ウイルスセンタートップ >> みちのくウイルス塾 >> 第10回みちのくウイルス塾 >> 聴講録
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講師 京都大学ウイルス研究所・ウイルス病態研究領域・教授 小柳 義夫先生
ウイルスとは、蛋白質と核酸(RNA・DNA)の複合体である。そのシンプルな構造ゆえにウイルス感染のプロセスも共通する部分が多い。ヒト免疫不全ウイルス;HIVを例に取ると、ウイルスが細胞に感染する初期過程は、「(1)受容体・補受容体への結合→(2)融合と侵入→(3)脱殻→(4)逆転写→(5)核内への移行→(6)インテグレーション」という流れで進行する。その過程には、T細胞上に発現したレセプターであるCD4および補助レセプターであるCCR5やCXCR4、そしてそれらレセプターに結合するHIV表面のgp120やgp41が関与する。
ウイルスの重要な特徴の一つに「ウイルスは自分を増やすために宿主を必要とする」という点があげられる。小柳先生の研究されているHIVにも宿主が必要であるわけだが、HIVは霊長類を自然宿主としている。より簡便に使用できる動物モデルが存在しないことが、研究を進めるうえでの障壁の一つであった。そこで、小柳先生は生後0〜2日齢のNOGマウスにヒト造血幹細胞を移植し、これを10〜15週間飼育することでヒト化マウス(NOG-hCD34マウス)の作成に成功した。この際、マウス体内にマウス由来の免疫細胞(リンパ球・NK細胞など)が存在していると、マウスの免疫に拒絶されることによりヒト造血幹細胞が定着できない。したがって、ヒト造血幹細胞移植前にマウスには0.1GyのX線照射を行った。その結果、ヒト造血幹細胞はマウスに無事定着し、ヒト免疫細胞(リンパ球・NK細胞)が産生された。
HIVはその複製過程において宿主側の種々細胞性分子を利用する。T細胞に吸着する際にはレセプターとしてCD4を、補助レセプターとしてCXCR4やCXCR5を利用する。その一方で、ヒトの体内にはウイルスを抑制する蛋白も元来備わっている。例えばAPOBEC3sはシトシン脱アミノ酵素で、一本鎖DNAに作用し、遺伝子を構成する塩基配列のうちシトシンをウラシルに変換する。その結果、HIVの逆転写酵素コード領域にG/A 変異が誘導され、ウイルスの複製が阻害される。しかし、最近このAPOBEC3sに結合してその分解を促進するVifというウイルス由来蛋白の存在が明らかになっている。 野生型HIV-1とVif欠損型HIV-1の感染後RNA量を比較した実験において、Vif欠損型では検出限界程度のRNA産生量しか確認されなかったのに対し、野生型では少なくとも103倍以上量のRNA産生が確認された。ここから、Vifが、宿主側防御因子に対抗し、標的細胞中で複製・増殖するために必須の蛋白であることが示唆される。 その他にも、ウイルス粒子を感染細胞につなぎ止め、その放出を阻害するtetherinという蛋白など多くの防御機構の存在が明らかになりつつある。
小柳先生のEBV(Epstein Barr Virus)に関する研究について述べる。
生後13〜16週の先述NOG-hCD34マウスにEBV(1000TD50)を投与した。その結果、感染3週間後以降血中ウイルス濃度が優位に上昇し、コントロール群の生存率が100%であったのに対し感染群では4週間後以降に生存率が低下し、感染後10週目の時点で生存率は40%以下となった。この際、オスのマウスにおいて、血中ウイルス濃度がより高く、さらに生存率低下がより早く起こり最終的な生存率もオスで低値であったことは興味深い。
