
東北大学大学院医学系研究科環境医学分野 教授 赤池 孝章 先生
東北大学大学院医学系研究科の赤池先生は、株式会社島津製作所との共同研究により呼気をサンプル(試料)として、質量分析により呼気中に存在するウイルスや、生体由来のタンパク質、代謝物などの大量のデータをコンピューターなどで解析する技術を開発されています。これを「呼気オミックス」と呼び、これにより新型コロナウイルスなどの病原体の同定による感染症の診断だけでなく、健康状態や未病予防にも応用できる技術として提唱なさっています。
今回は、赤池先生には呼気オミックスにおけるご自身の研究内容や今後の展望についてご講義をしてくださいました。
先生は熊本大学医学部卒業後、第一内科に入局し内科医として感染症の診療と研究に従事するかたわら、大学院時代は、同・微生物学教室の前田浩教授のもとで微生物学を学び、その後任として2005年から2013年まで熊本大学医学部微生物学教室の教授としてご活躍されました。この教室は歴代教授の中に化血研の創始者でもある太田原豊一先生がおられ、インフルエンザワクチンを開発するなど、ウイルス研究とのかかわりが深い教室です。2013年に東北大学大学院の教授に着任され、その後2020年初冬からのCOVID-19流行が広がる中、今までにない技術による簡便で迅速、高感度で、且つ無侵襲性の検査をめざし呼気からの新型コロナウイルスの検出法の研究に取り組む事となりました。この検出法が、呼気オミックスです。
感染症は医療従事者として重要なテーマであり、ウイルス、細菌など様々な病検体によって様々な感染症がひき起こされる。臨床的、疫学的視点で感染経路を特定は大事であり、呼吸器の場合は経口感染、経気道感染となる。通常、呼吸器感染症の場合は飛沫感染と空気感染に分かれ、これまでは感染する原因病原体を含むエアロゾルの粒子の大きさをもとに、粒子径5μm以上、5μm以下を飛沫、飛沫核として分けてきたが、SARS-CoV-2はこの線引きが難しいことがわかってきており欧米では空気感染であることが常識となっている。新型コロナウイルスに関しては、経気道感染が主たる経路なので、マスクなどで遮断することができる。しかし、新たに発生するかもしれない未知の感染症で、その感染経路がわからない場合、どのようなものから媒介して伝播するのかを調べる事から始めて感染経路を遮断できれば、感染伝播はある程度コントロールすることができる。100年以上前に、北里柴三郎やその門下生がコッホの3原則(・特定の伝染病になった病体から特定の細菌を発見する、・その細菌を分離する、・分離された細菌を純粋に培養し病原性が再現できる)により病原診断を確定させてきたやり方は、今でも同じである。
試料である呼気は、ペルチェ素子を用いたエアロゾル回収システムによりカートリッジ内で瞬間凍結され、水蒸気から液体化される。専用のマウスピースを利用して数分間、呼気を吹き込むと、これにより1mL程度の呼気濃縮液(EBC)の回収が可能である。被験者の呼気回収は非侵襲的で痛みも無いため、負担を感じさせることはないのがこれまでの方法にない大きな利点である。
液化された呼気試料は、質量分析装置によりイオン化され分離・検出され、そこで得られた情報をPC解析するだけのシンプルなプロセスとなっている。これにより、本稿の後の部分で述べるようなタンパク質代謝の解析が可能であり、さらにEBCは液体のため、同じ試料で遺伝子シーケンス解析も可能である。このように、簡便な操作で検出ができるシステムで、さらに多検体解析が容易であることから、医家向け診断機器をめざし研究をすすめている。
既存技術の代表的な検出法としてPCRならびにELISAとの比較をした。
本技術の利点は、質量分析のため精度が高く、高感度であることにある。1時間以内の迅速検査としても、また後述するようなメタボローム解析による重症度と予後の解析も期待できる。これは、PCR法の欠点である検査時間が長い事や偽陽性や偽陰性の問題、さらにELISA法での欠点である感度が低いといった問題も、本技術を利用すれば解消される。その一方、欠点とすれば大型の機器のため、検査スペースが限られる事である。
