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石井直人先生の「COVID-19の免疫学 ―呼吸器系ウイルスとワクチン―」を聴講して

東北大学大学院医学系免疫学分野 教授 石井 直人 先生 東北大学大学院医学系免疫学分野 教授 石井 直人 先生

はじめに

「免疫」とは読んで字の如く、「疫を免れる」ということである。イギリスの医学者であるエドワード・ジェンナーは牛痘に罹った農民が天然痘に罹らないことに注目し、1796年に牛痘種痘法を確立した。その後、天然痘ワクチンは全世界に広がり、1980年にWHOは天然痘撲滅宣言を出した。人類は天然痘を免れたのである。

石井先生の講義では、免疫に関する基本的な知識から新型コロナウイルスワクチンの作用機序まで、コロナ渦に生きる市民が持っているべき教養を非常に分かりやすく学ぶことができました。

1.免疫とは何か

免疫とは自己と非自己を識別して非自己を排除する生体システムである。非自己とは自分の体にとって異物となるもので、ウイルスや細菌などの病原体はこれにあたる。免疫には、生まれながらに持つ自然免疫と後天的に自分で獲得する獲得免疫がある。自然免疫とは、病原体に対する最初の防御にあたり、好中球やマクロファージ、樹状細胞などの貪食によって病原体を排除しようとする働きである。獲得免疫は「特異性」と「記憶」という2つの特徴を持ち、一度非自己と認識するとそれを記憶し、再侵入を阻止する仕組みがある。その仕組みには、異物を取り除く機能を持つ「抗体」が重要な因子として関わっている。抗体はイムノグロブリン(Ig)というタンパク質で、4本のポリペプチド鎖からなるY字型構造をとる。また抗体は細菌学・免疫学の父と呼ばれる北里柴三郎によって発見された。この発見によってワクチン医療が大幅に進歩した。

2.感染症に対する免疫

体内に侵入したウイルスや細菌は、宿主細胞の表面に存在するその病原体に対する受容体と結合することで感染を進める。一方、免疫システムによって作られた抗体はウイルスや細菌の受容体結合部位に結合することで、受容体との結合を阻害する。中和抗体と呼ばれる抗体はこのような抗体である場合が多い。抗体にはいくつかクラスがあるが、本講義では感染症に対する免疫に関わるクラスの抗体として、IgAとIgGが主に紹介されていた。IgAは粘膜免疫の主役ともいえる抗体である。IgAは2量体を形成して、呼吸器、消化器、感覚器などの粘膜上や母乳に分布する。コロナウイルスなどの呼吸器の表面で感染する呼吸器系のウイルスに有効で、感染そのものを防ぐ抗体だといえる。ただ、口腔内では唾液によって簡単に分解されてしまうなどIgAの安定性は低い。そのためワクチン接種によってIgAが作られても、粘膜上のIgAの量はそう多くないことが懸念される。一方、IgGは血液中に分布する。つまり、血液中のウイルスに有効で、体内組織や血液中の病原体に対する抗体だといえる。そのためワクチン接種によって作られたIgGは、感染そのものは防げなくとも重症化を防ぐ役割がある。

3.抗体産生のメカニズム

ウイルスが侵入してから抗体産生に至る経路において、ヘルパーT細胞が最も重要である。侵入したウイルスはまず樹状細胞に貪食される。そして樹状細胞はヘルパーT細胞に対し抗原提示を行う。抗原提示を受けて活性化したヘルパーT細胞は、独自に同一抗原を認識したB細胞とキラーT細胞を活性化する。この活性化をT細胞ヘルプという。T細胞ヘルプを受けたB細胞はクラススイッチして抗体産生細胞や記憶B細胞に分化する。またヘルパーT細胞も一部が記憶T細胞に分化する。ここで記憶細胞が作られることが免疫記憶の基盤となる。この記憶によって、再度同じ抗原への免疫の活性化が起こった時、抗体の親和性と生産量が飛躍的に増加する。ここで親和性というのは、抗原に対する抗体結合力のことである。

以上説明した一連の抗体産生のメカニズムの駆動に要する時間は1度目の免疫時は2週間程度なのに対し、2回目以降は数時間という短い時間である。加えて反応も強い。2回目以降が短時間であるのは、免疫記憶のおかげでヘルパーT細胞のヘルプ無しにB細胞が活性化し抗体を産生することが可能となるからである。しかし、抗体は分子量的に大きいため細胞内には入ることができず、細胞内に侵入した病原体には歯が立たない。そこで働くのがキラーT細胞を始めとした免疫細胞で、ウイルスに感染した細胞のみを除去する機能を持ち、そのため重症化を防ぐ働きを持つ。抗体による免疫を液性免疫というのに対して、免疫細胞による免疫は細胞性免疫という。ウイルス感染防御における免疫応答は感染を防ぐ抗体と重症化を防ぐ免疫細胞という2つの段階が存在するのである。

