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「近年のジカウイルス感染症の流行域の拡大」を聴講して

国立感染症研究所ウイルス一部第二室(アルボウイルス室)室長 林 昌宏 先生

はじめに

2014年、東京都の代々木公園およびその周辺において、デング熱の国内症例が発生し、多数のデング熱患者が報告されたことは記憶に新しい。本流行においては、ヒトスジシマカがベクターであり、その流行は代々木公園の閉鎖後、収束している。このような前例を踏まえると、デングウイルスと同じベクターによって媒介されるジカウイルスも国内で流行する可能性は否定できない。このように、近年、流行域の拡大が見られるジカウイルスについて、様々な観点からの講義をしていただきました。

ヒトに病気を起こす節足動物媒介性感染症の多くが四類感染症に分類されている。主にネッタイシマカおよびヒトスジシマカによって媒介され、その流行域も重複するデング熱、ジカウイルス感染症およびチクングニア熱も四類感染症に分類されており、全数把握対象疾患であるため、これらの疾患を診断した医師は直ちに都道府県知事に届けることが求められる。

ジカウイルスおよびデングウイルスは、フラビウイルス科フラビウイルス属に分類されており、公衆衛生学的に重要な新興・再興感染症となっている。フラビウイルスは1本鎖のRNAウイルスである。ウイルス粒子の表面はエンベロープに覆われ、物理学的あるいは生化学的に不安定であるため、容易に不活化される。これまでに約70種のフラビウイルスが報告されており、今後も新たなフラビウイルスが発見される可能性も否定できない。チクングニアウイルスはトガウイルス科アルファウイルス属に分類される。これらのウイルス性疾患は共通のベクターにより媒介され、特徴的な症状もなくその症状が類似しており、その流行域も世界の熱帯・亜熱帯地域において重なるため、重要な鑑別疾患である。

ところで、ヒトに病気を起こす主なフラビウイルスのNS5タンパク質コード領域の遺伝子配列に基づく系統樹解析の結果が示されている。フラビウイルスはその血清学的性状からいくつかの血清型群に分類されるが、血清学的性状と系統樹解析の結果は良く一致した。たとえばジカウイルスは、スポンドウェニウイルス血清型群に分類されるが、系統樹解析においてスポンドウェニウイルスとジカウイルスはクラスターを形成した。

概要

デング熱について

デング熱は、デングウイルス感染による蚊媒介性の急性熱性疾患である。わが国におけるデング熱は、デング熱の流行地域に渡航した旅行者が帰国後に発症する、輸入症例が主である。しかしながら、2014年には代々木公園を中心とした国内流行により短期間で162例の患者が発生した。これはヒトスジシマカを主な媒介蚊とする流行であった。ジカウイルスはデングウイルスと同じ媒介蚊により媒介され、その流行域もデング熱と重複しているため、代々木公園で起きたような国内流行が、ジカウイルス感染症においても発生する可能性は否定できない。

ジカウイルスについて。

ジカウイルスは1947年にウガンダで発見されたが、ジカウイルスに感染しても多くの場合不顕性感染であり、発症しても比較的穏やかな症状を呈することが多いため、感染した患者が医療機関にかからないケースも多く、これまで大きな問題とはならなかった。しかしながら、2015年〜2016年のブラジルでのジカ熱の流行において妊娠母体がジカウイルスに感染すると胎児がジカウイルスに感染する場合があり、胎児が重度の脳損傷を受け、小頭症を呈する場合があることが報告された。小頭症はてんかん様発作・発達障害、発育障害などの様々な障害を新生児にもたらす。ジカ熱と小頭症の関連性を受けて、WHOは2016年2月に、ジカ熱が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)に該当することを宣言した。

ジカ熱は都市部ではヒト-蚊-ヒトの感染環を形成しているが、その他の感染経路として輸血による感染や経胎盤感染、性行為による感染等も報告されている。

次に、ジカウイルスの遺伝子型について述べる。日本においてこれまでに20例のジカ熱の輸入症例が報告されているが、その時々の世界でのジカ熱の流行地域と輸入症例患者の渡航先には関連性がみられる。日本における輸入症例から分離されたジカウイルスより抽出されたウイルス遺伝子をRT―PCR法により増幅し、塩基配列を解析したところ、すべてのウイルスの遺伝子型がアジア型のウイルスだった。さらに、これらアジア型の分離株の遺伝子を比較解析すると、カリブ海諸国からの輸入症例から分離された株(Yokohama/2016株)はアメリカ亜型、東南アジアからの輸入症例から分離された株(NIID123株)は東南アジア亜型、太平洋諸島からの輸入症例より分離された株(ChibaS36株)は太平洋亜型にそれぞれ分類できることが示された。

