鹿児島大学 共同獣医学部 越境性動物疾病制御研究センター 松本 祐介 先生
本講演の登壇者である松本祐介先生は、獣医学部を卒業された後、大阪、京都、アメリカのクリーブランド、和歌山、東京など様々な場所でウイルス研究に携わられてきた。研究対象としてきたウイルスも多彩で、犬ジステンパーウイルス、ブニヤウイルスなど多岐に渡る。そんな「ウイルスマニア」とも言える松本先生であるが、そこまで先生を動かすものは一体何なのであろうか。動物·ヒトを救うという使命感? 松本先生のお家の家訓? 答えはそのどちらでもなく、「ウイルスが好きだから」。もちろんその他の理由もあるとは思うが、特に講演中一貫して強調されていたのが、このウイルスに対する情熱であった。将来は「ファーブル昆虫記」のようなウイルス図鑑を作りたいという。研究というものは対象が本当に好きでないとできないものなのだと強く感じた講演でもあった。
センダイウイルスは分類でいうとモノネガウイルス目パラミクソウイルス科に属している。モノネガウイルス目にはほかにラブドウイルス科の狂犬病ウイルスや、フィロウイルス科のエボラウイルスやマールブルグウイルスなど致死的な病気を引き起こすウイルスなども属している。また、パラミクソウイルス科には麻疹ウイルスや俗称「おたふく風邪」の原因となるムンプスウイルスのほか、ヒトに感冒様症状を引き起こすパラインフルエンザウイルスなど我々の身近なウイルスも属している。一方、センダイウイルスは、1953年の仙台での分離からしばらくしてこの名がつけられているが、これらヒトに病気をもたらすウイルスとは異なり、マウスに肺炎などを引き起こすのみで、ヒトへの病原性がないことが知られており、現在では分子生物学分野において細胞への遺伝子導入にベクターとして利用されている側面を持っている。
モノネガウイルス目の特徴の一つとしてウイルスの遺伝情報(ゲノム)を一本のマイナス鎖RNAによって保存することが挙げられる。マイナス鎖とはプラス鎖と対となる概念で、プラス鎖RNAはそのまま翻訳によってタンパク質を作れるのに対し、マイナス鎖RNAは、一旦プラス鎖RNA(mRNAやアンチゲノム)を作らなければならないという違いがある。
続いて、本講演の主題であるRule of Sixについて説明する。このことを理解するためには、RNAによる遺伝情報がA(アデニン),U(ウラシル),G(グアニン)、C(シトシン)の4種類の塩基が線型に連なった鎖によって保存されていることを理解しておく必要がある。UACGUC...という具合である。この情報をもとにタンパク質がつくられたとき、塩基の相補的に基づいて一旦ゲノムRNAのmRNAへの写し取り、すなわち転写がおこなわれる。これによりmRNAも4種類の塩基で情報を保存することになる。RNAがUACGUCであれば相補性に基づき、mRNAへはAUGCAGと転写される。これは、いわば遺伝暗号であり、AUGならメチオニン、CAGならグルタミンというように、コドンと呼ばれる3つの塩基で1つのアミノ酸が決まりmRNAの遺伝情報がアミノ酸に「翻訳」されるのである。さまざまな組み合わせで暗号情報が繰り返されることでアミノ酸の鎖がつくられる。こうして生物あるいはウイルスに必要なタンパク質がつくられる。ここでゲノムの塩基配列数の問題がある。それは生物やウイルスによって異なるが、不思議なことに、パラミクソウイルス科に属するウイルスのゲノムRNAの塩基数は必ず6の倍数になることが知られている。これがRule of Sixである。
では、どのようにこの精巧な仕組みがコントロールされているのだろうか?この謎を解明するために着目されたのがパラミクソウイルス科のヒトパラインフルエンザウイルス2型(hPIV2)だ。RNAは裸でウイルス粒子内に存在するわけではなく、まるでRule of Sixに従うように核タンパク(NP)というタンパクに覆われるように6つの塩基に1つのNPという比率で結合している。そしてこのNPを構成するアミノ酸のうち10個がRNA鎖と近づきやすいことがわかっていた。
松本先生は、その10個のアミノ酸のうちどのアミノ酸がNPとRNAの近づきやすさに最も関与しているのかを調べることにした。そのために、まずhPIV2のミニゲノムの系をつくった。ホタルの蛍光酵素ルシフェラーゼ遺伝子を組み込み、hPIV2の各遺伝子を組み込んだプラスミドとともに細胞に導入し、そこで見られる発光の程度でゲノムの複製を定量的に検出する系である。その結果、複製にはやはりゲノムの塩基数が6の倍数であることが必要だったが、一方でNPを構成するアミノ酸のうち202番目のグルタミンをアラニンに変化させた時(これをQ202A変異という)、Rule of Sixに従わない、即ちゲノムの塩基数が6の倍数ではなくても複製することができた。(ここでなぜグルタミンQをアラニンAに変えてみたのかという疑問が生じるが、それは、アラニンはアミノ酸の中で一番単純な構造をしていて、ある機能を持ったアミノ酸を変えて機能をなくす実験ではよく使われる手法だということだった。) 202番目のグルタミンをアラニンに変えることでRule of Sixに従う性質を失わせることができたことから、この202番のアミノ酸がRule of Six 制御の鍵を握っていることが考えられた。NPとRNAの近づきやすさにかかわっているのかもしれない。
