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「海洋の悪いウイルス 良いウイルス」を聴講して

高知大学農林海洋科学部 海洋資源科学科海洋生命科学コース教授 長ア 慶三 先生高知大学農林海洋科学部 海洋資源科学科海洋生命科学コース教授 長ア 慶三 先生

ウイルス学の新たな領域

1892年にタバコモザイクウイルスが発見されて以来、ウイルス研究に投ぜられた時間・予算・努力のほとんどは病原ウイルスに関してのものであった。そのため、「ウイルス=病気を引き起こすもの」というイメージが定着してしまった。現在、地球上に存在するウイルス粒子は1031個と推算されているが、そのうちいわゆる「病原ウイルス」はごく一部であり、大部分は人間の健康や産業に影響を与えないウイルスであると考えられている。

その研究をするため、東京大学医科学研究所の河岡義裕先生がリーダーを務める「ネオウイルス学」というプロジェクトが発足した。長崎先生は高知大学でこのうちの海洋ウイルス部門を担当されている。

海のウイルスから分かること

海水には、1mlの沿岸海水中に数千万〜数億個という莫大な数のウイルスが浮遊している。例えばラフィド藻ヘテロシグマ・アカシオが大量に増殖した「赤潮」という現象についていえばその消滅にHaVというウイルスが関わっている。クローン化したヘテロシグマ・アカシオ培養にHaVを接種すると、3日後に赤潮状態にあったプランクトンは死滅し、水が透明に戻る。

海中の植物プランクトンは大きく鞭毛藻類と珪藻類の二つに分けられる。それらのうち、分厚い殻を持つ珪藻類に対してはウイルスが感染しないと考えられていた。そして20世紀まで珪藻ウイルスの発見事例はなかった。しかし、2004年瀬戸内海区水産研究所チームが、世界で初となる珪藻ウイルスを発見した。名前はRsetRNAV(Rhizosolenia setigera RNA virus)といい、φ32nmの小型ウイルスである。顕微鏡で観察すると珪藻の細胞内にびっしりとウイルスが増殖しており、珪藻の入ったフラスコにそのウイルスを接種すると珪藻が死滅する様子も確認された。

このように海洋中のウイルスには様々な種類があり、今も新たなウイルスの発見事例が続々と報告されている。

ウイルスと宿主の関係

これまでなされてきたウイルスの実験では、必ずと言ってよいほど「宿主プランクトンの死滅」という現象が伴ってきた。これは、ウイルスは宿主を殺し、宿主はウイルスに殺されるものだという固定観念から、弱い宿主と強いウイルスを組み合わせて「劇的な死滅現象」を求める実験を行ってきたことも、一因である。この認識が全てだとすると、地球上の宿主細胞はウイルスにより絶滅し、それによりウイルスもまた増殖する場を失ってしまうはずである。

しかし、「1細胞=1つの命」である単細胞生物のクローン培養でさえそのような単純な図式ではなかった。宿主側の一部はウイルスが共存する環境下でも生存することが分かったのだ。クローン単細胞生物の群れは全細胞に同じ性質が期待できるはずだが、実際には3/1000の割合でウイルスへの抵抗性を示し発現し、残り(997/1000)はウイルス感受性を示すといったことが起きている。

上述の通り、1000細胞に3個の割合で感染抵抗性の細胞が混じる傾向があるオリジナルのクローンの細胞培養に、細胞にとって致死性のウイルスを感染させると、抵抗性細胞が生き残る。その残った抵抗性細胞にウイルスによる選択圧をかけながら培養すると、増殖した細胞はウイルス抵抗性細胞がほとんどを占めるようになる。

一方、抵抗性細胞に選択圧(ウイルス)をかけずに培養すると、抵抗性を発現しなくなった感受性細胞が凌駕することが、実験の結果としてわかった。

ウイルスに晒されないと感受性細胞に戻ってしまうことから、宿主細胞にとってウイルス抵抗性を維持するのは、エネルギーの要ることだと考えられる。ウイルス感染圧を外した途端に、感受性細胞に戻ってしまうのだろう(おそらく感受性細胞の方が抵抗性発現細胞より若干増殖速度が速い)。

単細胞生物は1つの細胞で生命が完結しているため相互に連絡することはないと考えられている。しかし、3/1000の割合でウイルス抵抗性細胞がまるで「日直」のように汚れ役を担当しているのだから、赤潮などは単細胞生物の集合体というより、粒子レベルで役割分担をしている不定形の巨大生物のようなものだといえるかもしれない。

ウイルスと宿主の共存

先述したようなウイルスの宿主に対する許容は、様々な形で存在し、「共存」という選択肢も考えられる。

例えば陸上植物では、エンドルナウイルスが見つかっている。これは健全なイネ・ピーマン・アボカドなどから発見され、全組織に一定の低コピー数で内在している。しかしこれは宿主に明確な病徴を与えず、高率で次世代に伝播する。海洋におけるウイルスと細胞との共存を調べるため、海辺から拾ってきた一握りの藻屑をサンプルに、これをFLDS法を用いて調べてみた。FLDS法とはfragmented and loop primer ligated dsRNA sequencingの略で、二本鎖RNA(double strand RNA: dsRNA)がセルロースカラムに非特異的に吸着する性質を利用し、試料由来の抽出核酸からdsRNAをカラムクロマトで抽出する方法である。これで新規RNAウイルスを探索した。

その結果、なんと完全配列の得られた21のRNAウイルスのすべてが新種で、うち19種がdsRNAであることが分かった。この方法を利用すれば今後宿主と共存しているウイルスも発見できる、という可能性が示された。

長崎先生はこの技術を使って渦鞭毛藻ブルーム中のdsRNAウイルスの探索を予定している。多種多様な生物を住まわせる水圏世界の新たなウイルスの発見に、期待がかかる。

感想

最後に、親しみやすいスライドと分かりやすい説明で学生の興味をかき立てるような発表をしてくださった長崎先生に心より感謝申し上げます。

執筆者

岩手医科大学3年 山田夏鈴

 

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