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第11回みちのくウイルス塾 聴講録

目次

講義参照スライド

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「地域末端でインフルエンザはどの様に流行するか」を聴講して

群馬大学大学院医学系研究科・生体防御機構学講座 講師 清水宣明先生群馬大学大学院医学系研究科・生体防御機構学講座 講師 清水宣明先生

概要

インフルエンザは身近で重要な呼吸器感染症であり、感染拡大の予防・制御は困難であるが社会的に必要とされている。本講義では、三重県のある町の小学校における季節性インフルエンザの感染動態の分析と対策実施の現状についてご講演頂いた。地域は隣り合っていても、性質が大きく異なる場合が多い。現場での調査を通じて、地域自身がインフルエンザの流行の姿を知り、地域の性質を活かして必要で可能な対策を行うことが重要であるとのことであった。

地域社会でのパンデミック・プランニング (インフルエンザ流行対策)

従来、地域社会の流行対策では、実情を見ずにいきなり内容が決められることが多い。しかもその内容は、上位行政が大きな行政単位に向けた総論的なものが多く、具体性や柔軟性に乏しい傾向にある。流行動態は教科書的にはならず、地域により、年により異なるため、地域自身が実情に合った対策を実施できることが求められるが、そのためには、地域自身による試行錯誤が必要とされる。

対象をなぜ小学校にしたのか?

今回インフルエンザ流行の調査で小学校を選択した理由は、

  1. 社会における人間の関係や行動の縮図を表す
  2. 地域の危機管理のひとつの拠点である
  3. 統計解析や介入研究がしやすい

ためである。しかしながら、行政や医療が地域に介入することを住民は嫌うことが多く、地域の協力を得ることは非常に難しい。この問題を克服するためは、協力を得るために地域主体性を重視し「子供達の為に、子供は地域の宝」という大義名分の下に地域の主体性による活動を育成し、研究者はその活動に協力するメンバーのひとりであるとの立場を堅持することが必要と考えた。

2つの小学校でのインフルエンザ流行動態について

平成21年度のA(H1N1)pdm09と平成23年度の季節性インフルエンザの流行について、近隣する2つの小学校の児童の感染動態を調査した。流行期間は、前期・中期・後期と区別できることが示唆された。前期は散発的で少数の発症が出始める時期である。中期は、ほぼ一定の割合で発症が続くとともに、同時多発感染や集団感染が起こって短時間に発症者数が爆発的に増加することもある時期である。この時期に学級閉鎖などの対策を講じると、感染の場が消えて流行が一時的に止まるが、学校が再開すると流行は再開する、後期は、発症が減り、流行が収束していく時期である。

児童の発症のタイミングから二次感染の発生の可能性を解析したところ、1人のインフルエンザ感染児童は、2,3名の児童に感染を伝播する可能性があるが、その感染連鎖は長く続かずに一旦切れるといったことの繰り返しで、小学校の流行は進行していくことが示唆された。

感染後、急激な発熱によってインフルエンザの発症がはっきりと認識される前にすでにウイルスの排出が始まっていて、咳などの比較的軽い前駆症状によって児童が感染源となった可能性が考えられる。また、流行拡大防止の目的で行われる学級閉鎖は、児童間の感染の場を消すことで流行を一時的に減速できる利点はあるが、そのためならば3日間の標準予防策を強化するだけで十分である。学級閉鎖は、その目的と限界を考慮して有効に実施する必要がある。

児童の発症認識時刻から二次感染可能性を検討したところ、約4割が学校時間帯とウイルス排出時間帯が重なり、うち7割に発症時の咳が認められたことから、約3割が教室内感染の感染源となった可能性が考えられる。教室内感染拡大を防ぐには、二次感染発生の可能性の認識と備えが必要である。更なる三次感染を防ぐには、「うつさない、うつらない」の意識強化と標準予防策の3日間の徹底が効果的と考えられる。

2つの小学校での流行の経過の差異は、ワクチン接種、欠席日数、あるいは家族発症の割合などの違いによる可能性が示唆された。適切な感染対策・制御は、地域医療機関への負担を減らすことにもつながることを、地域自身が認識する必要がある。

地域における感染制御の考え方

本研究は、地域社会における感染制御が目指すべき目標を探ることを目的として実施されているが、現在のところ、

  1. 感染率を低下させる
  2. 集団感染を防止する
  3. 感染率を安定させる

といったことが重要であることが示唆されている。

  1. 標準的な予防策により感染率を低下させることは、流行期間を延長させることになるかもしれないが、単位時間あたりの発症数を減少し地域医療機関への負荷を軽減することができるかもしれない。
  2. 集団感染を防止することは、流行期間における累積発症数は変えないとしても、地域医療機関への負担を回避することができるだろう。
  3. 感染率を安定させることは、地域医療や地域住民への物理的、精神的な負荷を軽減することができるかもしれない。

このように地域社会での感染制御における考え方として、最終的な感染者数を大きく低減することを目指すのではなく(それができるに越したことはないが)、たとえ一時的であれ地域医療をパンクさせないように流行を上手く制御することが重要である。標準的な予防策として、マスク・うがい・手洗い・ワクチンなどの行動を上手に実施できれば、単位時間あたりの感染率を減らすことが可能であろう。また、感染に対する教育・観察・相談・準備などを適切に行うことができれば、慌てず流行に対応することができるだろう。これらを適切に行うためにはどうしたらよいかを見出すことが、本研究の目的である。