EBV感染マウス3匹における体重変化を測定したところ、全てのマウスにおいて感染5週目以降に元体重に対して20%以下の体重減少が見られた。同3匹に関して末梢血像を調べたところ、感染5週間後以降で白血球が増加したのに対し、赤血球・血小板・ヘマトクリット値は全て低下した。MCV/MCH/MCHC値は一定であった。また、これら3匹のうち2匹においては体温低下も見られた。病理組織所見上、Giemsa染色により貪食細胞に取り込まれた赤血球が見られ、またNSE染色により異型リンパ球(好中球・組織球)が見られた。さらに解剖により、EBV感染マウスでは脾臓と肝臓の腫大が見られた。 ここでCD45+細胞中に占めるCD8+細胞の割合が著しく上昇したことは特記に値する。ここから、EBVはCD8+T細胞の増殖を強力に促進するのではないかと予想された。EBVが感染したB細胞は、CD8+T細胞の増殖を促進する。増殖したT細胞がIFNγを産生し、このIFNγがマクロファージのHemophagocytosis(血球貪食)を誘導する、という仮説が考えられた。
研究においては「ある事象に対して、そのうらに潜む本質を知る」ことが大切である。
HIVは1981年にその第一症例が報告されて以来、多くの研究者によって解析が進められてきたウイルスです。今日その最前線に立ち、動物モデルを駆使して病原体・宿主双方の因子を研究なさっている小柳先生の御講義は刺激的で、大変勉強になりました。
御講義の冒頭で先生がおっしゃった、「難しい話かもしれないが、ついてこられる人がついてくれば良い。そのような知識の競い合いも学問の大事な側面だ。」という言葉が強く印象に残りました。知識の競争に加わるにはまだまだ未熟な一学生ですが、日々真摯に学び、少しでも成長してまた来年のウイルス塾に参加したい、と強く感じました。
東北大学微生物学分野 博士課程1年 今村忠嗣
講師 京都大学ウイルス研究所 日沼頼夫名誉教授
日沼先生は、今回の講演で「米寿のウイルス学」というタイトルで、先生がこれまで携わってきた研究についてお話ししてくださいました。
日沼先生は、東北大学医学部を卒業し小児科の医師になられたそうです。当時、小児科の分野では感染症が主要な問題でした。そこで小児科を先行する前に細菌学教室に参加し、感染症の勉強をすることになりました。最初は主に結核菌や肺炎球菌に対する新しい抗生物質に関する研究活動をされていたそうです。細菌を培養して薬剤との反応性を調べる実験など、初めて行う研究活動を通し、研究の面白さを感じられたそうです。先生は、その後、ファージやインフルエンザウイルスとの出会いを経てウイルス学の研究に就かれました。
小児科医としての臨床側からのアプローチと、ウイルス学者としての基礎研究の側からのアプローチでウイルス感染症を研究なさっておられました。
現在では当たり前となっているPCRや迅速診断の利用も当時はもちろんありません。赤血球凝集反応(HA)、赤血球凝集阻止(HI)試験などの基本的な技術を駆使し、ウイルス性感染症の診断に結びつくような仕事をなさっていたそうです。のちのちの仕事に大きく役立つことになる、感染症診断の基本としての抗原抗体反応、血清中の抗体の検出や定量といった仕事の大切さは、日沼先生が若かりしこのころに身につけられたのではないかと拝聴していて思いました。
そんな中、先生は抗ウイルス薬に関する研究を目指されるようになったそうです。60年前、細胞培養系も確立されない中で、動物を用いた様々な研究をなされ、細胞が培養できるようになった後には、本格的な抗ウイルス薬の研究を目指し、ロックフェラー財団の奨学金制度によって渡米され、フィラデルフィアで研究活動を行われました。
先生の一回目のアメリカにおける研究活動では、アメリカは戦後日本が比べることもないほど人的にも資金的にも研究が盛んに行われており、技術、道具、器材のどれをとっても豊富であり、また先生が師事されていた教授も大変素晴らしい教育者であったとのことです。
先生は、ウイルス学の大きなテーマのひとつとして、ウイルスの発見があるというお話をされました。「病原体狩猟は医学研究における修羅場のひとつである」という言葉は大変印象的であり、ウイルス塾のまとめとも言えるおさらいクイズにも出題されました。
