
東北大学大学院微生物学講座 教授 押谷 仁 先生
パンデミックは「Pan(すべて)+Epidemic(流行)」というギリシャ語が由来で、世界的な感染症の大流行を指す。2019年12月、中華人民共和国湖北省武漢市から原因不明の肺炎の報告がされ、2020年3月11日に世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がパンデミックの特徴を備えているとの認識を示した。
押谷仁先生からは、今回のCOVID-19の流行について、これまでの世界の動きからこれから人類がどう進むべきかを、WHO西太平洋事務局時代(2003年のSARS封じ込め)や、新型コロナウイルス感染症対策分科会でのご活躍の内容も交えて、臨場感溢れるお話をいただきました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は新興感染症で、SARS-CoV-2の感染によって引き起こされる。第20回みちのくウイルス塾が開かれた2021年7月の時点で、世界はCOVID-19のパンデミックのさなかであり、収束の目処は立っていない。
1980年代後半、新興感染症という概念は米国のウイルス学者ステファン・S・モースによって提唱され、1992年、(米)ジョシュア・レーダーバーグと(米)ロバート・ショープ が中心となって記した米国のレポートが新興感染症対策の中では有力な出版物になっている。後の1995年、WHOは世界保健総会(WHA)にて新興・再興感染症の予防と管理についてのプログラムを立ち上げた。
新興感染症の多くは人獣共通感染症(Zoonosis)で人と動物が触れ合うことでリスクが増えてくる。かつて人々はごく限定的な地域で生活を送っていたため、そのような感染症が広く拡散することはなかったが、文明の発展ともに牧畜社会になり、人口よりも家畜の増加が著しく動物からの感染リスクが高まった。また、中世の産業革命で都市化が急速に進み大陸間の人々の交流が盛んになり、ここで初めてパンデミックのリスクが世界に生まれた。
インフルエンザは20世紀に3度のパンデミックを起こしている。しかしパンデミックを起こしたウイルスは季節性のインフルエンザとして定着していった。今回のCOVID-19もおそらくインフルエンザ同様に人類の感染症として定着していくだろうと考えられている。
SARSとCOVID-19はいずれも肺炎を引き起こす感染症である。SARSは約8ヶ月で終息宣言が出され、封じ込めに成功したがCOVID-19は1年以上経っても大きな拡大をしている。これは致死率の違いだけではなく、ウイルスの感染性を示す時期が異なることも大きく寄与している。SARSは重症化している人からの感染が主で、発症した患者を隔離することでウイルスの封じ込めをすることができた。一方、COVID-19は感染初期から、つまり症状が全くない、もしくは軽症の時点で強い感染性を示す。これにより、感染者を特定・隔離することで、流行をコントロールすることが非常に困難である。
一人の感染者が何人の二次感染者を発生させるかを現した基本再生算数(R0)という指標があるが、当初COVID-19はR0=2.5と推定されており、これは何も対策を講じなければ、30日の間に感染者数が240倍に膨れ上がると計算できる値である。
WHOが公表しているMission ReportやOutbreak news、WHO局長が設置したIndependent Panel(独立委員会)のレポートによると、COVID-19の発生からその後の世界の動きが細かく記されている。2019年12月中華人民共和国湖北省武漢市にて原因不明の肺炎の患者が確認され、武漢市保健委員会は市の病院に対し、12月30日に緊急通知を行なった。WHOは中国に情報提供を要請したが、それに対する回答は翌年1月5日にあった。国際保健規則(IHR)では、国際的な脅威となる事態が起きた時には24時間以内に加盟国は報告をしなければならない。1月12日の第2報ではヒト-ヒト感染のエビデンスがないとしており、この時点でのリスクアセスメントができてないこと、また、1月7日にはフルゲノムが解析され、SARSと似たウイルスであると分かり、SARSの時のように封じ込めできると思ってしまったことが問題であると指摘している。また、1月22日のWHOの会議の時点で既に日本や韓国、タイでも感染者が確認され、世界的に広まっているのは明白であったが、実際には1月30日になってWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当すると宣言した。独立委員会の見解として1月22日の会議の時までにPHEICを宣言するべきであったとしている。そしてヒト-ヒト感染の可能性と感染防止のための医療従事者が取るべき措置を講じることもできた。さらに、ほとんどの国でWHOが1月30日に出したPHEIC宣言に応答した即時の緊急対応が行われなかったために2020年の2月のパンデミックを抑える最後のチャンスを逃したとの見解を示している。
日本では感染拡大防止の方法としてクラスター対策に力を入れている。これは、多くの感染者(約75%)は誰にも感染させていないことが事実としてあったことを根拠とし、この対策は世界的にも認められており現在は米国CDCも取り組んでいる。日本の最大の問題は都市部での流行が抑えられていないことであり、全国の感染者数の2/3は首都圏で発生している。国の対策として「Contact Tracing(接触確認)」が勧められているが、これの意義は感染源を見つけることで、クラスターを閉じて流行を制御することを目的としている。
ワクチンは徐々に広がりつつあるが、ワクチンが進めば事態は収束するということにおいては大きな勘違いがある、英国においてワクチン接種は70%の人に広まっているが規制を緩和した途端に感染者数が著しく増えている。日本は英国ほどワクチン接種率が高くなく、ここで緊急事態宣言などによる規制を緩和してしまうことで感染の再拡大は防ぐことは難しくなると考えられる。
また、世界にはワクチンの不平等といった問題があり、ワクチンを接種できない国が非常に多い中で今度どのようにしていかなければならないかは全ての人類で考えていく必要がある。
WHOは「No-one is safe until everyone is safe 全ての国がワクチンを受けられるようにならないと世界は安全にはならない」ということを述べている。自国のワクチン確保に奔走することばかりではなく、世界中の国々が協力してこの感染症を収束させるという思いがとても重要である。
COVID-19の拡大が進行しているこの渦中で、パンデミックの歴史やWHOの実際の現場でのご経験に触れることができ、押谷先生のご講演はとても刺激的で興味の惹かれるお話ばかりでした。SARSが広まった2002年の中国での動きやその後の感染の拡大の様子など、実際起きたお話は、まるで映画を見ているかのようで、世界の公衆衛生を守ることの重要性を強く感じました。COVID-19の情報は世の中に膨大に溢れており、真偽が定かではないものも多く存在しています。当時、中国でなにがあったのか、世界の人々はどのように考え、行動したのか、Independent panelの「Main report:COVID-19 Make it the Last Pandemic」の情報を分かりやすくご紹介いただき、事実を知ることが誤った情報に惑わされないようにするために非常に重要であると感じました。また、WHOはOutbreak newsなど最近の感染症に関する情報も提供しているということを知ることができ、普段の情報収集も受動的なものから能動的なものにすることも大切であると大変勉強になりました。
公衆衛生に携わる者として、押谷先生のお話はこれまでの感染症の歴史を学ぶこと以上に、これから世界の人々が考えるべき、行動するべきことを深く考えさせられたご講演でした。日本のウイルス対策の最前線に立たれている先生のお話を拝聴することができ、今後の世界の感染症の動向も注目していきたいと思いました。この度は大変興味深いお話をありがとうございました。

東北医科薬科大学 大学院 薬学研究科
微生物学教室(3年)関根僚也
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