エアロゾルは、肺内では気道内の乱入により、声帯では声帯の振動によるネブライザー効果によって呼気中にエアロゾルが排出されるが、感染者のエアロゾルの中には感染性のあるウイルス以外にも、サイトカインや炎症性メディ―タ、代謝物が含まれる。また、感染者の唾液にはウイルスが106copys/mL程度含まれることが多いが、それに対して深呼吸の呼気から排出されるウイルス量は102程度であり、また発声呼気で103程度のウイルスが含まれることが知られている。赤池先生らのグループも呼気から一定量のウイルスが回収されることを確認している以上、エアロゾルを介した呼吸器感染を広めるようなスーパースプレッダーは、本技術で見つけ出せる可能性が示された。
最終的に目指すのは呼気からのウイルスの検出だけではなく、生体情報からの解析である。赤池先生らはこれまで本研究とは別に生体における硫黄代謝についての研究実績を持つ。それを背景に、先生は健常者およびCOVID-19患者の呼気凝縮液を用いて、硫黄代謝物を中心に呼気オミクス解析を行った。その結果、亜硫酸イオン(HSO3−)やチオ硫酸イオン(H2SO3−)、二流化物イオン(HS2−)などの硫黄代謝物がSARS-CoV-2感染およびその後の回復に伴って変動していた。これは、呼気からの硫黄代謝物がCOVID-19のバイオマーカーと成り得るだけでなく、さらに代謝物のプロファイルと変動パターンを明らかにすることで重症化バイオマーカーへの活用が期待されることを意味した。さらに、それらのプロファイリングパターンによって、ほかにもインフルエンザやRSV、結核などの診断への応用や、アルデヒド、アセトアルデヒド、グルコースなどの代謝物やサイトカインなどの解析により、生活習慣病の予後予測を知ることへの可能性もある。
今まではEBCをサンプルとしてきたが、さらに環境中の空気を集めて空間物質情報の可視化の実現を目指したものへの応用である。これにより、特定の空間に存在する生体の代謝物を解析する事で、例えばパンデミックの発生予測など公衆衛生学的な使い方への応用ができる可能性がある。問題は空間をどのように定量的に表現するかが課題であるが、本技術を応用することで、その課題をクリアできそうであった。
チャンバーでハムスターを飼育し、そのチャンバーの空気を吸引して硫黄代謝物を解析してみたが、げっ歯類は咳やくしゃみをしない状態でもSARS-CoV-2に感染させると呼気中にウイルスが排出される事を事前に確認している。その空間において一定の精度でEBCからSARS-CoV-2は感染早期に検出できたが、硫黄代謝物のピークは肺炎などが発症して生体反応が見られた後であった。ヒトに置き換えたシミュレーションは今後の課題である。
なお、空間バイオニックスが実現できれば、病原体診断だけでなく、呼気などの代謝物データベース化をすることで、おおまかな健康状態の把握ができる日がやってくるかもしれない。引き続き研究をすすめていく。
本技術は、呼気からの試料採取のため無侵襲で簡便であるということである。そのうえ質量分析装置とAI技術よる多角的な解析結果が可能であり、感染症、生活習慣病、がんなどの診断にとどまらず、更には未病予防、すなわち自覚症状がない疾病の異常を感じる前にその兆候を呼気から分析することによる疾病の予防への、応用面でも期待できるのではないだろうか。そうした応用は、将来的には遠隔医療における検査への活用も期待され、未来型の医療体制の基盤技術になる可能性を感じさせる講義であった。
今回、Rapid testの概念を変えるような技術を聴講できたのは、診断薬メーカーの一員として得るものが多かった。赤池先生の今後の研究成果が待ち望まれます。近い将来、本技術が世界の方々の健康寄与に普及されていくのを愉しみにしております。

中石さん
株式会社タウンズ 品質本部 大木達也、中石和成
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