ウイルスセンター

「世界ポリオ根絶計画の進捗と停滞」を聴講して

国立感染症研究所ウイルス二部第二室室長 清水 博之 先生

国立感染症研究所ウイルス二部第二室室長 清水 博之 先生

概要

ポリオウイルスの特徴

ポリオウイルスは一本鎖RNAウイルスで、エンベロープは持たない。抗原性の違いによって3つの型に分類されている。抗原性が安定しているため、今から60年前の流行ウイルスに対してつくられたワクチンが現在でも通用している。ポリオは日本では1950年代の終わりから1960年代に大流行した。

個体における感染様式としては、基本的には口からウイルスが侵入し、腸管で感染して1~2か月は糞便中にウイルスが排出されるが、最終的には抗体が誘導されることによってウイルスが排除される。一部の人では腸管で感染したウイルスが一過性に血中に入り、末梢神経などを介して中枢に入ることもある。中枢に入るとニューロンに不可逆的なダメージを与えて麻痺などを起こす。感染症におけるポリオの特徴のひとつは、たとえウイルスに対する免疫を持っていない集団に感染したとしても、ほとんどの人は症状を示さない不顕性感染か、軽い発熱程度の症状で終わることである。ポリオの代名詞のような急性弛緩性麻痺となるのは感染者全体の1%以下であるといわれている。ただし、これは型によっても頻度が異なり、1型では約200人に1人であるのに対し、2型、3型では1000~2000人に1人程度とされている。

ポリオ根絶計画

先に述べた不顕性や軽症者の割合から、患者が1人いると分かった場合、数百から数千人単位で感染しているが発症していない人がいる可能性があることや、臨床症状として麻痺があってもそれがポリオ以外の疾患に由来する可能性が否定できないことが根絶計画の中では大きな問題となる。従って、麻痺症状を示す患者が出現した場合、原因がポリオであることを確認する必要がある。ポリオの確定診断は、便の中から病原体を検出することで行っている。これによりどのような型のウイルスに感染したかも知ることができる。ポリオのワクチンには、ウイルスを弱毒化したものと不活化したものの2種類があり、Oral Polio Vaccine (OPV)という弱毒化生ワクチンの場合は変異して毒性復帰をすることもある。最近では昨年、パプアニューギニアでワクチン由来のウイルスによるポリオの流行がみられたということがわかっている。

今まで1980年5月に天然痘、2011年6月に牛疫の2種類のウイルスの根絶が発表された。ポリオは3番目に根絶のターゲットとなっている感染症である。根絶された天然痘とポリオの大きな違いの一つは、天然痘ではウイルスが感染するとほとんどの場合で臨床症状が出現するという点である。天然痘が根絶のターゲットとなった理由には、このほかに1.ときに重篤な疾患となるのでコントロールしたいという願い、2.大規模な流行がみられること、3.自然宿主がヒトのみであること、4.有効で安価なワクチンが存在することが挙げられるが、一方、ポリオについては、前述のクライテリアの1-4は満たすものの、天然痘と違い潜伏感染が多いという点で、根絶の難しさがある。

当初のポリオ根絶計画の基本戦略はポリオワクチン接種の徹底、急性弛緩性麻痺のサーベイランス、実験室診断によるポリオウイルスの分離同定の3つだった。たしかにこれらにより患者数の減少がみられた。しかし根絶には未だ至っていない。現在野生株ウイルス2型については根絶が宣言されており、3型も野生株による感染は数年前の報告以降確認されていないため、根絶したものと考えられている。野生株では1型が、パキスタンとアフガニスタンだけではあるが、今も感染が確認されている。他の地域で報告されている流行はOPVに由来するものである。このように根絶が最後の段階で足踏みしているような状況に陥っている最大の理由としては、医療に対する住民の不信や嫌悪を背景としたワクチン拒否やサーベイランス拒否がまだ末端地域に残っていることや、紛争等のために医療介入が難しいといった問題がある。

ポリオのワクチン

ポリオのワクチンは2種類どちらも有効性に優れたワクチンで、どちらも血中にポリオの中和抗体を誘導することで発症を抑えるという仕組みである。OPVは血中中和抗体を誘導するだけではなく、腸管免疫も強化する作用がある。ただ、副反応としてワクチン株ウイルスが体内で神経親和性に復帰変異して神経に感染して麻痺をもたらすことがある。一方、不活化ワクチンinactivated polio vaccine (IPV)は中和抗体を誘導するが腸管免疫を強化する作用はない。また、OPVワクチンと比較して高価である。

OPVによるポリオの流行が以前から問題となっており、特に近年は2型の頻度が高い。対策としては、ワクチン接種をOPVではなくすべてIPVにするというものが考えられるが、IPVのみで流行地やハイリスク地の感染をコントロールすることは難しい。そこで3価のOPV(tOPV)ではなく2価のワクチン(bOPV)の導入を進めている。そして今後さらに弱毒化株からつくられたIPVへと移行していく予定である。また、ポリオはゲノムが分かっているので弱毒化の安定を図っていくという試みがされており、実際に第一相試験も行われている。さらに、日本でもワクチン関連の技術を活かし、経皮ワクチンの研究が進められている。

ポリオ根絶の最終戦略

元々ポリオの根絶は単純に考えられていたが、この20年で複雑混沌化しており様々な問題を解決しないとなしえないことが分かった。野生株の伝播が終息したらOPVを停止することは決定しているが、その後スクリーニングして、ポリオが根絶したことを証明することは簡単ではないだろうと予想されている。また、バイオテロや備蓄ワクチンといった問題もある。さらにポリオではないがポリオに似ている症状を呈するウイルスもわかってきており、その後もポリオとの判別は大切である。

ポリオの伝播が終息したとしても、天然痘が米国とロシアの2国の研究機関のみにしかないように施設にあるウイルスを減らしていく必要がある。また、他の研究目的にとられた検体の中にポリオが含まれている可能性についても考える必要がある。ポリオが本当に根絶できるのか?というのは、神のみぞ知るという領域というのが現状である。

感想

清水先生をはじめ、様々なウイルスに関与する先生方から貴重なお話を聞く機会を得ることができたことにまず感謝を申し上げます。どの講義もわかりやすく、興味を惹かれるものばかりでとても勉強になりました。

ポリオウイルスというのは生ワクチンと不活化ワクチンと利点や欠点を比較する例として学習したことのある題材でしたが、現状では2種類のどちらを使用するかにとどまらない問題が背景にあることが分かりました。また、個人的には60年前と同じ内容のワクチンでも十分通用するほどの効果がある一方で、技術や研究が進んだ今もまだ感染がなくならないという点が、とても興味深かったです。長い戦いの終焉が見えそうで見えないからこそ経皮ワクチンのような新たな技術や考えも生まれてくるのだなと感じました。

執筆者

山形大学医学部 北見 実夢

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