感想

今回初めて「みちのくウイルス塾」に参加させて頂きました。自分は、大学院に入ってからウイルスについて学び始めました。今回ウイルス塾に参加して様々な分野の先生の話を聞くことができ、今後の研究に大変良い刺激になりました。清水先生はウイルス研究だけでなく、そこに住まわれる地域の方と積極的に交流され、地域性を肌で感じられている事が分かり、本研究へのひたむきさとその情熱に大変感動しました。本当にありがとうございました。また今回、この聴講録を書く機会を与えていただきました西村先生に深く感謝いたします。

東北大学大学院医学系研究科機能医科学講座内部障害学分野修士課程 2年 柏崎尚大(かしわざき なおひろ)東北大学大学院医学系研究科機能医科学講座内部障害学分野修士課程 2年  柏崎尚大(かしわざき なおひろ)

「古代ウイルス学への招待」を聴講して

京都大学 ウイルス研究所 信号伝達学研究分野准教授 宮沢 孝幸先生講師:京都大学 ウイルス研究所 信号伝達学研究分野准教授 宮沢 孝幸先生

概要

ウイルスがいつから存在しているか

古細菌、真正細菌、真核生物に感染するウイルスの立体構造には類似性があることから、これらの三つの生物界が分岐した30億年以上前から共通の祖先のウイルスが存在していたと考えられている。ヘルペスウイルスは哺乳類のみならず、鳥類、爬虫類、両性類、魚類および無脊椎動物に感染する。これらを生物進化の過程に照らし合わせると、ヘルペスウイルスの共通祖先は4億年前から存在していたことが推察される。

内在性レトロウイルスとは

RNAウイルスのうち、逆転写酵素を持つウイルスを総称してレトロウイルスと呼ぶ。生物進化の過程で、祖先となる生体の生殖細胞に感染した外来性レトロウイルスは、宿主ゲノムに組み込まれ定着し、内在性レトロウイルスとして、宿主ゲノムのように振る舞う。現存の生物がもっている内在性レトロウイルスを調べることで、動物の進化の道筋を明らかにすることができ、また、内在性レトロウイルスのもとのウイルスが流行していた時期を推定することが可能となる。

哺乳類の進化を演出したレトロウイルス

地球上の脊椎動物は、約3億6千年前、水中から陸上に進出した。その際に体表面の単相上皮組織は何らかの機構により「上皮進化」させ、重層扁平上皮組織である皮膚表皮を形成したと考えられてきた。陸上脊椎動物の皮膚表皮では、基底層において幹細胞が分裂しつつ、顆粒層で細胞死を起こし、角質層を形成している。

皮膚顆粒層で発現しているプロフィラグリンは、角質層で段階的に分解されフィラグリンとなり、最終的にアミノ酸になり、天然保湿因子の大部分を形成している。その際、顆粒層のSG1細胞(角質層と接している細胞群)に特異的に発現しているレトロウイルス型のアスパラギン酸プロテアーゼ(SASPase)がプロフィラグリンを分解するとされている。 また、角質層において個体と外界との間に、カビ、花粉、細菌などのアレルゲンや様々な悪化要素の侵入を防ぐバリアーが形成されている。しかし、肌の保湿機能が低下すると、バリアー機能が低下してしまうため、陸上脊椎動物にとって、肌の保湿は重要となる。 そのため、肌の保湿の守る武器として、レトロウイルス感染によりSASPaseを手に入れたことで、脊椎動物が水中から陸上へ適応したと考えられる。

胎盤形成に関与する内在性レトロウイルス

哺乳類が母体内で成長していく上で、母親と胎児を結びつける器官、すなわち胎盤が必要である。その胎盤の栄養膜合胞体層(胎児の栄養芽層から生じる多核細胞)を誘導するシンシチンと呼ばれる蛋白は、内在性レトロウイルスのエンベロープ蛋白由来である。ヒトの胎児は母親と父親の両方の遺伝形質を受け継いでいる。そのため、父親由来の形質は母親にとっては異物となり、本来ならば臓器移植の場合と同様、免疫リンパ球により排除される。しかし、栄養膜合胞体層のシンシチンには、免疫抑制誘導の働きもあり、母親由来リンパ球による胎児への攻撃を防いでいる。

一方、ウシにおいては、栄養膜合胞体層は形成しない。その代わりに、栄養膜細胞は、栄養膜二核細胞(BNC)となり、さらにBNCは子宮内膜細胞と融合し三核細胞(TNC)を形成する。TNCは、BNCが産生する胎児由来ホルモンを、母体へ効率良く受け渡す働きや、胎児と母体の接着をより強固にする働きを持つと考えられている。BNCは栄養膜単核細胞のエンドリデュプリケーションにより形成されると考えられているが、TNCが生成される仕組みについては長い間謎であった。しかし、近年TNCの生成メカニズムがわかってきた。栄養膜単核細胞がBNCに分化すると、ウシ内在性レトロウイルス(BERV)-K1のエンベロープタンパク(Env)を発現するようになり、このBERV-K1のEnv蛋白を介して、BNCが子宮内膜細胞と融合しTNCが形成されると考えられる。

