなくなったそうです。この時、発想の転換で大気微生物を実験対象とする考え方が生まれたそうです。納豆作りはその副産物と言えます。牧先生のお話を聞き、フットワークの軽さや引き出しの多さは研究を進める上で重要だと再認識しました。
環境微生物に関する大変興味深い講演を拝聴できる非常に貴重な機会でした。この度はご多忙の中、講演していただき本当にありがとうございました。

弘前大学修士課程1年
太田 空良
外来受付時間
CLICK
8:00~11:00
8:00~
8:00~11:00
※診療科によっては予約がないと当日受診できない場合もございます。