
川崎医科大学 小児科学講座教授 中野貴司 先生
ポリオは天然痘に引き続きWHOにより世界的な根絶が目標として掲げられ、対策が進められているウイルスである。そんな中、根絶間近と言われつつも一部の地域では足踏み状態が続いている。そんなポリオに関して、流行の現場に出向き予防接種の普及を目指した活動を通し実際のポリオ患者を診、ポリオの現実と向き合った中野先生に詳しいお話を伺った。
ポリオはエンテロウイルスの一種で急性灰白髄炎(いわゆる小児麻痺)の原因となる。具体的には、脊髄運動神経に感染して非対称性の症状を起こす。腰髄への感染が多いため、主に下肢の急性弛緩性麻痺が見られる。また、患肢の筋萎縮が著明であり、後遺症を生じやすい。呼吸筋の麻痺による呼吸不全を生ずることもあるため、人類初の人工呼吸器である「鉄の肺」がポリオ流行の1960年代に日本でも100台ほど導入されていた。一方、不顕性感染が多く(90%以上)、サーベイランスが難しいことも、根絶の障壁となっている。
現在では、野生株だけでなくワクチン由来株で発症することもあるが、症状は同じため、どちらの株で感染したのかの区別が必要となる場合もある。
ポリオは、2000年までに根絶することが世界的な目標となっていた。1988年では125か国にポリオが常在し、患者数は35万人と、広範囲に蔓延していた。1994年になると80か国、7.3万人となり、さらにアメリカ大陸での根絶も達成された。その後、1996年は70か国、1.7万人、2006年は4か国、1997人と減少していった。しかし、当初の目標であった2000年までの根絶は実現していないのが現状である。天然痘は、「人以外の宿主を持たない」、「持続・潜伏感染が無い」、「効果的なワクチンがある」、「政治・経済のバックアップがある」といったことがあって根絶できた。一方、ポリオは先述した通り不顕性感染が多い為、天然痘に比べ根絶が難しいとされている。また、各国の社会的あるいは文化的背景がポリオの根絶を阻むケースもある。例えば、一人っ子政策下の中国では、住所の登録されていない流動人口が都市部で増加し、予防接種率が低下したことが、かつてポリオが蔓延した理由の一つと考えられる。また、イスラム教圏の国で、宗教上の理由からワクチン接種を拒否したためポリオの流行を抑えられなかった例もある。一方、アフリカを中心にII型ポリオウイルスのワクチン由来株が市中で広がってcirculating vaccine-derived poliovirus(cVDPV)となり、その伝播によって感染した事例も発生が継続している。
予防ワクチンとしては、経口生ワクチン(OPV)と不活化ワクチン(IPV)が実用化されている。OPVは腸管免疫の付与が可能で、IPVよりも高い集団免疫効果が期待できるが、複製増殖の過程で変異が起こり神経病原性を復帰するリスクがある。前述のcVDPV やワクチン関連麻痺(vaccine-associated paralytic poliomyelitis, VAPP)はこれによる不都合な事例である。また、宿主の体内では、変異が起こりやすいとも言われる。一方、IPVは不活化ワクチンであり、神経病原性復帰のリスクは無いが、腸管粘膜の局所免疫を付与する効果は乏しく、大流行時のコントロールは難しいとされている。以上のことより、両者のメリット・デメリットを踏まえた接種の戦略が必要である。
WHOは何故、ポリオ根絶を目標にしたのか?
病原体を根絶することでワクチンやサーベイランスを中止することができるため、保健医療費に関する総支出を削減できるメリットがあり、WHOは次なるターゲットとしてポリオ根絶を目指した。天然痘においては、根絶を達成することが出来たが、ある意味では非常にラッキーな稀な事例であったという見解もある。
VDPVはロタウイルス、ノロウイルスのように糞口感染によって感染するのか?
糞口感染により感染しうる。糞口感染の場合、ヒト―ヒト間での直接的な感染のみとは限らず、間接的な事例もあり、ウイルスが環境の一部に残存して感染することも起こりうる。また、手指消毒が不十分な場合でも感染しうる為、注意が必要である。
根絶により天然痘のバイオテロのリスクがむしろ上がった。ゲノムの化学合成も可能なポリオの場合、その可能性や対策は?
ポリオは不顕性感染が多く、バイオテロとして格好の道具となるため、天然痘と同様にバイオテロとして用いられるリスクを想定する必要はある。不顕性感染では無症状例が多く、病原体保有者か否かの明確な判断がされにくい為、知らぬ間に感染源となる事例が多いことからバイオテロには好都合であると考察されている。対策として、根絶後も1~3型のワクチンを保持する必要がある。それぞれの国で備蓄するのは量的に無理なため、世界的に何か所かで分割してストックをするのが最善と思われる。
インフルエンザ検査時の咽頭拭い液からポリオが検出されたとの報告があるが、その処理はどうすればよいのか。
ポリオウイルスは一過性に上気道感染することもあり、咽頭拭い液中に含まれる可能性は確かにある。咽頭拭い液に関しても感染リスクを想定した慎重な取り扱いが必要である。
イスラエルで下水中からポリオウイルスが検出されたとの報告があるようだが、感染源としてのリスクは考えられるのか。
イスラエルでは、I型野生株が下水中から分離されたものの、麻痺患者の発生は認められなかった。不活化ワクチンの接種率が高かったので、I型野生株に感染した者がいたとしても、麻痺を発症しなかったという可能性がある。
今回の講義を通してポリオウイルスの現状や、根絶までの道のり等をより深く、かつ、改めて理解できました。流行に関しては国ごとに焦点を当てた内容で、様々な視点からポリオに対する対策・状況を知ることが出来ました。また、質疑応答では様々な論点からの質問が多く、ご講義での学びに加え自身の知見を深めることが出来ました。この度は、大変貴重なお話を聞かせていただきまして、誠に有難うございました。最後に、ご講演いただいた中野先生を始めとする先生方、仙台医療センターのスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。

獨協医科大学 寺田剛二郎
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