BERV-K1はウシ亜科動物には存在し、env遺伝子のみが保存されていた。また、どのウシ亜科動物のBERV-K1 Env蛋白もウシ子宮内膜細胞に対する融合能を有していた。BERV-K1は、ヒツジ、ヤギなどのヤギ亜科動物には存在しなかったことから、このウイルスはウシ亜科とヤギ亜科の共通祖先が分かれた約2000万年前にウシ亜科に感染し、内在性レトロウイルスとなり、その後、胎盤形成に寄与するようになったと考えられている。

内在性レトロウイルスの危険性

ヒトゲノム(約30億塩基対)のうち、タンパクをコードしている部分は2%であるのに対し、内在性レトロウイルス由来の配列は8%を占めている。内在性レトロウイルスは本来の宿主では非病原性と考えられている。しかし、内在性レトロウイルスは再度、外来性レトロウイルスとなり新たな宿主に感染する可能性がある。内在性レトロウイルスは様々な生物製剤に混入しているが、これまで感染性を有する内在性レトロウイルスの混入の報告はなかった。しかし2006年に、ネコの細胞を用いた動物用生ワクチンから、感染性を持つネコレトロウイルス(RD-114ウイルス)が分離された。感染性を有するレトロウイルスの混入が見つかったことから、内在性レトロウイルスが混入した生ワクチンの接種により、新しいレトロウイルス感染症が起こる可能性が危惧されるようになった。ワクチン以外にも、ブタからヒトへの臓器移植や、iPS細胞と動物個体を用いた再生臓器の移植によっても、内在性レトロウイルスがヒトに感染する危険性も指摘されている。

内在性レトロウイルスに関連した危険なウイルス

京都大学霊長類研究所で飼育されていたニホンザルに近年発生した血小板減少症の原因ウイルスは、SRV4というサルベータレトロウイルスであった。興味深いことに、SRV4のEnv蛋白のアミノ酸配列は、RD-114ウイルスや霊長類の胎盤形成に必要なシンシチンに類似していた。ニホンザルに対するSRV4感染実験において、接種サルでSRV4に対する抗体誘導が起こらないという事象が観察された。抗体が誘導されない原因として、ニホンザルのゲノム上にSRV4に類似の内在性レトロウイルスが存在するために、免疫寛容になっている可能性が示唆されている。

内在性レトロウイルス由来のレトロウイルスがヒトに感染する?

過去に流行したSRV関連レトロウイルスは、ネコや霊長類に感染し、内在性レトロウイルスとなり、霊長類では胎盤形成に寄与している。しかし、SRV関連レトロウイルスは現在も自然界でサルに感染し、免疫不全や血小板減少症を誘導している。動物が保有しているSRV関連内在性レトロウイルスが生物学的製剤や新しい医療を介して、ヒトを含む新しい宿主に感染し、病原性を発揮する可能性が考えられる。ヒトにエイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)や成人T細胞性白血病を引き起こすヒトTリンパ好性ウイルス(HTLV)にも遺伝的に近縁な内在性レトロウイルスが見つかっている。「HIVやHTLVを含むすべての外来性レトロウイルスは内在性レトロウイルスから生じた」という仮説も提唱されている。もしそれが本当であるならば、今後、動物がもつ内在性レトロウイルスが、外来性レトロウイルスとして新しい宿主に感染し、HIVやHTLVのような病原性を示す可能性も考えられる。異種移植や再生医療などの新しい医療により、新しいレトロウイルス感染症が出現する可能性もある。

感想

『ウイルスはいつから存在するか』ということから始まり、生物進化とウイルスの関係性、内在性レトロウイルスが原因となる疾患と、とても興味深い講義でした。 胎盤形成のご講義の際、BERV-K1はヤギ亜科動物では存在しないとのことでしたが、後日、質問させて頂いた際に、ヤギ亜科の動物の一つであるヒツジからは、ヤーグジークテヒツジレトロウイルス(JSRV)が発見されていること、サメなどの軟骨魚類では胎盤そのものが哺乳類と異なるため、融合細胞が形成しないことが考えられることなど、丁寧なご回答をいただき、有難うございました。 また、外来性レトロウイルスが宿主内で内在性レトロウイルスとなった後、再度、外来性レトロウイルスとなり、新たな宿主に感染することや、サル血小板減少症の講義から、SRVのような重症な疾患の原因となる内在性レトロウイルスが、外来性となり、ヒトゲノムに定着する可能性について考えると、今後、新たにヒトでの致死性遺伝子疾患などにつながるのではないかと寒気を覚えるとともに、内在性レトロウイルス由来の遺伝子群にとても興味が湧きました。

今回、聴講録を作成する機会を与えて下さいました、西村秀一先生を始め、みちのくウイルス塾を開催して頂いた先生方に深く感謝いたします。

東北大学大学院医学系研究科微生物学分野博士課程4年 大野 歩東北大学大学院医学系研究科微生物学分野博士課程4年 大野 歩

「酸性環境とインフルエンザウイルスの増殖」を聴講して

独立行政法人国立病院機構仙台医療センター・ウイルスセンター長 西村 秀一先生講師:独立行政法人国立病院機構仙台医療センター・ウイルスセンター長 西村 秀一先生

概要

インフルエンザウイルスの感染と増殖に関する本講義は、続く竹内先生の講義に先立ち、同ウイルスに関する基礎知識の確認の意味で行われた。感染の標的となる細胞に侵入したウイルスは、脱殻と遺伝子複製、蛋白合成及び粒子の再構成を経て増殖を果たすが、この工程にはpH環境が大きく関わっている。インフルエンザにはA型、B型、C型の三つの型があるが、本講義ではその内のA型ウイルスに焦点を当てたものであった。