1911年、世界で最初の腫瘍ウイルスとしてニワトリに肉腫を起こす病原体としてラウス肉腫ウイルスRous Sarcoma Virusが発見されました。1965年ごろの二度目の渡米における、蛍光技術などを用いたバーキットリンパ腫の培養細胞からのEBウイルスの分離が先生と癌ウイルスの最初の出会いであり、その後日沼先生は、新たな癌ウイルスの発見を目指されました。EBウイルスは伝染性単核症の原因ウイルスとして知られる一方、バーキットリンパ腫などのB細胞リンパ腫をはじめとして様々な腫瘍の原因となるウイルスです。当時は研究費も多く、癌ウイルスの黄金時代ともいえる時代であったそうです。
日沼先生は小児科医時代、当時白血病に罹患した子どもの50〜100%が死亡する現実を目にしておられたそうです。そうした動機と研究の背景があったことで、成人T細胞白血病(ATL)という病気が日本人の臨床家の手によって明らかにされたとき先生はウイルス感染とこの新しい白血病の発症の関係に注目することになります。そして1981年、多くの人の協力のもと、とうとうATLがヒトTリンパ球性白血病ウイルス(HTLV)によって引き起こされることを突き止められました。
医学ウイルス学はウイルスによって引き起こされる疾患との関連によって語られます。日沼先生は最後に、病因となるウイルスの発見からワクチン開発なども含めると、医学ウイルス学には多様なテーマにあふれていますが、もっと広い目で見ると、さらにウイルス学は広がっていくというお話をされました。先生には、ウイルスを道具に太古から現代にいたる間の人類の移動を考察したスケールの大きなお仕事がありますが、それ以前に横たわる、ウイルスはどこから現れたのか、どこに潜伏しているのか、というテーマです。ウイルスは生命の起源なのではないかという説、逆に細胞の破片なのではないかという説、また、潜伏先としては野生という説、宇宙からやってきたのではないかという説もあるというお話をしてくださいまでした。先生は、地球以外にも生命は存在し、ただそれは証明されていないだけではないかと現在思われているそうです。
今回の講演で先生は、日沼先生ご自身の研究テーマの内容だけでなく、先生がどのような動機、使命感をもって研究にあたられてきたかが伝わってくるお話をして下さいました。また、ウイルス学という大きなフィールドには、医学ウイルス学だけでなく地球ウイルス学、宇宙ウイルス学という壮大なテーマもあることを知りました。私自身は修士課程の1年で、まだまだ勉強中の身ですが、広い視野と探究心をもって大学院生活を送りたいと強く感じさせていただきました。貴重なご講演をして下さった日沼先生と、こういった機会を用意して下さったウイルスセンターの先生方に感謝したいと思います、ありがとうございました。
東北大学医学系研究科微生物学分野修士課程1年 乙丸礼乃
みちのく塾でもちょっと紹介しましたが、日沼先生の最新のご著書で、先生の科学者としてのあゆみをメインストリームに、みちのく塾でもおさらいクイズで増田先生が奇しくも出題した「病原体狩猟は医学研究の修羅場のひとつである」という名言が帯を飾りつつ全編をつらぬく主題となっています。そしてその中に、研究に対する独自の視点、そして将来のウイルス学を担う人たちに託すメッセージが、キラリと光って見える本です。先生のわれわれ後進に対する叱咤激励としてお手元に置かれることをお奨めします。
文責 西村
※ 割引でのご購入をご希望の方は、「みちのく塾割引での購入」という旨を添え、勉誠出版へ直接ご連絡ください(電話 03-5215-9021)。
講師 東北大学大学院医学系研究科・CJD 早期診断治療法開発分野・教授 北本哲之先生
クロイツフェルトヤコブ病(CJD)は感染性の蛋白の異常プリオンがヒトの中枢神経系に蓄積して発症する致死性疾患である。病態としては原因不明のSporadic form、遺伝性、家族性のGenetic form、硬膜移植、BSE感染によるinfectious formの3型がある。
日本におけるCJDの症例数はSporadic formが922件、Genetic formが216件、infectious formが81件あり、注目すべきは硬膜移植CJDの発生数が多いことである(日本での報告総数141例のうち、ここ10年で80例報告されている)。CJDの症状として、初老期の痴呆が急速にみられ、日がたつにつれミオクローヌス(不随運動)、無言、無動状態となる。
