ウイルスセンタートップ >> みちのくウイルス塾 >> 第15回みちのくウイルス塾 >> 聴講録 >> 本田先生
日本大学薬学部上席研究員 本田 文江 先生
科学技術が進歩した21世紀においても、ナノメーターレベルの微小な世界にいるウイルスの研究は、非常に難しいものがある。これまで、インフルエンザウイルスは黄河宇顕微鏡では、観察できなかった。本田先生は、光ピンセットという新技術を用い、光学顕微鏡下でウイルスを“人為的に動かす”、全く新しいアプローチの仕方でウイルスの謎に迫っていった。
インフルエンザウイルスは、現在でも社会に大きな被害をもたらしているウイルスのひとつである。短期間で多くの人たちに感染し、中には厳しい症状を呈する人もおり、全世界では毎年25−50万人の死者が出ているとされる。研究が盛んに行われているウイルスの一種であるが、その複製機構等まだわかっていない部分も多く残されている。
インフルエンザウイルスは、マイナス鎖の一本鎖RNAをゲノムとして持っており、マイナス鎖からプラス鎖を合成する。そのプラス鎖を元にウイルス蛋白質を合成する。またウイルス自身の子孫ゲノムを合成している。このときゲノムの転写・複製の機能に大きく関わるのはウイルス自身の遺伝子から翻訳されるRNA依存ポリメラーゼ(3種類のタンパク質からなる複合体)である。 また、そこには宿主側の因子が必要なことも知られている。本田先生は、この宿主因子を最初の手掛かりに、インフルエンザウイルスの増殖機構を調べ始めた。
ウイルスの転写・複製に必要な宿主因子を特定するため、本田先生は酵母のtwo hybridスクリーニング系を用いた。スクリーニングを行ってみると、9種類の宿主因子候補が得られ、そのうち3種類(Ebp1, PKM2, pCLN)は、核にも局在するものであることが分かった。
インフルエンザウイルスは宿主細胞に吸着し、細胞内のエンドソームの中で脱殻する。その後、vRNP(ウイルスのリボ核酸とタンパク質の複合体)を放出し、宿主核内に入ったvRNPの複製が開始される。先生は、インフルエンザウイルスの細胞への付着や宿主細胞内でどのような挙動をとりvRNAの放出まで行っているのかを明らかにしようと、(1)光ピンセットによるウイルス粒子の人為的操作、ならびに(2)光学顕微鏡の100 倍のレンズでウイルス粒子/vRNPの観察を行った。
蛍光標識し、光ピンセットで人為的に細胞に搬送・付着させたウイルスに感染性があるかどうかを解析した。人為的付着5時間後にウイルスタンパク質特異的抗体を用いて細胞の染色を行うと、ウイルスが付着した細胞だけが蛍光染色された。すなわち人為的感染は成立することが明らかになった。
ウイルス粒子/vRNPを蛍光標識することで、細胞表面でウイルス粒子が実際にどのように動いているか観察した。観察していくと、ウイルス粒子は分裂期の細胞ではブラウン運動が大きく細胞に付着しなかったが、静止期の細胞ではブラウン運動は小さく細胞膜にすぐに付着することがわかった。 そこで、インフルエンザウイルスの細胞への付着が、細胞周期依存的かどうかを調べるために、蛍光標識したインフルエンザウイルスを、細胞周期依存的にGFP遺伝子を発現する(分裂期の時に緑色発光)プラスミドpFucciを導入した培養細胞に接種した(S‐M期では細胞が緑色になる)。この実験では、赤色で蛍光染色されたウイルス粒子が、緑色発光した細胞(分裂期の細胞)には結合せず、G1期(静止期)の細胞のみに結合していた。このことから、インフルエンザウイルスの結合がG1期特異的なものであると先生は考えた。
ウイルス粒子はG1期の細胞に特異的に結合することが分かった。では、G1期とその他の周期の細胞の間には、どのような違いがあるのだろう。先生は、以下の4つの可能性に焦点を当て、違いを調べていった。