インフルエンザウイルスの構造

A型インフルエンザウイルスは、エンベロープを持つマイナス鎖の一本鎖RNAウイルスである。エンベロープの表面にHAとNAの二種類のスパイク、さらにはM2蛋白を持ち、エンベロープを裏打ちするようにM1蛋白が存在する。

インフルエンザウイルスの増殖

体内に侵入したインフルエンザウイルスは、細胞表面のシアル酸残基をレセプターとして認識し吸着する。宿主細胞のエンドサイトーシスによって細胞内に侵入すると、膜融合の後脱殻し、細胞質に遺伝子を放出する。放出された遺伝子は核内に移動し、子孫ウイルスのための遺伝子複製とmRNA合成をおこない、後者はさらに細胞質に出て蛋白質合成を行う。こうして子孫ウイルスの構造を担う材料として合成されたタンパク質は小胞体、ゴルジ装置を経由して細胞表面に整列し、先に遺伝子複製によって作られ細胞表面近くに運ばれてきた子孫遺伝子と集合する。そしてそれらは、出芽というプロセスを経てウイルス粒子となって細胞の外に放出される。この時、M2蛋白は、ウイルスが宿主細胞表面から粒子としてちぎれていくように(pinching off)、離れるのを助ける働きもする。

pH環境の関与

ウイルス粒子内のpH環境は、脱殻におけるウイルス遺伝子の挙動に関わる。 脱殻の過程で重要な働きをする蛋白質の1つはM2蛋白である。M2蛋白は、四量体を形成しウイルスの殻を貫通するように存在するイオンチャネル型の膜蛋白質であり、外側の水素イオン濃度が高いと、これが開いてウイルス粒子内部に水素イオンが流れ込む構造になっている。ウイルス遺伝子はM1蛋白等と結合しリボ核蛋白質複合体(RNP)を形成し、ているが、こうしてできた酸性環境によりRNPとM1蛋白の結合が弱まり、ウイルス遺伝子の放出が促進される。つまりウイルス粒子は、遺伝子を外に出すためにM2蛋白によって自分自身の粒子内のpH環境を整えているのである。

また、脱殻の過程で重要な働きをするもう一つの蛋白質がある。HAである。ウイルスの脂質二重層膜上に存在するHAは宿主のプロテアーゼによって、その一部が切断され開裂する。さらに自身が取り込まれたエンドゾーム内はATP依存性のプロトンポンプにより次第に酸性環境になっていくが、そのことによりHAに構造変化が起こり、エンドゾームの脂質二重層膜にこの開裂部分の疎水性アミノ酸部分が突き刺さることができるようになる。HAはここからさらなる構造変化を起こし、折れ曲がることでウイルスと宿主細胞表面の脂質二重層膜同士を引き寄せあうような形で接近させ、融合させる。

さらに、M2蛋白は、細胞質内で合成されると小胞体、ゴルジ体内部を経由して、最終的に細胞表面に運ばれ、子孫ウイルス粒子の構成要素となるが、このゴルジ体においてもすでに4量体を形成し、イオンチャンネル活性を持っている。ある種のインフルエンザウイルス(強毒性と言われる鳥インフルエンザのH5、H7亜型ウイルス)では、ここでのイオンチャンネルの活性がないと、ゴルジ体の中が酸性化することにより、せっかくできたばかりのHAがここで構造変化を起こしてしまい、その後ウイルス粒子の形成がうまくいかなくなってしまうことが知られている。ただしヒトのインフルエンザウイルスでは、そういったことは知られていない。

もうひとつ、面白い知見がある。ゴルジ体のM2蛋白により、細胞質のPH環境に変化が生じたことを細胞側が認識して、インフラマゾームという反応の系が動き、宿主の自然免疫系が働き始めるということが、最近知られるようになってきている。

感想

西村先生自ら、インフルエンザウイルスに関する基礎的内容の講義をして頂きました。先生はご自分で「前座」と称された講義でしたが、インフルエンザどころか生物学に関して全くの門外漢である私にとっては、まさに蜘蛛の糸をのぼるが如きではありました。

インフルエンザウイルスの構造の説明から始まった講義は段階的で理解しやすく、またウイルスの洗練されて見えるその挙動は効率的で美しくて、生物学に疎い私の目には、そのプログラミングされた機械のような動きが非常に奇妙で面白く映り、大変興味深い講義でした。

 

最後に、貴塾に対する感謝を述べさせて頂きたいと思います。予備知識の無い状態で挑み、実のところ場違い感と不安を抱えて初参加させて頂いた貴塾でありましたが、二日間、頭を必死で回転させながら楽しく参加させて頂きました。広く門戸を開き、学びの場を提供してくださる諸先生方に、深く御礼申し上げます。

 

東京理科大学工学部工業化学科4年 横田龍平東京理科大学工学部工業化学科4年 横田龍平

「インフルエンザウイルスが細胞に侵入する際の“鍵”の仕組み」を聴講して

東北大学大学院・薬学研究科生物構造化学分野 教授 竹内 英夫先生講師:東北大学大学院・薬学研究科生物構造化学分野 教授 竹内 英夫先生

概要

竹内 英夫先生は、分光法を用いた構造解析という手法からインフルエンザウイルスの宿主細胞への感染機構の解明するための研究をされており、特にウイルスの感染に重要な役割を果たすプロトンチャネルタンパク質が研究の中心対象である。