CJDの原因であるプリオンは元来ヒトの体内に存在し、多型蛋白質である。
プリオンタンパク質遺伝子のコドンの129番目がメチオニン(M)またはバリン(V)かよって病型がシナプス型、アミロイド型に分類される。シナプス型の患者は、プリオンタンパク遺伝子のコドン129番目がM/Mでシナプスに異常プリオンが沈着し、症状は急速に進行し、約3ヶ月で無動性無言になる。アミロイド型患者では129番目がM/VまたはV/Vでアミロイド(蛋白がβシート構造を形成した凝集体)を形成し、シナプス障害は緩やかである。
その一方、異常プリオンについてプロテアーゼ切断部位により、分子量の高いプリオンのTypeI(97プロテアーゼ切断部位)、分子量の低いプリオンのTypeII(82プロテアーゼ切断部位)にも分類することができる。
ヒト由来プリオンをマウスに感染させた場合、感染後600日以降に発症する。発症率は20%であり、ヒト由来プリオンはマウスに病原性を発揮しにくい。そこで北本先生らはヒトプリオンタンパクを発現するヒト化ノックインマウスを作製した。
ヒト由来プリオンM/MTypeI、V/VTypeIIをそれぞれヒト化ノックインマウス(KiMM、MV、VV)に感染したところ、感染させたプリオンとノックインさせたプリオンの鋳型が同一である場合、CJDを発症するまでの潜伏期間が短縮された。またヒト由来プリオンV/VTypeIIをKiMMマウスに感染させた場合、ヒト・マウスキメラマウスに比べて潜伏期間は長いが感受性が高いことが証明された。これよりヒト由来プリオンはヒトに対して感受性が高く、危険性が高いことが示唆された。
また産生される異常プリオンは多くがTypeIまたはIIであるのに対し、KiM/Mマウスにヒト由来プリオンV/Vtype2を感染させた場合のみ、分子量がTypeI、IIの中間型が産生され、病変として多数のアミロイド斑がみられた。このことから、遺伝子型の異なる宿主にプリオンが感染した場合、新種のプリオン(分子量が中間型、MMi)が産生されることが示唆された。
これらの実験的方法から、硬膜移植後CJD(Dura-associated CJD)の感染源が明らかとなった。Dura-associated CJDの病型はSynaptic(SY)、Plaque(PL)の2種類あり、PL型の産生プリオンはMMiであった。しかし、もし原因不明のSporadic CJDにMMi発生を考慮した場合、硬膜移植後CJDによるMmi発生は氷山の一角なのかもしれない。
初めてみちのくウイルス塾に参加させていただきました。その上、第10回目と記念すべきときに参加できたことを大変うれしく思います。様々な分野の先生の話を興味深く聞くことができ、大変今後の研究に対して大いに刺激になりました。みちのくウイルス塾ではシリーズ化されている北本先生のプリオン病講義は大変わかりやすく、初めて聴講した私でも十分理解することができました。異常プリオンの感染実験ではマウスが発症するのに1年から長くて2年かかることを聞き、このような忍耐強い基礎研究が未来の医療に貢献していることを感じました。
今年は東日本大震災に見舞われ、開催場所である国立病院機構仙台医療センターの建物の壁も剥がれたとの話を伺いました。大変な時期にこのような貴重な機会を作っていただいた西村先生を始め多くの先生方に感謝したいと思います。また来年もぜひ参加したいです。
日本獣医生命科学大学大学院博士課程1年 国立感染症研究所感染病理第二室研究生 小谷 治
塩野義製薬 創薬・疾患研究所・感染症部門長 佐藤彰彦先生
塩野義製薬医科学研究所は1988年に日沼頼夫先生が所長となり設立された。難病の治療薬及び抗ウイルス薬の創製を目標に、全国から集められた約50人でスタートした。