FACSを用いてG1期とその他周期の細胞の分取を行ってみると、シアル酸(糖タンパク質)量は、その他周期に比べG1期の細胞に多く存在していることがわかった。
Gb3、Gb4、GlcCercの量について、その他周期の細胞に比べて、G1期の細胞で少ないことが分かった。
エンドソーム形成タンパク質量は他の周期の細胞と比べ、G1期の細胞が多いことが分かり、この観点からもG1期が他の周期と特異的であることが分かった。
最後に、本田先生はG1期と他の周期の細胞の細胞膜強度の違いを調べていった。
方法は、コラーゲンコートされたビーズを、光ピンセットを用いて各細胞膜上に搬送し、そこで動かすのにどれだけの力が必要であるかを計測し、それを元に膜強度の違いを調べるというものである。行ってみると、G1期の方がその他周期の膜状よりも、ビーズが容易に動いた。このことから、G1期の細胞膜強度はその他周期に比べ弱い、ということが分かった。
先生は上記の結果から、「G1期は他の周期の細胞に比べ、ウイルスのレセプターとなるシアル酸やウイルスの取り込み、脱殻の場であるエンドゾームを形成する蛋白質の発現量が多く、しかも細胞膜の組成が薄く、膜強度が弱いため、ウイルスにとって感染がしやすいのではないか」との結論に至った。
先生は上記の実験に加えて、更にいくつかの実験を行った。その一つがコラーゲンコートしたビーズを用いてのウイルス感染細胞と非感染細胞の膜強度測定である。実験の結果から、ウイルスが感染してから4時間後あたりから膜強度が弱くなり始めることが明らかになった。
光ピンセットによってウイルスを捕捉・移動させることができたことから、今度は感染した核内のvRNPを光ピンセットで動かせば、感染を抑えることができるのではと先生は考えた。そこで、蛍光標識したvRNPをもつウイルスを細胞に感染させ、核内に入ったvRNPを光ピンセットで捕捉し移動させる実験を試みた。だが、実際にやってみるとvRNPを捕捉することはできたものの動かすことはできなかった。結論としては、vRNPは光ピンセットでは動かすことができない程に核内の構造物に結合しているのではないかとの想定がなされた。
光ピンセットはどのようにしてウイルスを捕捉しているのか?(東北大学大学院農学研究科 両角一輝さん)
集光させてウイルスを捕捉している。ウイルスも電荷があるため、集光し磁場の力を用いて捕捉している。
後日、本田先生から光ピンセットの原理について、もう少し詳しく解説していただきました。
光ピンセットによる微小物体捕捉の原理
対物レンズにより集光したレーザー光を焦点の位置近傍に捕捉し動かすことができる。
捕捉に関わる力はレンズの屈折率の違いにより生じる。捕捉される力は屈折率の違いにより生じる。レーザーが集光した焦点付近では大きな電場勾配が生じる。この時、捕捉対象の微粒子は電場のもっとも強い部分に引き寄せられる。これに加えレーザー光の伝搬方向へも力が働く。
捕捉粒子の直径が波長より十分大きい場合、レーザーからの個々の光線は誘電体球に入る時と出る時に屈折する。光は運動量を持っているため、進む方向が変わると運動量も変化する。作用・反作用の法則により、絶対値が等しく逆向きの運動量変化が微粒子に生じる。
捕捉粒子が光の波長より小さい時、微粒子は電場における点双極子とみなし、微粒子にはローレンツ力が加わる。 ローレンツ力:電磁場中で運動する荷電粒子が受ける力。
光ピンセットで分子をウイルスに運ぶことは可能でしょうか?(東北大学大学院薬学研究科 中村さん)
2つ使えば分子をウイルスまで運ぶことができる
レーザーでウイルス周囲の熱ゲルをゲル化した際、ウイルスの感染効率に大きな影響を与えるか?(青森県保健環境センター微生物部 菩提寺誉子さん)
「ウイルス周囲のゲル化」と言いますのは、ウイルス周囲に付着している物質(34度では液状)がゲル化している状態で、レーザーによりゲル化した物質はレーザーを切ると同時に液体になります。この液体内でのウイルス感染効率はあまり変わりません。