インフルエンザウイルスの感染機構

インフルエンザウイルスは、毎年のように世界各地で流行し、高い罹患率を有する感染症の一つである。インフルエンザウイルスのプロトンチャネルを形成する膜タンパク質はウイルスの感染に不可欠であることが知られている。インフルエンザウイルスのプロトンチャネルについては、特に1988年ごろから相次いで論文が発表され、新たな発見とともに年々活発な研究が行われている。インフルエンザウイルスの感染は、ヘマグルチニンが細胞表面にある糖タンパク質のシアル酸を認識して宿主細胞の膜表面に吸着し、エンドサイトーシスにより細胞に取り込まれることから始まる。その後、エンドソーム内のpHは、少しずつ弱酸性まで低下し、それに伴いヘマグルチニンは構造変化してウイルスエンベロープと宿主細胞膜との膜融合を引き起こす。インフルエンザウイルスの表面には、A型インフルエンザウイルスでは97アミノ酸残基のM2が、B型インフルエンザウイルスでは109アミノ酸残基のBM2タンパク質がプロトンチャネルを形成している。エンドソーム内の酸性化により、これらのプロトンチャネルが開き、プロトンがウイルス粒子内に流入する。この一連の変化が起こる事で、ウイルス粒子の脱殻が起こり、ウイルスの遺伝子のRNAが細胞内に放出される。このように、インフルエンザウイルスは、エンドソーム内の酸性化を利用することで、自己の遺伝子を宿主細胞内に送り込む。

分光法と構造解析

ラマン散乱分光法は、分子にレーザー光を当てると、分子の振動数分だけずれた振動数の光が散乱されてくることを利用する分光法であり、この方法を用いると分子の振動数を調べて分子構造を解析することができる。特に、タンパク質などの場合は、励起に紫外波長域のレーザー光を用いることで、共鳴ラマン効果により芳香族アミノ酸の振動スペクトルを選択的に得ることのできる(紫外共鳴ラマン分光法)。このような特徴を生かすと、M2、BM2チャネルの活性化に伴う膜貫通領域の構造、相互作用の変化を詳細に調べることができる。ラマン分光法により、A型インフルエンザウイルスのM2タンパク質の構造を詳細に解析し、ヒスチジン残基とトリプトファン残基の間の相互作用がM2プロトンチャネル開閉のpHによる制御の中心になっていることが分かった。M2の膜貫通領域にあるHis37の側鎖イミダゾール環は、チャネルの内側を向いている。側鎖が中性のイミダゾールの場合は、4個のサブユニットから出ている計4個のHis37がチャネルに蓋をして、ゲートは閉じた状態になっている。しかし、側鎖が正電荷を持つイミダゾリウムになると、His37とTrp41間にカチオン-π相互作用が生じ、His37、Trp41の側鎖の向きが変わり、チャネルが開口されることが分かった。His37とTrp41は、それぞれがpHセンサーおよびゲートとして働くと考えられる。A型インフルエンザウイルスのHis37とTrp41に対応する残基は、B型インフルエンザウイルスのBM2 タンパク質 にも存在する(His19とTrp23)。BM2の場合は、さらにHis27も存在し、これら2個のHis残基がゲートの役割を果たすTrp23と相互作用する。His19−Trp23間のカチオン-π 相互作用はチャネル開口の直接の引き金となっており、His27−Trp23間のカチオン-π 相互作用はチャネル活性の増強因子としての役割を果たしている。これらのことは、His19Ala、His27Ala変異体ではチャネル活性が低下し、Trp23Phe変異体では上昇するという活性試験の結果と紫外ラマン分光による構造解析の結果を総合することにより解明された。

今後

A型インフルエンザ治療薬として用いられているアマンタジンは、ウイルスのM2イオン-チャンネルを阻害し、ウイルスが脱殻することを抑制し、またウイルス粒子を構成することができなくする。プロトンチャネルの開閉メカニズムを通じて、酸性条件でゲートを閉じたままにする方法が開発されれば、より強力なインフルエンザ治療薬を創ることが可能になるかもしれない。

感想

自身の研究テーマがB型インフルエンザウイルスであるため、「インフルエンザウイルスが細胞に侵入する際の“鍵”の仕組み」は大変興味深い講義でした。また生物構造化学という自分たちの研究とは違った角度からのインフルエンザウイルス研究へのアプローチは、これまで自身が考えていた免疫学的・ウイルス学的手法とは全く異なる第3の手法であり、そのため今回のご講演はすべてが新鮮な驚きの連続で、インフルエンザウイルスのへの興味が一層強いものとなりました。

東北大学大学院医学系研究科微生物学分野博士課程4年 岡田貴志東北大学大学院医学系研究科微生物学分野博士課程4年 岡田貴志

「ウイルスいろいろ:目立たないウイルス、植物の守り神となるウイルス」 を聴講して

岡山大学・資源植物科学研究所・環境生物ストレスユニット 教授 鈴木 信弘先生講師:岡山大学・資源植物科学研究所・環境生物ストレスユニット 教授 鈴木 信弘先生

概要

ウイルスの中には、ヒトに対して感染性や病原性を持つウイルス以外にも、多くの種類が存在している。本講義では、植物や真菌に対して感染性を持つウイルスをテーマに、植物を病原菌から守る様々な試みについて紹介して頂いた。