石井先生は免疫記憶のシステムを「二度罹りなし」と表現されていた。ウイルスの初感染時には、抗体ができるまでにウイルスが体内で十分に増えてしまうので症状が出る。再感染、再々感染時には感染はするが、数日以内にウイルスが排除されるため症状が出ない、あるいは軽症ですむ。これが「二度罹りなし」の意味するところである。ただ、厳密には再感染しない訳ではないため、たとえ症状がなくとも、PCR検査や抗原検査をすると結果が陽性を示すこともある。

4.新型コロナウイルスワクチン

ワクチンとは、初感染を擬似的に起こすことで免疫ネットワークを誘導する薬である。接種されたワクチン物質を樹状細胞が貪食することでウイルス感染と同じ免疫反応が誘導され、免疫記憶と抗体産生が起こる。新型コロナウイルスSARS-CoV-2に対して使用されているワクチンはmRNAワクチンである。これまでmRNAは体内において即座に分解されるものであって、細胞外では免疫受容体(TLR3, TLR7, RIG-I, MDA-5)に認識されて強い炎症を引き起こす、言わばキケン分子という認識であった。Katalin Kariko博士はmRNAを構成するウリジンをN1-メチルシュードウリジンに置換することで、分解されにくくなり、TLR3とTLR7の認識を回避し惹起される炎症が緩和されることを発見した。これを利用して作られたのが今回のSARS-CoV-2 mRNAワクチンである。細胞内に取り込まれ易くするために、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のmRNA断片を中に含む脂質二重層でできた粒子にして筋肉に注射する。ワクチンが筋中で10日程度維持される間に樹状細胞が異物だと認識して取り込み、mRNAからスパイクタンパク質断片が翻訳される。それが抗原提示され、スパイクタンパク質断片として認識することで、スパイクタンパク質に特異的なIgG型中和抗体やヘルパーT細胞、キラーT細胞が誘導される。ワクチン接種を3回行えば、免疫記憶によって産生される抗体量、抗体親和性、重症化を防ぐ細胞性免疫の強度が十分になると言われている。しかし、現在流行しているオミクロン(BA.5)株はスパイクタンパク質に変異が生じたウイルス株である。こうなるといくら元のSARS-CoV-2 mRNAワクチンを接種して抗体親和性を上げても効果は低くなる。ただT細胞免疫は、T細胞全体で見ると認識するペプチドの範囲が極めて広いのでウイルス変異の影響を受けにくい。そのため、たとえウイルスに変異が生じても変異がない部分を認識できるのでワクチン接種によって重症化は防ぐことが期待できる。これは実際のコロナ感染者の重症度を見ても明らかになっており、軽症者と入院患者を比較すると入院患者は抗体量が多い一方で、軽症者はコロナ特異的T細胞が多い傾向が見られている。

感想

石井先生が講義の中で何度も仰っていた「二度罹りなし」という言葉が印象に残っている。「二度罹りなし」とは、実際は罹らないわけではなく、ワクチン接種によって免疫記憶が作られたことで、感染しても感染が拡がらず症状がでにくくなるという意味だ。そのため、感染しても多くの場合重症化は防げるが、感染そのものは防げていないのでPCR検査では陽性が出てしまう。「PCR検査陽性」というのは自分が感染していること以上に、周りの人や社会への影響が大きいと感じる。もちろん検査をして重症化や感染拡大を防ぐことの重要性は理解しているが、石井先生も最後にコメントされていたように、何をもって感染とするのかを考え直す時期にさしかかっているのかもしれない。また、質問コーナーでも話題になっていたように、コロナウイルス感染の後遺症やワクチン接種の副作用についてはまだ不明確な部分が多い。接種したmRNAは体内で10日以内に分解、消滅するため後遺症的・慢性的な副反応は起こらないだろうとされているが、mRNAワクチンの人類での使用は初めてなので予期せぬ副反応もゼロとは言い切れない。コロナ渦で生活する一人の市民として、様々な機関から発信される情報をできる限り吟味して収集し、ウイルス学に携わる一人の大学院生として正しい情報を周りに伝えられるように努力しようと思う。

免疫学を専門とする石井先生からみた新型コロナウイルスとワクチンに関する講義を拝聴でき、非常に貴重な機会でした。大学で学ぶような基本的な知識を抑えたうえで、今世界では何が起きているのかを整理して理解することができました。この度はお忙しい中、ご講演していただき本当にありがとうございました。

執筆者

東北大学農学研究科
植物病理学研究室 修士1年 木村空知東北大学農学研究科
 植物病理学研究室 修士1年 木村空知

 

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