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「ボルナウイルス:進化を共にした内なるウイルス」を聴講して

京都大学ウイルス研究所ヒトがんウイルス研究分野 教授 朝長 啓造 先生京都大学ウイルス研究所ヒトがんウイルス研究分野 教授 朝長 啓造 先生

聴講録 1

概要

今回、朝長先生には内在性レトロウイルスに続き、ボルナウイルスを題材にウイルスの内在化や内在ウイルス配列による感染記憶などについて説明していただきました。

ウイルスの内在化

レトロウイルスは宿主のゲノムに対してウイルスゲノムをインテグレーションすることで複製する。このインテグレーションの過程がウイルスゲノムの内在化には必須である。ウイルスが内在化し、それが宿主の系統に固定化するためには、散発的な感染ではなく、ある程度の大流行が必要である。また、ウイルスの内在化が宿主の生存に有利である時にも固定化されやすい。我々のゲノムのうちの8%が内在性レトロウイルスやLTRレトロトランスポゾンであるとわかっている。

内在性ウイルスの研究
ボルナウイルスとボルナ病

ボルナウイルスは一本鎖マイナス鎖RNAウイルスでモノネガウイルス目ボルナウイルス科に属している。ボルナ病は17世紀後半からドイツの南東部の馬で見られる風土病で神経・運動器障害を示す疾患である。1885年にドイツ南東部のボルナという町で馬に大流行した。ヒトへの病原性は現在でもまだ明らかになっていない。

内在性ボルナウイルス
ウイルスによる感染記憶

山形大学医学部医学科3年 岡本大輝山形大学医学部医学科3年 岡本 大輝

聴講録 2

私たちのゲノムDNAには、ウイルス由来の遺伝情報が組み込まれている。それらは内在性ウイルスと呼ばれ、過去に感染したウイルスの化石として数多く存在する。生物は進化の過程でウイルスの大流行を何度も経験し、その中でいくつかのウイルスは宿主ゲノムに内在化を起こした。ウイルスの内在化は進化の大きな推進力となってきたと考えられ、内在性ウイルスの研究は生物の進化を紐解く重要な要素となる。

概要

ウイルスの内在化

ヒトゲノムには、約8%ものレトロウイルス感染の痕跡(内在性レトロウイルスやLTRレトロトランスポゾン)が存在する。ウイルス由来のゲノム配列情報はどのように私たちのゲノムに内在化されたのだろうか。

レトロウイルスは、宿主ゲノムに自身のゲノムを挿入することができる。しかし、この挿入だけでは内在化には至らない。内在化には、生殖細胞ゲノムへの挿入によって次世代へ遺伝する必要があり、かつウイルスの大流行によって多くの個体へ同時に感染することや、内在化が宿主側の生存に有利に働くなどの条件が揃うことで固定化されていくと考えられる。

内在性ウイルス研究

1964年テミンが提唱した「RNA腫瘍(レトロ)ウイルスは、DNAに変換されて、宿主染色体に取り込まれる過程を介して増殖する」というDNAプロウイルス仮説があるが、これにより、生物ゲノムにレトロウイルスに由来する遺伝子断片が存在することが示唆され、内在性ウイルス研究が始まった。その後、感染したことのないニワトリに、ウイルスのタンパク質があることや不完全なウイルス遺伝子を補完する遺伝子があるといった報告がなされ、生物の遺伝子の中に、レトロウイルスに由来する遺伝子が存在することが示されていった。2010年にレトロウイルス以外のRNAウイルスとして初めてボルナウイルスの内在化が発見されると、その他のRNAウイルスやDNAウイルスの内在化配列も次々と報告がなされ、今では30種以上もの内在性ウイルスが同定されている。

内在性ボルナウイルスの生物進化とウイルス学への意義

ボルナウイルスはモノネガウイルス目に属す一本鎖マイナス鎖RNAウイルスで、17世紀後半のドイツで馬熱脳症(ボルナ病)として確認されていた。ヒトへの病原性は低いとして公衆衛生上は全く問題ないウイルスとされていたが、最近になって、中南米産リス由来ボルナウイルスによるヒトの致死性脳炎が報告されている。