目立たないウイルス

「目立たないウイルス」とは、「増えるけど悪さをしない、目につきにくい」ウイルスのことである。例えば、カボチャモザイク病やソラマメえそ輪紋病などのように、目で見えるような病原性を示す「目立つウイルス」とは異なり、感染しても病原性を示さず見分けをつけることが難しい。
例としてはアルファクリプトウイルスが挙げられるが、このウイルスは様々な野菜に感染し増殖するが、感染していない野菜とは区別がつかない上に病気も起こさない。このような「目立たないウイルス」は数多く存在し、例えば海水中のウイルスの数は100mL当たり108−1010とも言われる。

植物の守り神となるウイルス

「植物の守り神となるウイルス」として、大きく分けて3種類挙げられる。1つはヴァイロコントロールに用いられるウイルス、2つ目は植物に対する弱毒性の植物ウイルス、3つ目は植物をストレスから守るウイルスである。

ヴァイロコントロールとは、Virological Controlを由来とする鈴木先生ご自身による造語であり、ウイルスを利用した生物防除を意味する。狭義には「植物病原糸状菌に感染し、宿主菌を病気にするウイルスを利用した防染」を意味する。例としてはクリ胴枯病の防染や果樹紋羽病の防染が挙げられる。これら植物病の病原はカビであり、カビに感染するウイルスを用いて植物病原性を低下させることで、植物をこれらの病気から守ることができる。

ヴァイロコントロールの利点としては、環境への負荷が小さく効果に持続性があること、治療が可能であることが挙げられる。ヴァイロコントロール因子の条件として、「病原力を低下させるウイルス」、「効率的なウイルス導入」、「ウイルスの効果的水平移行」が必須であり、そのようなウイルスの探索やウイルス導入方法が難しいことが問題点となっている。

 

実用的に用いられている例として、クリ胴枯病に対するハイポウイルスによる防染が知られている。クリ胴枯病は植物流行病として大きなインパクトを持つ病気であり、世界3大樹病の1つである。クリの傷口からクリ胴枯病菌が侵入し形成層などを破壊する。これに対し、1本鎖RNAウイルスであるハイポウイルスは、胞子による垂直伝播や菌糸融合による水平伝播により菌に感染し、「菌を病気にする」ことにより菌の病原性を低下させる。ハイポウイルスは人工的にRNAを菌に打ちみ込んで増殖させることが可能で、クリ胴枯病菌感染部位にウイルスを感染させた弱毒性菌を接種することにより、菌同士の細胞融合・ウイルスの水平伝播を引き起こし、数年間かけてクリ胴枯病の防染を行う。多重形質転換が容易で導入可能な複数のウイルスが存在することから、クリ胴枯病菌はウイルス・宿主相互作用研究のモデル糸状菌となっている。

クリ胴枯病菌の他、ヴァイロコントロールによる果樹紋羽病の防染が研究されている。果樹紋羽病の一種である白紋羽病は、50の科にまたがる200種以上の植物に感染する土壌生息性の菌であり、防染が困難で経済的な損失も非常に大きい病気として知られる。白紋羽病菌に感染するウイルスとしてはメガビルナウイルスが報告されており、菌の細胞壁を消化して作成したプロトプラストに感染性ウイルス粒子を導入し、ウイルス感染再生菌糸を作成することで、白紋羽病を防染する研究が行われている。

 

一方で、ウイルスに対する菌の防御作用も知られており、菌同士の融合の際の細胞質和合性・細胞質不和合性やRNAiなどが知られている。細胞質和合性とは、菌同士が細胞融合可能であることを示す。細胞質不和合性の菌同士の場合、その菌同士の融合ができず、ウイルス感染菌糸からウイルス非感染菌糸へのウイルス伝播が妨げられる。RNAiとは、RNA silincingのことで、まずウイルスの複製過程で生じるdsRNAがDicerにより切断され、siRNAと呼ばれるRNA断片となる。そのRNA断片を介して、RISCと呼ばれるRNA誘導サイレンシング複合体が結合し、RISCによってウイルスmRNAが切断され、ウイルスの複製が阻害される。このRNAiは真核生物に広く保存された遺伝子発現抑制機序であり、菌においてもウイルス複製を抑制する防御作用として知られている。

 

弱毒性の植物ウイルスによる植物の防染については、ヒトで言うワクチンと似たような考え方である。植物に対して、弱毒性のウイルスを予め感染させておくと、その後強毒性のウイルスに感染しにくいことが知られている。その作用機序については未だ詳細は不明だが、RNAiが関与している可能性が考えられている。例としては、ダイズに対するダイズモザイクウイルス(SMV)、きゅうりに対するズッキーニ黄斑モザイクウイルス (ZYMV)、トマトに対するキュウリモザイクウイルス (CMV)が挙げられ、それぞれ弱毒ウイルスによるウイルス病の防染が行われている。

今後はこのようなヴァイロコントロールや弱毒性植物ウイルスによる防染の作用機序やさらなる実用化を目指した研究を行う必要がある。

感想

普段聞くことがないような「目立たないウイルス」や植物ウイルス、マイコウイルスについて貴重な講義をして下さり、有難うございました。改めてウイルス学という分野の幅広さを実感することができました。

ウメで有名な東京都青梅市において、植物ウイルスによるウメへの甚大な被害が報告されたことも記憶に新しく、このようなヴァイロコントロールや弱毒性ウイルスによる「ワクチン」研究は非常に重要な研究テーマであると感じています。また、植物や菌類においてもウイルス防御作用が存在し、RNAiが関与しているという内容は非常に興味深い話でした。

東北大学大学院医学系研究科微生物学分野博士課程1年 当广(とうま) 謙太郎東北大学大学院医学系研究科微生物学分野博士課程1年 当广(とうま) 謙太郎

 

「アデノ随伴ウイルスベクターの基礎から応用まで」を聴講して

自治医科大学 分子病態治療研究センター 准教授 水上 浩明先生

概要

アデノ随伴ウイルスベクターとは?

