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「新規の誘電率顕微鏡による溶液中のウイルスや生物試料の直接観察」を聴講して

国立研究開発法人産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門 上級主任研究員 小椋 俊彦 先生国立研究開発法人産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門 上級主任研究員 小椋 俊彦 先生

概要

これまで生物試料やウイルスを観察するにあたって、いくつもの観察方法が開発されてきました。光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、大気圧電子顕微鏡やX線自由電子レーザーなどがあり、これらの方法はそれぞれに長所と短所があり、うまく使い分けることで観察を可能にしています。しかしこれらの観察方法でも、ウイルスの感染過程を直接見ることや、溶液中の試料を細かく見ることなどは未だに困難であり、小椋先生は、そういったことを可能にする走査誘電率顕微鏡の開発を試みていらっしゃいます。今回の講義では、その開発過程を聞くことができました。

従来の電子顕微鏡を用いたウイルスの観察

電子顕微鏡は、光学顕微鏡と比較してより小さな構造物の観察に適している。種類によって異なるものの、解像能が10nm〜0.1nmと高く、値段も光学顕微鏡ほどではないものの比較的安価で、かつ操作が簡単という利点がある。その一方で、真空による変性や電子線による損傷が起きることや、コントラストが極めて低いこと、チャージによる画像の変化を伴いがちであることなど、ウイルスの感染過程を直接見るうえで多くの課題がある。また誘電性の低い生物試料は脱水・固定処理や負染色、金属コーティングなどをしなくてはならず、それによって検体に強いダメージを与えてしまい本来の状態が見られないといったことが起こることもある。こういったことを改善するためにも新規観察方法の開発が求められている。

新規観察方法の開発

走査電子顕微鏡による観察は、生物試料がダメージを受けやすく、またコントラストが低いという問題があったが、最近では生物試料を固定・染色をすることによって電子線ダメージを軽減させたりコントラストの高い画像が得られるようになってきている。だが、溶液中のウイルスや生物試料の直接観察はできておらず、小椋先生は、その実現のため以下の4つを目標に、新規観察方法の開発に取り組んだ。

  1. 水溶液中での観察
  2. 電子線によるダメージが無い
  3. 染色無しに高コントラスト画像を得る
  4. 非染色・非固定による観察

間接2次電子コントラスト観察法と大気圧ホルダー

従来の電子顕微鏡における低コントラストの原因は、試料支持台と生物試料の2次電子放出の差が小さいことにある。そこで、カーボン薄膜の下に生物試料を付着させ、カーボン薄膜の上から低加速電子線を照射する間接2次電子コントラスト観察という方法を開発した。これはカーボン膜厚が 40 nmのものを使用し、この上に1.5 kVの低加速電圧を照射することで電子線がカーボン薄膜へ吸収され、そこから生じる二次電子を間接的に生物試料に照射させるという方法だ。これにより高コントラスト、低ダメージ観察法の開発に成功した。

その一方で乾燥・真空による検体の損傷をなくすために、窒化シリコン薄膜間にサンプルを挟みこんだものをホルダーにセットし、溶液中のサンプルと真空とを薄膜で分離することによって、脱水・乾燥工程を必要としない「大気圧カプセル」という方法論を開発した。

誘電率顕微鏡

電子線ダメージがなく、液中で非染色・非固定状態の生物試料を高コントラストで観察できる顕微鏡を目指して開発されたのが、間接二次電子コントラスト観察法と大気圧ホルダーを応用した「誘電率顕微鏡」である。液中の試料を窒化シリコン薄膜で上下から挟み封入し、上部の窒化シリコン薄膜の上にタングステン薄膜をのせているため、上部から入射された電子線の多くはこの層で散乱・吸収され負の電位を生じる。この微小領域の電位変化を検出すると水と検体の比誘電率の差によりコントラストが形成され、バイアス電圧を加えることによって検出信号が増強されることで、極めてクリアな画像を得ることに成功した。

まとめ

ウイルスや生物試料の直接観察をするために、10nmの分解能、溶液中での観察、生きた状態、観察損傷がない、無染色での観察という5つを目標に、走査電子顕微鏡に改良を加えることで高分解能誘電率顕微鏡の開発に成功した。間接二次電子コントラスト方法の開発で、8nmの分解能、電子線によるダメージがない、染色無しに高コントラスト画像を得ることを、また真空による蒸発を防ぐ大気圧ホルダー、電子線による電位変化の検出によって、液中サンプルの観察が可能となった。まだウイルスの細胞感染の観察には道半ばで、分解能と大気圧ホルダーの安定性の向上が不可欠だが、課題としていた条件はほぼすべてが可能となった。

小椋先生への質問

Q1

東北大学大学院薬学研究科 中村大地さん誘電率を用いて観察できるとのことで,水以外にも極性溶媒を用いて観察できるように思えますが,水以外の極性溶媒を用いて観察することは可能でしょうか?(東北大学大学院薬学研究科 中村大地さん)

A

材料科学系からの引き合いが多く,マテリアルの有機溶媒中での観察について問い合わせがある.極性溶媒で観察することもできる。

Q2

分解能が8nmということで,生きた細胞内での医薬品分子の取り込まれる様子などが将来的に観察できる様になるのではないかと思われますが,時間分解能を上げることは可能でしょうか?(東北大学大学院薬学研究科 中村大地さん)

A

現状では、アンプの都合で時間分解能を40秒/枚以上に向上することは難しい。

Q3

東北大学大学院農学研究科 宮下脩平さんSiNに挟まれた、試料を入れる部分の厚みはどれくらいか?(東北大学大学院農学研究科 宮下脩平さん)

A

3マイクロメートル。薄い方が検出しやすくなるが、細胞のサイズを考えるとこれ以上薄くできない。

感想

東北大学 大学院薬学研究科 分子薬科学専攻 博士後期課程1年 中村 大地小椋先生の講義では、様々な顕微鏡を知ることが出来たとともに、新たな顕微鏡の開発についてお聞きすることが出来ました。普段私たちには、このような顕微鏡を使用する機会はありませんが、私たちが顕微鏡だけでなく新たな機能をもった様々な機器を使用できるのは、このような研究をされている先生方がいらっしゃるからこそだということを、知ることができました。目に見えないものを見る事ができる顕微鏡の世界はとても面白いものだと思います。今回一番印象的だったのは、固定が必要な生物試料を生きたまま観察できるようになるという、今までの常識を大きく覆す方法ができつつあるということです。生物学者はもちろんのこと、その他のたくさんの方たちにも影響を与える大変画期的な開発だと思います。高分解能誘電率顕微鏡の今後の活躍が楽しみです。

今回、初めてみちのくウイルス塾に参加させていただきましたが、普段扱わないウイルスや顕微鏡など様々な分野の話を聞く事が出来、大変有意義な時間となりました。どの先生方も楽しそうに講演されている姿が印象的で、私たちも「楽しい」という気持ちを忘れずに研究を進めていきたいと、改めて感じることができました。

最後になりましたが、西村先生はじめウイルスセンターの皆様ありがとうございました。

東京都医学総合研究所 巣鷹佑衣

 

第15回みちのくウイルス塾の様子

 

 

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