またレーザーで搬送したウイルス粒子が細胞に侵入し、ウイルス感染後ウイルスタンパク質の検出はタンパク質の種類にもよりますが約5時間で免疫染色により検出可能になります。
インフルエンザウイルスはG1期以外の細胞にくっつけないのか、くっつかないのか?(東北大学大学院農学研究科 宮下脩平さん)
「くっつけないものと考えている。くっついたとしても、エンドソーム形成タンパク質が少ないから入っていけないと考えられる」
(本来の質問の意図としては、「G1期の細胞が複製に有利である等の理由でG1期の目印となるシアル酸を利用するようにウイルスが進化してきたのではないか、というdiscussionをしたかったということだったそうです。意見交換会で本田先生とお話ししたところ、そのようなことは十分ありうるのではないか、というお話であったということです。)
細胞分裂のG1期でシアル酸の発現量が多くなるのは何故ですか?(東北大学大学院農学研究科 宮下脩平さん)
私達も現在調べているところです。恐らく、細胞分裂が終了したばかりの細胞はその機能を果たすすために、周囲から何らかのシグナルを受け取ります。そのシグナルのやり取りに、シアル酸が利用されているのではないかと考えています。
vRNPは、ウイルスから脱核後8本が集団で移動していっているのか?(西村さん)
vRNPは一つの塊として移動していると考えています。
8本あるウイルスゲノムのvRNA複製の際、どの様な宿主因子がpriming作用として、どうの様な機能性因子によって複製の開始に重要な役割を示すのでしょうか? (元北里大学医学部教授 大槻健蔵先生)
ゲノム複製に必要な宿主因子はまだ明らかになっていません。ウイルス RNA-polymeraseの機能変換に関与する因子だと考えています。現在捉えられている因子は、vRNA-polymerase subunitと相互作用してリン酸化 する因子が最も重要であると考えております。
先生達が見出した「宿主因子Ebp1とPB1 subunitとの相互作用」によってvRNA-polymeraseがどうのように機能を獲得されるのかを具体的に説明をお願い致します。
Ebp1は、vRNA-polymeraseの機能を阻害します。この阻害機構によってRNA重合の阻害になります。
インフルエンザウイルスの細胞receptorへの結合は、Cell cycleのG1とG2/Mitosis期との間に優位な差がありますが、この差は一体何を意味するのでありましょうか?
インフルエンザウイルスがG1特異的に結合することからG1期)と分裂期(S/G2/M)期の細胞のシアル酸量、脂質組成、エンドサイトースに関与するタンパク質量を調べた結果、シアル酸量が静止期の細胞が分裂期に比べ10倍以上高かったことから、シアル酸量の違いによると考えています。なぜ、静止期の細胞が高くなるかは今後の解析を待たなければなりません。
光ピンセットのような最新技術のお話は、初めて聞く話でとても興味深く聴講させていただきました。本田先生のように、新しい技術や考え方を貪欲に取り組んでいく姿こそ、研究者のあるべき姿ではないかということを強く感じました。今後もこのウイルス塾のような貴重な機会を活用し、様々な研究分野、最新の技術、研究者としての姿勢などを学び取れればと思います。最後になりますが、ご講演してくださった先生方と本会を企画・運営してくださった先生方、ウイルスセンターの皆様に深く感謝申し上げます。素晴らしい二日間をありがとうございました。
東北大学大学院農学研究科 動物微生物学研究室 修士1年 両角一輝
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