アデノ随伴ウイルス(AAV)は、アデノウイルスと共感染するウイルス様粒子として1965年にアデノウイルスの電子顕微鏡像から発見された。しかしながらAAVはヒトに対して病原性を持たない為、研究はすぐに廃れてしまった。その中で一部の研究者達がAAVについて研究を続け、AAVには宿主細胞にDNAを付加する性質があることをつきとめ、遺伝子を細胞に導入することを考え始めた。これがAAVベクターの始まりである。従来の研究レベルに於いて、ウイルスベクターとして最も広く用いられているのはレトロウイルスベクターであり、これは宿主細胞にベクター遺伝子を挿入するものである。対照的にAAVは、宿主細胞の遺伝子に組み込むことなく、宿主細胞に遺伝子を「付加」するものである。AAVには又、様々な血清型があり、今回の講演の主眼となったのは肝臓への指向性の強い、AAV-8である。
野生のアデノ随伴ウイルスのゲノムは、ITR-rep-cap-ITRという遺伝子構成である(repは複製に関与する遺伝子、capはcapsid proteinをコードする遺伝子)。AAVベクターに搭載出来る遺伝子は、ITR-<付加遺伝子>-ITRとなり、その全長はせいぜい5kbまでである。

AAVベクターを用いた遺伝子治療

現在までに様々な遺伝子疾患に対して研究レベルで試行されて来て、特にNIHにおいてLeber病、パーキンソン病、血友病Bなどに対して効果があると認められた。

自治医科大学に於けるAAV-8ベクターを用いた血友病Bの遺伝子治療の研究

自治医科大学に於いて、長年の間AAV-8ベクターを用いた、血友病Bの遺伝子治療の研究が行われて来た。血友病Bは、凝固因子の一つであるFactor 9の異常により、重度の出血傾向bleeding tendencyを示す疾患である(世界的に、Factor 8の異常で引き起こされる血友病Aのほうが患者数が多いが、Factor 8の遺伝子の全長がAAVベクターに搭載するには不向きな為、先ずは血友病Bの研究から始めることになった)。
マウスのレベルにおいてAAVベクターによる遺伝子治療を施したマウスが著明にFactor 9の発現が上昇した。その後サルにおいて同様の実験を行った所、奏功するサルとそうでないサルが出て来た。それらの相違点についてさらに研究を進めると、奏功しないサルには血中にAAVベクターに対する中和抗体が存在していると言うことが分かった。これらの結果を踏まえて、自治医科大学では臨床研究に向けて、中国の企業と提携してベクターの準備等を行っている。

今後の課題

現在同様の研究が、様々な国と地域に於いて、様々な疾患に対して行われている。今後この領域に於ける治療が臨床段階に入って行くことを念頭に置くと、世界的に共通の基準、マニュアルを作成しなければならない。又、前述したようにAAVベクターに対する中和抗体の問題等がある為、全ての患者に対して用いることが出来るものではなく、それらの点に関した更なる研究が必要である。
AAVベクターは血友病の他にも、糖尿病性網膜症、中枢性尿崩症等に対しても研究が進んでいるが、現段階での治療と比較して有用性が高いのか等に関しても熟考しなければならない。

感想

ウイルスと言えば、ヒトに対して害をもたらすイメージが強かったが、今回の水上先生のお話を聴講させて頂き、ウイルスを用いた治療と言う新しい世界に触れることが出来ました。ヒトの全遺伝子がヒトゲノム計画によって解析されて、今日の疾患学は分子レベルを通り越して、遺伝子レベルで語られるようになっている現在、将来医師となる私たちも、遺伝子のレベルで病態を考え、治療する能力が必要であると常々考えていました。今回の血友病Bに対する治療が実現すれば、さらに他の遺伝子疾患に対しても応用が広がり、今まで治療法がなかった疾患でも治癒する可能性が出てくるのではないかと感じ、自分もそう言った研究の一端を担いたいと思いました。

みちのくウイルス塾には今回初めて参加させて頂きましたが、最先端の研究をされている著名な諸先生方の素晴らしい講演を拝聴出来るだけでなく、普段はなかなか会うことのない、同世代の他大学の学生とも交流を深め、学問に対するモチベーションを高めることが出来ました。非常に充実した、濃い2日間だったと思います。参加させて頂き、有難うございました。来年も是非参加させて頂きたいと思います。

 

国立大学法人 山形大学 医学部医学科3年 柳谷 稜(やなぎや りょう)国立大学法人 山形大学 医学部医学科3年 柳谷 稜(やなぎや りょう)

