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「Yamagata, Japanからウイルス感染症対策への貢献を目指して」を聴講して

山形県衛生研究所長 水田 克巳 先生山形県衛生研究所長 水田 克巳 先生

概要

衛生研究所およびその研究について

地方衛生研究所は各都道府県や政令指定都市に存在し、全国に85施設ある。地方衛生研究所は、Public Health Laboratory(病気や健康被害に対して人々を守る公の実験室)であり、疫学研究を中心としたウイルス感染症研究は、先生の率いる山形県衛生研究所の仕事の大きな柱の一つであり、感染症対策に大きく貢献している。

ウイルス感染症の疫学研究においては、地域のウイルスの流行を広くとらえることが必要である。それには多数の検体の処理が必要となる。従来の手法では困難だったこの多数の検体の処理は、先生の恩師である沼崎先生が開発された、種々のウイルスに対し感受性を持つ細胞をマイクロプレート上に準備しそれらに一気に検体を接種するマイクロプレート法により格段に進歩し、水田先生が細胞を追加しアレンジを加えたいわばマイクロプレート変法によってさらにウイルスの分離効率が上がった。そしてこれにより、分離株の解析が広く行えるようになり、山形は日本におけるウイルス性急性気道感染症疫学研究の一大拠点となっていった。

分離によって得られるウイルス株は、半永久的に保存することができ、いつでも培養することが可能になり、研究の幅を広げる上での貴重な資源となる。

先生が研究されてきたウイルスの一つに、エンテロウイルス71がある。このウイルスは手足口病の原因ウイルスとして知られ、予後も良いことからあまり注目されていなかった。しかし20世紀終り頃から、アジア地域を中心として手足口病に罹患した小児で重症化する例が多数報告されるようになり、そうした国々では社会問題にすらなっている。日本もアジアの一員として何か貢献できることはないかと、先生はマイクロプレート法で得ていた沢山のストックを材料に研究を始められた。そして解析を進めていくと、エンテロウイルス71が、何年かおきにその遺伝子型を変えながら流行していることが分かった。さらに、同じ遺伝子型であったとしても、時間を経て再出現したときには中身が少し入れ替わっており、変異あるいは進化をしながら再出現しているということが分かった。また、他国のデータも合わせてみてみると、山形の遺伝子型と同様のものが環太平洋地域でも見られ、エンテロウイルス71は人の移動と共に行き来している可能性も考えられ、一方、アジア環太平洋地域とヨーロッパで分離されたウイルスの間では遺伝子型が異なっており、それらが何を意味するのか興味深い。

エンテロウイルス71分離株を遺伝子の面から得られる情報のほかに、ウイルスを病原体としてみたとき、それらに対するヒトの免疫反応の仕方は重要である。よって、ウイルスの抗原性を解析するために、各遺伝子型のウイルス分離株に対する山形県民の血清検体中の中和抗体の測定を行った。その結果、遺伝子型は違っているウイルスでも抗原性が交差していることが分かった。このことは、すなわち、このウイルス感染症に関しては、免疫原性の高いワクチンをつくることができれば、遺伝子型に関わらず効果が期待できる可能性があることを意味する。現在世界各地でワクチンの開発が試みられており、一部の国では実際にワクチンができたとされ、実際に使われているという。

パレコウイルス3型による流行性筋痛症・筋炎について

パレコウイルス3型は、1999年に愛知県内で発熱、胃腸炎、一過性の下肢麻痺を呈した1歳の糞便検体から初めて分離され、2004年に論文発表された新しいウイルスである。その後の調査から、小児科でよくある胃腸炎などの患者から検出されており、さらに新生児の敗血症や脳炎などの重症感染症の患者からも検出されていることが分かった。だが、その一方で、成人に関しての報告は全く無かった。

