ウイルスセンター

「遺伝子組換えウイルスによるがん治療」を聴講して

大分大学医学部脳神経外科 札場 博貴 先生

大分大学医学部脳神経外科 札場 博貴 先生

はじめに

学生時代に大分からウイルスセンターに基礎修練でいらしてウイルス学に興味を持った札場先生は、卒業後脳神経外科医となられ、大学院時代に東京大学医科学研究所でウイルスを用いた脳腫瘍の治療について研究され、現在も大分で研究を継続されています。今回の講義では先生が現在力を注がれているウイルスを用いた脳腫瘍の治療についての研究と、そのベースとなる遺伝子組換えヘルペスウイルス1型の基礎的研究についてお話してくださいました。

概要

膠芽腫とは

脳腫瘍の中でもっとも悪性度が高く、頻度の高い悪性腫瘍であり(WHOでグレード4に認定されている)がんの一種である。脳の神経細胞を支える神経膠細胞が腫瘍化してできる。大脳に発生して、周囲の脳に滲みこむように広がる浸潤がんである。現行の治療法だけでは治癒が不可能な腫瘍であり、今後ウイルスを活用した治療法を研究していく中で重要な病の1つである。

がんウイルス療法とは

がん細胞だけで増えるように改変したウイルスをがん細胞に感染させ、ウイルスを増殖させてがん細胞の集団に次々と感染させ細胞死を起こさせ、がん細胞を消滅させようとするこれまでにない発想に基づいた、腫瘍に対する治療法のことである。がん細胞のみで増殖するため、感染が周囲の正常な細胞に広がらず、高い安全性を持つ。理論的にはあらゆる種類のがんに効果があると考えられている。ウイルスを投与する時期は、抗腫瘍免疫を期待する上で、早ければ早い方が、治療効果が高いといわれている。

がん細胞に感染したウイルスの働き

がん細胞にウイルスが吸着したのち、ウイルスはがん細胞内で脱殻、素材の合成、組み立てのサイクルを繰り返し行いがん細胞内で増殖する。感染した細胞の表面にはがん抗原が提示され、抗がん免疫が惹起され、T細胞が浸潤し、がん細胞が攻撃される。

現在研究で使用しているウイルスのついて

現在、札場先生は「ヒトヘルペスウイルス」を利用して脳腫瘍のがんウイルス療法の研究を行っている。「ヒトヘルペスウイルス」を使用しているうえでの大事な点は抗ヘルペスウイルス薬(アシクロビルなど)が存在することである。これにより、もし被験者がウイルスに感染に伴い、副作用が出現してしまったとしても、適切な治療が可能なので、高い安全性が保障されるのである。他にも、ヘルペスウイルスはウイルスの生活環とゲノム解明がされており、遺伝子組換えを安全に人為的に何重かあたえられることや、ゲノムが安定していること、またヒトゲノムには組み込まれず発がん性や遺伝性がないこと、少量のウイルス量でも多くの細胞に感染でき腫瘍細胞集団の死滅が可能であるところが利点としてあげられる。

ウイルスの投与経路について

基本は腫瘍に直接注射で投与する腫瘍内投与である。投与されたウイルスは腫瘍内で増殖を繰り返すものの、いずれ患者さん自身の免疫で排除されるため、抗腫瘍免疫を強力に惹起する上でも複数回投与を行うことが望ましい。他には経静脈投与や経肝動脈投与などがある。経静脈投与では麻疹ウイルスやワクシニアウイルスによる肝細胞癌や乳がんに対する治療成果の報告がある。経肝動脈投与ではヒトヘルペスウイルスによる結腸直腸がんの肝転移に対する治療の成果に関する報告が出ている。

併用療法について

ウイルス療法は従来のがん治療と併用することでより大きな効果を得ることができる。

たとえば、現在がん治療として活用されている放射線療法とは、放射線療法によって破壊されたがん細胞がDNAを修復しようとする機構を逆に利用してがん細胞内でウイルスを増殖させることができ、相乗的な効果が期待できる。

2018年にノーベル生理学賞を受賞し話題となった免疫チェックポイント阻害薬(抗PD–1抗体)は免疫抑制を解除するため、ウイルスによって惹起された抗がん免疫に利用できるT細胞が多くなるので、ウイルス療法との併用に相性がとても良い薬だと言える。

髄膜腫におけるウイルス療法

髄膜腫にはリボヌクレオチドラダクターゼ(RR)活性があるものとないものがある。RR依存型のウイルスでは急速に増大する腫瘍の持つRR活性を利用した効率良い増殖が起こり、良好な成績が得られている。一方、緩徐に増大する腫瘍ではRR活性が低い或いはないことから、ウイルスの複製効率が悪く効果は限定的となる可能性が高い。これを踏まえ、RR非依存型のウイルスを作成し、髄膜腫細胞に感染させてみたところ、十分なウイルスの複製が起き、当該細胞を効果的に殺した。

改良型のRR非依存型のウイルスのほうが改良を加えていないウイルスより治療効果が高いことは悪性髄膜腫細胞株への細胞障害性試験で示されている。

感想

札場先生は私と所属大学は違えど、ウイルスセンターで西村先生ご指導のもと基礎修練をした先輩であります。札場先生の学生時代のウイルスセンターでのレポートを拝見させていただきました。C型インフルエンザウイルスの細胞融合能や溶結能について詳しく実験されており、この時からウイルスへの熱い想いがあったことが伝わってまいりました。この時のウイルスへの興味を今の研究につなげられていると思うと、素晴らしいことだなと思います。

今回私は初めて「ウイルス療法」という治療法を知りました。日本国民全体の死亡率一位が悪性腫瘍である現代においてがん治療にウイルスを使うという切り口の発想は素晴らしいと感じました。ウイルスは常に人類の敵というわけではなく、使いようによっては味方となりうることはとても面白いことだなと思います。これから研究が進んで臨床の場で活用できる日を楽しみに私も医師になるための勉強を頑張っていきたいです。

札場先生、本日はお忙しい中貴重なお話をしていただきありがとうございました。アメリカでもお体に気をつけて頑張ってください。

執筆者

岩手医科大学 医学部3年 加藤 陽佳

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