
ウイルスセンタートップ >> みちのくウイルス塾 >> 第15回みちのくウイルス塾 >> 聴講録 >> 野田先生
京都大学ウイルス研究所ウイルス微細構造研究領域 教授 野田 岳志 先生
電子顕微鏡は、生体分子、菌類、ウイルス等の構造を直接「視る」ことができることから生命科学研究分野においても、これを用いた観察手法が多用されている。とりわけウイルス学研究においては、電子顕微鏡を用いたウイルスならびにウイルス感染細胞の微細な観察は、ウイルス増殖の機構を視覚的に捉えることができるため、ウイルスの生態環や増殖にかかわる因子の解析などを行う上で有効な研究手法のひとつとなっている。
視ると見ると観るという3つの単語は、それぞれ意味合いが異なる。
「ウイルスを視る」の究極の目標は,
視覚的に明らかにすることで、究極的にはウイルス増殖の機構を理解することである。
ウイルスを視るために顕微鏡を用いる。その際用いられる顕微鏡には蛍光顕微鏡、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、原子間力顕微鏡(AFM)等がある。以下にそれぞれについての長所と短所をまとめる。
| 顕微鏡 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|
| 蛍光顕微鏡 | 見たいものだけが観察できる その場で観察できる 対象物の動きも観察できる |
対象そのものの形が見えるわけではない 分解能が低い 見たいもの以外は観察できない |
| 原子間力顕 (AFM) |
分解能が高い 対象物の動きも観察できる |
その場で観察できない 小さいものしか観察できない 何を観察しているのか断言できない 観察する前に精製操作を要する |
| 透過型電顕 (クライオ電顕) |
分解能が高い 画像解析により更に高い分解能 その場で観察することも可能 |
固定,脱水,染色を要する (イカではなくスルメを見ている) 動き,変化を観察できない 何を観察しているのか断言できない |
これら顕微鏡の「視る」特徴について理解し、それらを組み合わせることでウイルス研究の強力なツールになる。
つぎに、インフルエンザウイルス粒子へのRNAの取り込みを視る試みについて述べる。
インフルエンザウイルスは,8本の一本鎖RNAを有しており、核タンパクとの複合体(RNP)としてウイルスエンベロープ内に格納されている。これら8本のRNPの長さは、それぞれ異なっている。そして、ウイルス粒子が感染性を持つためには、8種類全てのRNPが取り込まれている必要がある。しかしながら、宿主細胞内で大量に複製されたRNPの中からウイルス粒子が8種のRNPをもれなく取り込むことは、もし偶然であれば、そう簡単なことではないと考えられる。そのためRNPがどのように取り込まれるのか、どのウイルス粒子にも同じように取り込まれるのかということが、半世紀以上ウイルス学における謎であった。
RNPのウイルス粒子への取り込みに関しては,2つの仮説が提唱されており、それぞれランダムパッケージ仮説、選択的パッケージ仮説と呼ばれている。ランダムパッケージ仮説は、ウイルス粒子が組み立てられる際にRNPがランダムに取り込まれ、たまたま8種のRNPを取り込んだウイルスのみが感染性を持つ、という仮説である。一方、選択的パッケージ仮説は、8種類8本のRNPが選択的にウイルス粒子に取り込まれ、そのように取り込まれたウイルス粒子はすべて感染性を有する、という仮説である。これらの仮説については、決定的な証拠がなく、長年議論の的であった。
野田先生らは、インフルエンザウイルスのRNPを電子顕微鏡で視ることでRNP取り込みの謎を解明することを試みた。まず、出芽ウイルス粒子の連続切片を電子顕微鏡で観察することで、ウイルス粒子内で長さの異なる8本のRNPが規則的に並んだ構造を有していることが明らかとなった。また、RNPの3次元構造を明らかにすべく、電子線トモグラフィを用いた構造解析も行った。
電子線トモグラフィは、様々な角度から試料を撮影した画像とコンピューターによるそれらのデータ処理の組み合わせによって、3次元の連続断層像が得られるというもので、CTスキャンの電子顕微鏡版といえる。具体的には +75°~+75°で1°ごとに傾けて試料を撮影し、コンピューターで撮像を再構築することにより3次元情報を得ている。電子線トモグラフィによる解析の結果、ほぼすべてのウイルス粒子において長さの異なる8本のRNPが取り込まれていることがわかった。この8本のRNPは8種類の異なるRNPである可能性が高いことから、インフルエンザウイルス粒子は、何らかの選択的なメカニズムで異なる8本のRNPを取り込んでいる可能性が強く示唆された。
AFMを用いると動きを視る事ができるということで,創薬研究でも強力なツールになるように思いました.例えば,低分子医薬のウイルス内での挙動をAFMで視るということは可能でしょうか?(東北大学大学院薬学研究科 中村大地さん)
小分子のウイルス内での挙動をAFMで視ることは難しい。
ゲノムパッケージングの時、どうしてきちんと8本のゲノム分節が選択されるのでしょうか?(福島県衛生研究所 柏木佳子さん)
分節特異的なパッケージングシグナルがあって、それによって8本のゲノム分節が選択されます。
先生のお話とスライドを拝見していて、細胞の中のどこかで8本のゲノム分節が固まって、その後、粒子に取り込まれるというイメージなのではないかと思いましたが、これは先生の視る手法で視ることはできないのでしょうか?(福島県衛生研究所 柏木佳子さん)
視ることは難しいと思います。というのは、細胞の中には様々な細胞小器官や物質があるため、ゲノム分節がどれかがわからないためです。
さまざまな顕微鏡技術を組み合わせてウイルスを「視る」ことで、生物学的仮説を裏付けることができた先生のお仕事から、そうした手法がウイルス学研究の有効なツールになることを実感できました。そのうえで、私の学習分野である創薬研究においても、医薬品候補化合物のターゲットとなる酵素やタンパク質等を電子顕微鏡で「視る」ことで,薬理作用を解明するという使い方ができるのではないかと感じました。今後ますます電子顕微鏡がウイルス学研究や薬理学研究に用いられ、様々な生理現象を解明されていくことを期待しています。今回は大変興味深いご講演、ありがとうございました。
東北大学 大学院薬学研究科 分子薬科学専攻 博士後期課程1年 中村 大地
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