新薬開発のスキームは探索研究→最適化研究→臨床研究の順番で行われる。実際にかかる時間は最適化までに12〜16年、臨床試験を含めると20年程度が必要とされている。予算も数千億が必要で、一人の人が製薬会社に勤めて1つ出来れば良いとされる程難しい仕事である。
AIDSは1981年にアメリカで新たな疾患として命名され、今年で30年が経過した。その間、ウイルスのライフサイクルに着目した抗ウイルス薬の開発が行われ、現在は逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤を組み合わせたHAART療法 (多剤併用療法) が行われている。HAART療法は安全性に対する問題の他に、副作用が強く自発的な服用の継続が困難になることや、耐性ウイルスが出るという問題点がある。特に3番目の点に関しては、異なる作用点をターゲットにした抗ウイルス薬の開発が必要である。
塩野義製薬でも抗HIV薬の作製に着手したが、この時既にHAART療法が行われていたため、新規なメカニズムによる阻害薬を開発するためにウイルスのインテグレースに着目した。レトロウイルスは逆転写酵素でウイルスRNAをDNAに変換した後、ウイルス由来の酵素で宿主のゲノムDNAに自身のDNAを組み込み染色体に入り込む。この反応を担っているのがインテグレースであるが、活性中心のDDEモチーフを変異させると活性が下がる事に着目した。
一度に多数の化合物のアッセイを行うため、インテグラーゼのDNA結合能を利用した新しいアッセイ系MIA (Multiple integration assay) を開発・構築した (スライド9参照)。この方法により定量的に多検体のアッセイが可能となり、マンパワーを動員しターゲットの探索を行った。
ターゲットの探索、バリデーション、リード化合物の探索は2?3年を要する作業である。塩野義製薬では現在、数十から百万の化合物ライブラリーが保管されている。これらの化合物は384穴または1536穴プレートに分注され、ハイスループットスクリーニングにより目的の化合物を探索する。現在では,このスケールで実施できることから1日に2?4万の化合物を調べることができるので、過去に比べて格段にスピードが上がった。
探索研究により候補が得られた後は、その物質が実際に薬として使えるモノにするための最適化が重要かつ大変である。というのも、リード化合物 (薬の種となるもの) は薬として実際に使用するために必要な性質 (血中での安定性、経口吸収性等) を併せ持つものは殆ど無い。そのため候補物質を実用化させるには、安全性の確認、性質の改良、合成法、特許等の全ての要素をクリアしなければならない。
実際に、Hit化合物 (目的とする作用があるものの弱い薬理活性が出ただけの化合物) としてDKA (Diketo acid) を見出したが、この物質は血中では不安定であった。そこで、安定化するような官能基を付加するなどの構造変換を施してS-1360を得た。S-1360は世界ではじめて臨床試験にまでコマを進めたが、臨床での薬効不足により実用化には至らなかった。
上記の失敗から、薬剤の探索を薬理活性からではなくSBDD (Structure Based Drug Design、タンパク質の構造に基づくドラッグデザイン) を取り入れて再出発した。インテグレースの酵素活性だけでなく、DNA結合メカニズムに焦点をあてた。インテグレースの活性中心には2つのマグネシウムイオンが存在し、これがDNA結合に必須である。このマグネシウムイオンを同時にキレートする構造をデザインし、酵素活性を阻害する方法を考えた (2メタルモデル)。これにより、インテグレースの機能であるウイルスDNAの3'末端のプロセッシングが阻害され、染色体への組み込みが阻害される。
そこで、2メタル阻害をベースに思いつく限りの構造物を作製した。最初に臨床試験したS-1360は、ヒトとサルの血中で分解されやすい性質を持っていた (一方、マウスでは分解されにくかった)。その後の開発候補化合物でサルでは高濃度の投与でSIVを抑制することがわかったが、実用的な投与量ではないため中止した。S-364735は第2相前期試験 (Phase IIa) まで進んだが、長期毒性試験の結果により中止した。
