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「エンテロウイルスD-68(EV-D68) わかっていること・わかっていないこと」を聴講して

国立成育医療研究センター・レジデント 今村 忠嗣 先生国立成育医療研究センター・レジデント 今村 忠嗣 先生

はじめに

今村忠嗣先生がウイルス学研究に興味をもたれたきっかけをはじめ、EV-D68に関する疫学の現状および動物モデル開発などの「わかっていること・わかっていないこと」について、多角的な臨床的知見を交えてご講演下さいました。

概要

ライノウイルスを標的とした疫学研究の”思わぬ副産物”、EV-D68との出会い

2008年よりフィリピン共和国レイテ州をフィールドに急性呼吸器感染症の原因となる呼吸器ウイルスを対象に研究を行っていた際に、ライノウイルスを標的としてPCR法により検出を行ない、シークエンス解析を行ったところ、エンテロウイルス(EV-D68)という”思わぬ副産物”が約7%の確率で検出された。2000年代前半まで米国などで稀な発生しか見られなかったEV-D68に対して、このことをきっかけに疫学研究が進められることとなる。

エンテロウイルスD68型(EV-D68)は、一本鎖プラス鎖RNAウイルスであり、5’UTRでライノウイルスと遺伝子学的相同性が約65%程度と高く、更に他の一般的なエンテロウイルスと比較して、酸に対する抵抗性の低さや至適増殖温度、感染経路として気道親和性が挙げられるなどの生物学的性質がライノウイルスと類似していることが判明している。

EV-D68の疫学、未知なる臨床像−呼吸器疾患から急性弛緩性運動麻痺まで−

2009年8月以降、フィリピンに限定せず世界的規模でEV-D68検出数が増加し、米国では検出された患者のうち症状が重篤化、または死亡に至ったケースの中において、気管支喘息・喘息性疾患の既住が多いことが報告された(2014年)。一方、今村先生の出身ラボのフィリピン・レイテ州における疫学研究では、小児では肺炎を起こした患者の0.76%からEV-D68が検出されていた(2011年)。EV-D68感染症の臨床像は、発熱や咳などの一般的に「風邪」として認識されるような軽度な症状から、喘息様発作、呼吸困難などの重度な症状までがある。よって、医療機関を受診しない軽症患者が多く存在することも推定され、全体像は現時点では不明である。

また、EV-D68感染症は、疫学情報からその流行時期と患者数増加時期が重複する急性弛緩性脊髄炎(急性に四肢の弛緩性運動麻痺を呈する疾患)との関係性も示唆されている。日本国内でも2010年以降、相関が認められ、また急性弛緩性麻痺の患者の一部からEV-D68が検出されている(2017年)。しかしながら、患者からの病原体検出が少なく、また検出自体が呼吸器由来の検体からのみであり、急性弛緩性麻痺とEV-D68の関係性を単純に断定することは困難である。

流行拡大と複数システムでの疾患を引き起こす謎

分子疫学的観点から、近年の流行ウイルスは、遺伝子学的に見て3つの系統に分類されるが、その遺伝子系統の交換現象と流行拡大の関係性は不明である。3つの系統を分けるアミノ酸変異は、構造蛋白質VP1に集積する。このことから、VP1の抗原性の変化が流行拡大の原因の1つである可能性が考えられている。

呼吸器および中枢神経双方において障害を起こす原因として、EV-D68の表面に存在するcanyonと呼ばれる構造と赤血球表面のシアル酸受容体との結合性が関与する可能性が考えられている。グリカンアレイ法により分析を行ったところ、EV-D68は呼吸器に分布するα2-6型シアル酸に親和性があり、病原体は呼吸器感染後にウイルス血症によって中枢神経まで運ばれ、神経特異的な受容体ICAM5を介して中枢神経に播種されるという仮説が立てられている。

EV-D68研究の将来像

本ウイルスの感染により呼吸器系と中枢神経疾患のどちらにも障害を引き起こす動物モデルがBalb/c系マウスを含め現在開発中であり、現時点では困難である周期性の流行予測、成人、軽症患者を含めた真の臨床像の解明やワクチン、治療薬開発につながることが多いに期待されている。

感想

今回みちのくウイルス塾に初めて参加させて頂き、自分の知識の目を大きく広げる経験が出来ました。今村先生の臨床の視点を多く交えたお話は、これからウイルス学研究を始める私にとって非常に興味深く、また二日間を通して貴重な時間を過ごせたことを、仙台医療センターの皆様、講演された先生の皆様方に深謝致します。

執筆者

弘前大学農学生命科学部分子生命科学科細胞分子生物学分野3年 庄司日和

 

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