次に異なるジカウイルス株4株における性状の違いについて調べたところ、アジア・アメリカ系統における異なる株間で、in vitro での増殖性とインターフェロン受容体ノックアウトマウスの体内での増殖性に違いが見られた。まず1947年にアフリカで分離され、乳のみマウスの脳において継代・維持されたアフリカ型に属するMR766株のウイルスはインターフェロン受容体ノックアウトマウスの中枢神経系への親和性が高いが、アジア型のウイルスでありプエルトリコで分離されたPRVABC59株の中枢神経系への親和性は低かった。次に、感染性ウイルス量の測定によりインターフェロン受容体ノックアウトマウスにおけるアジア型ウイルスの感染におけるウイルス血症レベルを比較すると、PRVABC59株(アジア型・アメリカ亜型)>ChibaS36株(アジア型・太平洋亜型)>NIID123株(アジア型・東南アジア亜型)となっていた。

さらに、雄性生殖器等への病理学的変化も異なっていた。インターフェロン受容体ノックアウトマウスにジカウイルスを接種したところ、感染6週間後に雄生殖器の縮小が見られたが、これは株によって差があった。ウイルス力価については6週間後になるとおおむね減少していたものの、PRVABC59株では精巣に対するダメージが残存していた。なお、2週間後にウイルス力価が低下していたのはNIID123株のみだった。

これらの差異がサブタイプ間の性状の違いなのか、単なる株間の違いなのかについては、今後さらなる解析が必要である。遺伝子のMタンパク質コード領域の違いによるものとも言われている。今後はジカウイルス感染性分子クローンを用いて、これらの違いに関わるウイルス側の要因の同定を行うという。今後の新しい発見に期待したい。

質疑応答

Q1

感染性分子クローンということばが、林先生が作られたスライドの最後に記載されていました。国立ウイルスの病態を調べる実験に用いているようで、感染症研究所のウェブサイトを調べると複数のページで出てきましたが、よく理解できませんでした。感染性分子クローンとはそもそもどのような物なのか、その点を質問としてお伺いしたいです。

A

感染性分子クローンとはインフェクシャスクローンとも呼ばれますが、感染性を持つ均一な遺伝情報を持つ(クローン化された)ウイルス核酸(分子)を指します。感染性分子クローンを適切な条件下で培養細胞内に導入するとウイルス遺伝子の複製が培養細胞内で開始され、娘ウイルス粒子が産生されます。つまり感染性分子クローンは感染性をもちます。したがって感染性分子クローンより産生された均一な遺伝子をもつウイルスを用いることによりウイルスの詳細な性状解析が可能です。例えば人工的に変異を導入した感染性分子クローンからも発現の異なる均一なウイルスを作製することができるため、変異の導入された感染性分子クローンより作製されたウイルスと変異の導入されていないウイルスの性状を比較解析することが可能となり、変異部分にコードされているウイルス蛋白質あるいはアミノ酸の役割を解析することが可能です。したがって、この技術はウイルスの性状解析、ウイルスの病原性解析、宿主因子との相互作用、ワクチン開発、治療法の開発などに広く応用されています。

感想

つい最近、ペルーでのジカウイルスの感染が原因と思われるギランバレー症候群の流行のニュースを目にしたこともあり、本議題に興味を持っていました。林先生の講義では、前半はジカウイルスのみならず、同科のデング熱などについても包括的に教えていただきました。代々木公園での発生については記憶に新しく、物々しい映像をテレビで見ていたため、興味深いお話を聞くことができ勉強になりました。後半は、ジカウイルスの分子的な側面からお話しいただきました。同種のウイルスは作用がほとんど等しいのかと思っていましたが、臓器に与える影響に差異が見られるなど多様性があることを知り、勉強になりました。

大学3年生の今、講義が臨床メインとなり、つい臨床分野に目が行ってしまいますが、ウイルス塾に参加したことで、研究分野も面白いということに改めて気づくことができました。 最後となりましたが、林先生をはじめ、ご講演いただいた先生方、ウイルスセンターの先生方に感謝申し上げます。ありがとうございました。

執筆者

山形大学医学部医学科3年 鈴木千紗都

 

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