新たにS/GSK1349572 (DTG; Dolutegravir) をデザインしその特性をプロファイリングした。既知の抗HIV薬であるRaltegravir、Elvitegravirと比較し、この2つの薬剤よりも耐性ウイルスの出現が少なく、投与量及び回数の少ない性質を持つものを目標とした。その結果、2つの薬剤で報告されている全ての耐性変異に対し,薬効低下が起こっていなかった。また、他の薬剤では短期間で耐性ウイルスが出現するのに対して、S/GSK1349572は長期間培養しても耐性ウイルスが出なかった。薬剤投与後に分離されたウイルスのシーケンスを見ても、変異箇所は少なく長期にわたって変異が起こりにくいことが明らかとなった。
S/GSK1349572の耐性や安全性のプロファイリングが終了し、いよいよ少数の患者について投与試験を行った。第2相前期試験 (Phase IIa) では10日間投与における血漿中のウイルス量を測定すると、投与量及び日数に応じたウイルス量減少が観察された。第2相後期試験 (Phase IIb) においては、他の薬剤との組み合わせて大丈夫か?他の薬剤の耐性にも有効か?という着眼から、治療未経験者を対象に既存の逆転写酵素阻害剤 (NRTI) との同時投与を行った。現在使用されている別な逆転写酵素阻害剤 (EFV) と比較して、高い有効率を示すことがわかった。また、他の薬剤の耐性ウイルスが出現した患者の治療にも有効であることが示された。以上の結果からDTGは良好な容認性および安全性を持ち、これまでにない強力な抗ウイルス剤として期待できる。現在、複数にデザインされた第3相試験を行なっていて、いい結果が出ることを期待しているところである。
今後も抗ウイルス薬の創製を通して、シオノギの基本概念である「常に世界の人々の健康を守るために必要な最も良い薬を提供する」という目的を達成していきたい。
今回は、一つ薬ができるまでのストーリーをご自身の失敗及び成功を例にお話いただいたが、実際にかかる時間や各過程の重要性などの説明も盛り込まれ、わかり易く非常に興味深く聴講させていただいた。途中で「安全性は毒性と薬効のバランスが重要である」と説明していたことから、構造最適化においてかなりのご苦労をなさっている様子が伺えた。最初の説明の様に、一つの薬の完成までは非常に時間と労力を要する仕事であるが、今後も新しい薬を開発され我々の健康を守っていただけることを期待したい。
山形大学医学部発達生体防御学講座感染症学分野助教 下平義隆
東京都医学総合研究所・ウイルス感染プロジェクト長 小池 智先生
EV71(エンテロウイルス71型)はピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属し、他の多くのエンテロウイルスと同様に手足口病等の疾病の要因となる。手足口病は主に小児の間で流行する疾患で、その名のとおり手足口に水疱が見られ、一般的に予後は良好である。しかし、EV71による手足口病は稀に髄膜炎や脳炎等の中枢神経合併症を引き起こすなど他のエンテロウイルスとは明らかに異なる病態を示す場合があることが知られており、海外では死者も多数報告されている。このEV71の重症化、つまり中枢神経合併症にいたるメカニズムを解明するためには動物実験モデルが必要であり、そのためにもEV71のレセプター同定は重要である。