続いてこれがミニゲノムの系だけでなく実際のウイルスにも適用できるのかを調べるため、野生型ウイルスのNP遺伝子にQ202A変異を入れたhPIV2ゲノムを組み込んだプラスミドをつくり野生型ウイルスゲノムとともに細胞に導入し、その細胞を長期間培養しその結果ウイルスを得ることができた。そこで増殖したウイルスのゲノムの塩基配列を調べてみると、Rule of Sixに従わないだけでなく、予め入れたQ202A変異に加えてI35L変異(35番目のイソロイシンがロイシンに置き換わっている)が加わっていた。つぎに、これらQ202A変異とI35L変異のRule of Six逸脱への関与の仕方を調べるため、NP遺伝子に(a)Q202A変異、(b)I35L変異、(c)Q202A+I35L変異をそれぞれ入れたhPIV2を作成し細胞に感染させたところ、(b)と(c)の株のみが増殖することが確認された。
以上のことから、次の結論に至った。すなわち、Rule of Sixに従わないウイルスができるためには202番のアミノ酸変異が必要である。だが、それだけでは増殖力を持ったウイルスにはなれず、35番のアミノ酸変異が加わる必要がある。
hPIV2のゲノム上にはP/V領域というタンパク質をコードする領域が存在する。この領域中にRNA editing signalという特定の塩基配列があり、mRNAへの転写の際にその直後にGGという塩基配列が追加されることが知られている。これをRNA editingと呼ぶ。これにより、この転写されたmRNAから作られるのはGGが追加されていないPタンパク、GGが追加されたVタンパクの2種類である。このうちPタンパクはウイルスの増殖にとって必要不可欠である一方で、Vタンパクはアクセサリータンパクとも呼ばれウイルスにとって必要不可欠なものではないという。このRNA editingが転写段階で起きても、増殖に必要なPタンパクはできるのでウイルスの増殖という観点から特段大きな問題とはならない。しかしウイルスゲノムの複製時に起きるとどうであろうか。GGが追加された誤った遺伝情報が次世代に継がれてしまう。これを防ぐためにRule of Sixが存在し、GGが追加されゲノム塩基数が6の倍数では無くなったウイルスの増殖が起こらないようになっていると松本先生は考えている。
松本先生は、このRule of Six の医学への応用も模索している。弱毒化ワクチンにこの仕組みを利用できる可能性があるというのだ。パラミクソウイルス共通の性質であるこのRule of Sixに従わないウイルスは、増殖力が低いため、そうしたウイルスを人工的に作ってヒトの免疫応答を誘導することに使えるのではないか、ということである。Rule of Sixに従うウイルスはパラミクソウイルス科以外にもフィロウイルス科が知られており、これらのウイルスに対しても同様の考え方が可能であるとのことであった。
今回、みちのくウイルス塾の聴講録を書くという大役をお任せいただきありがとうございました。事前にゲノムの話だと知った際には、自身の知識で松本先生のお話についていけるだろうかと不安でした。しかしいざお話が始まってみると、ウイルスについてやRNAの転写、翻訳についてのお話など初歩的なことから教えてくださり、安心してお話を聞かせていただくことができました。もちろんお話しが進むにつれて私には難しい部分も多々ありましたが、こうして聴講録を書くことで知識が整理されていくのを感じ、大変有意義なものになったと考えております。松本先生のお話で普段何気なく勉強しているワクチンもRule of Sixの応用といった生命の神秘を逆手に取るようなアイデアもあることなど、基礎研究への情熱のみならず基礎研究が応用されウイルスとヒトの戦いに貢献できそうなことを聞けて、とても楽しいものでした。松本先生のお話以外にも勉強になることはたくさんあり、特に第四講演の牧先生のお話では、一見何も関係なさそうなMACの分布と黄砂の関連が示唆されており、大変興味深いものでした。ここで見聞したことを心に留め、自身の興味をさらに深めるべく勉強に励もうと思います。最後に、主催の西村先生、松本先生含む講演された先生方、宿泊施設の提供やその他の準備をしていただいたウイルスセンター、本講演会の存在を教えていただいた秋田大学医学部微生物学講座の海老原先生、共に学びにきた秋田大学の同志達には感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました。

秋田大学医学部医学科 3年生 金子拓未
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