ボルナウイルスは核内で持続感染するユニークな性状をもち、細胞分裂期にウイルスRNP(vRNP)は染色体に繋ぎとめられ一体となって核内で安定化する。2010年、このvRNPを形成するNタンパク質と相同性の高いタンパク質が、ヒトゲノムにコードされていることが発見された。さらにこれらは、Nタンパク質の転写開始・終始コドンやシグナル配列が保存されており、ボルナウイルスmRNAがレトロトランスポゾンで挿入されて生じた内在性ボルナウイルス様配列(EBLs: Endogenous bornavirus-like elements)と名付けられた。EBLsはヒトゲノムに7箇所存在し、様々な動物にも存在することが明らかとなった。EBLsの形成時期は動物によって異なり、ヒトやサルでは約4000-4500万年前の共通祖先にて形成されるのに対し、ジュウサンセンジリスでは30万年前以降に形成されたと考えられている。注目すべきは、EBLsをゲノムにもつ動物種は、ボルナウイルス感染に対して比較的抵抗性を示すことである。

1. itEBLNジュウサンセンジリス(Ictidomys tridecemlineatus)ゲノム由来EBLsの研究

ジュウサンセンジリスのゲノム上には、ボルナウイルスNタンパク質と相同性の高いEBL(itEBLN)が存在し、さらに各組織で一定の発現があることが見いだされた。培養細胞に発現させた組換えitEBLNは、核内に局所的に存在し、さらにボルナウイルス感染を阻害することがわかった。itEBLNはボルナウイルスのvRNPに取り込まれ、ドミナントネガティブ変異体として複製を阻害していることが示された。

2. mmEBLNマウス(Mus musculus)ゲノム由来EBLsの研究

mmEBLNは偽遺伝子化しているが、マウス精巣において低分子干渉RNA(piRNA: Piwi-interacting RNA)を発現している。piRNAはPiwiとRNPを形成して生殖細胞におけるレトロトランスポゾンの転移をエピジェネティックにあるいは転写後サイレンシングにより抑制している。多くのpiRNAはpiRNA clustersと呼ばれる領域にコードされており、mmEBLNも同様である。この領域にEBLが偶然蓄積する確率は齧歯類と霊長類において有意に低く、piRNA clustersにEBLが組み込まれた祖先種が選択的に残り、EBL由来piRNAが、ボルナウイルス感染あるいは新規内在化を阻害している可能性が考えられた(piRNA仮説)。

他にもウイルス感染に関与する内在性ウイルス因子が同定されており、私たちのゲノムの中には、過去に感染したウイルスに対する抵抗性が眠っている。進化の過程において、ウイルス感染を自分たちのゲノムの一部として記憶し、種の生存や進化に利用してきたのかもしれない。

感想

いままで獣医学領域のウイルスしか学んでこなかったので、ヒトで問題となるウイルスや発がんウイルス、ウイルスと進化への関わりといった視点の大きく異なる研究のお話を聞くことが出来て大変勉強になりました。

特に今回聴講録を担当した朝長先生のご講演では、ウイルス研究では感染による病原性に注目したものが大多数な中で、ボルナウイルスと生物の共生関係に着目し、種の生存や進化といった生物学の基盤に切り込んでいく研究内容に、とても興味を惹かれました。ウイルスの内在化された宿主が抗ウイルス活性をもち、選択的に生存していくといった考えはボルナウイルス以外の様々なウイルスでもきっと当てはまり、宿主への病原性も低く共生できる自然宿主となっていく過程で、必要な宿主側の要素になっていくのではないかとも思えます。また、公衆衛生上問題ないとして顧みられないウイルスであったボルナウイルスを粘り強く研究し、独自のサイエンスを展開していく先生の姿勢は印象的で、これからウイルスの研究を始めるにあたって忘れずにいたいと思います。

最後になりましたが、ご講演くださった先生方、ウイルス塾を企画してくださった先生方、一緒に参加した皆様のおかげで刺激的で楽しい2日間を過ごすことができました。本当にありがとうございます。

岩手大学農学部獣医学課程6年 獣医微生物学研究室 宮本翔 岩手大学農学部獣医学課程6年 獣医微生物学研究室 宮本 翔

 

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