EV71はヒト横紋筋肉種由来のRD細胞に対して効率的に感染するが、マウス由来のL926細胞には感染しない。だが実験的にL926細胞にEV71のウイルスゲノム(RNA)を導入すると感染性を持つウイルス粒子が回収された。このことから、L926細胞にEV71が感染出来ない要因はウイルス感染の初期過程に何らかの欠陥があるためであることが強く示唆される。そこで、L926細胞にRD細胞のDNAをトランスフェクッションし、そこから得られた形質転換細胞のライブラリーの中からEV71に対して感受性を示す細胞株(Ltr051)を探し出すことに成功した。次に、実際にこのLtr051細胞に導入されたヒト遺伝子を同定するため、マイクロアレイを用いてLtr051細胞にL926細胞よりも多く発現されている(RD細胞由来のヒトの)遺伝子を探した結果、複数の遺伝子が候補となった。Ltr051細胞に導入された遺伝子はEV71のレセプターであったと考えられるため、さらに候補遺伝子の中で膜貫通領域を有するものをピックアップすると、SCARE2遺伝子が見いだされた。そこで、SCARE2遺伝子を単独でL929細胞に導入した結果、Ltr051細胞と同様にEV71に対する感受性を獲得した。よって、この遺伝子がEV71のレセプターをコードすることが明らかとなった。
エンテロウイルス属はエコー、コクサッキー、ポリオなど多くのウイルス種に分類され、血清型も多種にわたる。他の多くのエンテロウイルスの中でEV71だけがSCARE2をレセプターとして認識していれば、EV71による重症化の大きな要因の一つと考えられる。また、この細胞が、EV71を選択的に分離できれば、ウイルス分離において実用的に有用である。そこでSCARE2遺伝子をL929細胞に導入した形質転換細胞に他のエンテロウイルスが感染するかどうか試みた。その結果、EV71ならびにこれと系統樹上近縁に位置するエンテロウイルスであるコクサッキ―A16、A14、A7といったウイルスも感染したが、その他のエンテロウイルスは感染できなかった。これらのうちEV71のみが中枢神経症を発生するのか、その解明は大きなチャレンジである。今後はSCARE2遺伝子が導入されたマウスを作製し、それを用いて、ウイルスの中枢神経症発生のメカニズムに迫っていきたい。
EV71はエンテロウイルス属の中でも中枢神経合併率が高く非常に特別なものと感じており、個人的にも注目しているウイルスであったため、興味深く聴講させていただきました。EV71の感受性細胞株を探し出すのに7万クローンの細胞株を調べるなど大変な実験だったと感じました。EV71は東アジアで多数死者が報告されているにも関わらず、日本においては発生しない要因や病原性など解明されていない点が多く、小池先生の研究によりレセプターが判明したことは大きな一歩であると感じられ、今後のワクチン開発や病原性の解明が期待されます。わかりやすい講義をありがとうございました。
ウイルス塾への参加は今回で3回目なりました。無料で懇親会にも参加させていただき愉しい夜を過ごすこともできました。西村先生をはじめウイルスセンターの方々に感謝いたします。
福島県衛生研究所微生物課(ウイルス) 北川 和寛
東北大学大学院医学系研究科・微生物学分野・大学院生 藤 直子 先生
ライノウイルス(HRV)は普通感冒(かぜ)の原因ウイルスであり、症状は軽く一般的には数日で軽快すると考えられているが、児童の喘鳴や喘息にHRVが関与するとの報告もあり、HRV感染による病態の詳細な解析は重要である。共にピコルナウイルス科に属するエンテロウイルスとライノウイルスとはその物理学的な性状が下記のとおり異なり、
これが、腸管や全身での感染を示すエンテロウイルスと、主に呼吸器での感染を示すライノウイルスとの違いの一つと考えられている。
ライノウイルスはその遺伝子配列からHRV-A、HRV-Bの遺伝子群に分類され、近年さらにHRV-Cが報告された。HRV-CはA、Bと異なり、効率的に分離可能な培養細胞系が構築されておらず、その物理的性状の多くは不明のままである。
フィリピンレイテ島では呼吸器感染症が大きな問題であり、依然として肺炎が小児死亡要因のトップである。レイテ島のタクロバンにおいて小児を対象とした重症呼吸器感染症サーベイランスで検出されたウイルスの28.6%がライノウイルスであり、各遺伝子群の割合はそれぞれA;51.8%、B;9.1%、C;38.9%であった。タクロバンにおけるライノウイルスの地域流行を詳細に解析するため、検出されたライノウイルスのVP4-VP2(ウイルスの構造蛋白質)領域の配列が10%未満の変異率のウイルスを同じ系統のウイルスと簡易的に分類し、継時的な検出パターンを比較した結果、A、Bの遺伝子群はほぼ同時期に様々な系統が流行しているのに対し、HRV-Cは異なる系統が入れ替わり流行しており、流行パターンに相違が認められた。さらにHRV-Cが検出された患者は喘鳴を呈する傾向が強く、その重症化に関与するメカニズムの解明が重要である。