「ウイルス性肝炎の現状」を聴講して

浜松医科大学医学部・感染症学講座 教授 鈴木 哲朗先生浜松医科大学医学部・感染症学講座 教授 鈴木 哲朗先生

概要

今まで、みちのくウイルス塾であまり取り扱われる機会が少なく、聴講者からの要望の多かったウイルス性肝炎の現状を、主にA・B・C・E型肝炎ウイルスについて浜松医科大学医学部・感染症学講座の教授の鈴木哲朗先生が幅広く講義をしてくださいました。

肝炎ウイルスの概要

肝炎ウイルスには、A・B・C・D・E型肝炎ウイルスの5つの型が存在する。その中でも、A・Eは慢性化せず、B・C・Dは慢性化し、肝硬変や肝癌へと移行する確率が高い。中でもC型肝炎ウイルスは慢性化率が非常に高い。D型肝炎ウイルスは、B型肝炎との二重感染でなければ感染が成立しないが、感染すると重症化する。

B型肝炎ウイルス(HBV:Hepatitis B Virus)

5類感染症で、血液感染・母子感染・性感染により感染する。以前は注射針の使い回しや輸血感染が多かったが、現在は特に性感染が問題となってきている。また、今までは後天性感染であれば慢性化しないと認識されていたが、今ではB型肝炎ウイルスに感染した成人のうち約10%は慢性化することが分かってきており,問題となっている。B型肝炎ウイルスにはA、B、C、Dなど種々の遺伝子型が存在しており、BやCに比べてAが慢性化しやすい。従来は、日本ではB、Cが多く、欧米ではAが多かったが、最近では日本でも都市部を中心にAが増え始めている。ワクチンが存在し、事前に予防をすることが可能である。ワクチンの適応は母子感染防止(母親がHBs(+)で子供がHBs(−)の子供)やハイリスク者(医療従事者など)である。1995年には、ノルウェーにおいて、薬物使用者を発端とした性感染により大流行した。このような流行を予防するため、ワクチンの全員接種(universal vaccination)の導入が有効とも言われており、今後の課題である。また、HBVはDNAウイルスの中で唯一、逆転写をするという特徴があるため、HBVの逆転写酵素を阻害する薬を治療薬として開発することも試みられている。

C型肝炎ウイルス(HCV:Hepatitis C Virus)

C型肝炎ウイルスはフラビウイルス科のRNAウイルスであり、日本脳炎ウイルスなどと比較的近縁である。5類感染症であり、血液感染により感染する。感染すると、かなりの高確率で慢性化するため、日本の肝癌の約76%がHCVによるというほど、肝硬変・肝癌と強い関係がある。ワクチンはないが、抗ウイルス薬としてインターフェロンやリバビリンなどが存在する。2011年にはHCVのプロテアーゼを阻害する薬が治療薬として承認された。しかし、プロテアーゼ阻害薬は皮膚症状を合併することが多いため、皮膚科医との連携が必要となってくる。現在、HCV蛋白を標的とした新しい治療薬の開発が進んでいる。 HCVの培養は以前は不可能であったが、肝臓由来の培養細胞を用いてHCVゲノムの一部(レプリコンRNA)が複製する実験系や、劇症肝炎の患者由来のHCVを培養できる実験系などが開発された。これらの方法を用いて、HCVのゲノムRNAの複製や、細胞への接着・進入、粒子形成機構などについて研究が進められている。

D型肝炎ウイルス(HDV:Hepatitis D Virus)

5類感染症であり、血液感染によって感染する。B型肝炎ウイルスとの二重感染によって感染する。

A型肝炎ウイルス(HAV:Hepatitis A Virus)

感染症法の4類感染症で、糞口感染により広がる。貝のカキなどからの経口感染が広く知られており、発展途上国への海外旅行先での汚染食の摂取による感染も多い。持続感染はせず、ワクチンによって予防することができる。近年、日本では衛生環境が良くなり、感染することが少なくなってきたため、40代よりも若い人が抗体を持っていないという問題が出てきた。2010年に日本で大流行したA型肝炎ウイルスは、東南アジア・韓国由来のものが多いと先生は考察していらっしゃった。

E型肝炎ウイルス(HEV:Hepatitis E Virus)

4類感染症であり、主に経口感染によって感染する。ワクチンはなく、多くは汚染された飲料水によって感染し、慢性化しないが、時に劇症化することがあり、妊婦で死亡率が高い。肝炎ウイルスの中で唯一、人獣共通感染症であり、調理不十分なイノシシ、シカ、ブタの肉からの感染例もある。また、E型肝炎患者の血液を輸血されて感染した例も報告されている。

感想

肝炎ウイルスと一言に言っても、慢性化して肝硬変・肝癌へ発展するものや、慢性化せずに数日で治るもの、そして中には劇症化して数時間で命に関わるものなど、ウイルスや症状によって対応方法や予防方法がとても変わってきます。特にワクチンによって防ぐことのできるA・B型肝炎に関しては、旅行に行く前や医療従事者になる前など、予想できる感染の前に事前に対策をしておくことがよいと思いました。今回、みちのくウイルス塾には初参加でしたが、どの先生方の講義もとてもわかりやすく、またとても興味深い内容ばかりでした。自分自身まだ学生であり勉強中の身ですが、研究内容や、行った実験の意味とその結果の考察、そこから導き出される理論と新たな仮説など、先生方が日々どのような考えを経て実験を行っているのかが、とても理解しやすく感じました。

獨協医科大学医学部3年 阿部 誠獨協医科大学医学部3年  阿部 誠

 

 

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