このような状況下で、2008年夏、山形県の米沢地域で成人の筋痛症が流行した。比較的若い世代の男性に多いのが特徴で、症状としては、四肢の筋肉痛・筋力低下がほぼ全例で見られ、それに加えて発熱、のどの痛み、睾丸痛などが見られた。それまでに知られていた流行性筋痛症は、コクサッキーウイルスBを中心としたエンテロウイルスの感染によるものがほとんどだったが、これによる筋肉痛は胸部や腹部に見られ、山形で発生した流行性筋痛症はこれと異なっていた。そこで、代表的検体を網羅解析したところ、パレコウイルス3型が高い頻度で検出された。同ウイルスの研究で先行していた新潟県保健環境科学研究所の協力を得て、ウイルス分離、PCR、抗体検査を行った結果、22例中14例でパレコウイルス3型に感染していたのだった。7例からウイルスが検出され、かつ、それらの患者のペア血清中の同ウイルスに対する抗体の陽性化あるいは抗体価の上昇が認められた。これは筋痛症なったタイミングでパレコウイルス3型に感染していたことを強く示唆する結果であった。さらには、MRIの画像が、病態として筋肉の炎症があることを示していた。同年に小児のパレコウイルス3型感染が多かったという疫学的知見に加え、性感染症でも無い限り成人のみで流行する感染症というのが考えられにくいということを考えれば、小児にパレコウイルス3型が流行している時に成人でこのウイルスを原因とした流行性筋痛症が見つかるだろうという予想が立てられた。そして、次の流行が起きた2011年夏の調査で予想通り成人の流行性筋痛症患者を発見することができた。中には患者の子供が風邪様症状を呈していた例もあり、父と子双方からパレコウイルス3型が検出されていた。

以上の成績から、その後「2、3年ごとに小児の間でパレコウイルス3型の流行が起こり、子供が家庭にウイルスを持ち込むことで親が感染し、大部分では無症状か軽い風邪様症状で終わるものの一部において筋痛症のような症状を示す場合がある」、という仮説をもとに研究を進めていった。当時、こうした病気は山形県以外では報告が無く、山形の風土病と見る向きもあった。

そして2014年、再び小児の間でパレコウイルス3型の流行が起こった。そこで、成人で筋痛症が見られるかという再現性の確認と、子供でも筋痛症があるのかという視点で調査を行った。その結果、予想通り成人で筋痛症が見られ再現性が確認され、さらには9歳と12歳の小児でも筋痛症が確認され、また2歳の患者でも筋痛症が疑われる症例が見られた。以上、パレコウイルス3型は小児でも成人でも流行性筋痛症を起こすらしいことが示された。これと同じ年に、大阪でも2名の子供と1名の成人の筋痛症あったことが2015年に報告されている。この2015年は、パレコウイルス3型による流行性筋痛症が山形の一風土病からいわば日本の病気となった記念すべき年である。その後山形・大阪を含めた1府8県から報告がある。だがその一方で、日本以外の国々からの報告はまだない。

パレコウイルス3型による流行性筋痛症については、現在に至るまで(1)日本だけでなく外国でもあるのか、(2)1-2歳での発症について確たる証拠はあるのか、そして、(3)なぜ体幹ではなく四肢に症状が出るのか等々、多くの未解決の点があり、興味は尽きない。

感想

今回、初めてみちのくウイルス塾に参加させていただきました。ウイルス学についてまだまだ知識の浅い身ですが、先生方が分かりやすく話してくださったおかげで、楽しく興味深く講義を拝聴することができました。水田先生のご講義の前半では、特にPublic Health Laboratoryとしての山形県衛生研究所、ということが印象深かったです。治療に直接的に用いられるワクチン等の開発、その他様々な研究のためには、疫学をはじめとした基礎研究が大きな役割を担っているということを、エンテロウイルス71の実例を通して改めて教えていただきました。後半のパレコウイルスについては、今までの研究の成果に加え、まだ残された疑問点があるということで、とても興味深い内容でした。今回、みちのくウイルス塾へ参加して、貴重なお話を聞くことができたおかげで、ウイルス研究への理解・興味が高まりました。大変貴重な機会を作ってくださった西村先生、ご講演なさった先生方、そしてウイルス塾に誘ってくださった本郷先生、本当にありがとうございました。

執筆者

山形大学医学部医学科3年 鈴木 桃

 

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