2009年に肺炎患者の血漿、便からHRV-Cが検出されたという報告がありされ、HRV-Cが全身での感染を起こす可能性が示唆された。演者らの今回のタクロバンにおけるサーベイランスにおいても、感染患者血漿から約30%程度の割合で検出された。特に感染初期での検出率が高かったという。これらの成績は、HRV-Cがウイルス血症を起こすことを強く示唆するものであり、これが重症化等、他のライノウイルスとの臨床症状の違いの要因の一つである可能性が考えられた。
HRV-Cの感染様式のより詳細な解析のためにも、ウイルスの分離は重要だが、前述のとおりHRV-Cの培養系は未だ構築されていない。そこで演者らは、細々とではあったがリバースジェネティック法によるウイルスの増殖を試みており、増殖系の構築まであと一歩のところまで達している。だが、先日海外の有名な研究グループがから、ほぼ同様なアプローチでそれに成功したとの報告がなされた。競争には敗れたものの、HRV-Cの重症化因子やウイルス血症のメカニズムの解析は始まったばかりである。ライノウイルスとエンテロウイルスの境界線上に分類されるウイルスの特性も含め、今後の研究の進展が強く期待される。
藤先生には細胞による分離が困難なウイルスを扱う難しさと、またそれに果敢に挑戦する面白さをわかりやすくご講義いただきました。本当にありがとうございました。
また今回、この聴講録を書く機会を与えていただきました西村先生に深く感謝いたします。
福島県衛生研究所微生物課(ウイルス) 門馬直太
講師:国立病院機構仙台医療センター・臨床研究部ウイルスセンター長 西村秀一先生
「本当に、どれほど怖がるべきか?」〜インフルエンザウイルス感染伝搬の程度・効率に関するリスク評価をする。このことを目的として、インフルエンザ患者の咳の中のウイルス定量を、2つの方法から試みた。
まず、くしゃみから排出されるエアロゾルの動態を知るため、くしゃみを撮影し、エアロゾルの拡散する速度・時間・先端位置について、画像解析を行った。その結果、 0.1秒でエアロゾルの先端位置は口元から80cmに達した。1つ1つのエアロゾル粒子の速度をベクトルで示すと、粒子径の大きいものは0.5秒までの間にほとんどが重力で落下し、小さいものも初めは速度が大きいが、0.5秒経過するとほとんど粒子に動きに勢いが無くなくなり、経もさらに急速に縮小し目眼ではほとんどに見えない程度のものとなって、強調画像で観察すると落ちずに浮遊し、気流に従い拡散していた。
次に、咳とくしゃみの粒子構成を比較すると、咳はくしゃみに比べると粒子数が少ないものの、粒子径は両者とも0.3〜0.5μ mが最も多くカウントされ、粒子構成は同様の傾向であった。また、人工的に咳を再現するため、ネブライザーと咳の粒子構成を比較したところ、温度20℃の一定条件で、湿度30%・50%・70%の3条件では、いずれも咳とネブライザーは、ほぼ同様の粒子構成であった。このことから、咳のモデルとしてネブライザーを用い、空中浮遊ウイルスの効率良い回収と活性定量システムの構築を試みた。
ネブライザーを用いて、空中浮遊インフルエンザウイルスの失活について、湿度の影響を経時的に解析した。ここでは、リアルタイムPCRなどによるウイルスRNAの定量ならびに、回収されたウイルス中の活性ウイルス数を調べた。
温度15℃の一定条件で、湿度30%・50%・70%で回収活性ウイルス数を比較すると、湿度30%が最も多く、2時間後まで活性ウイルスが確認されたが、 50%・70%と湿度が高くなるにつれ、回収される活性ウイルス数が減少した。 なお、回収される絶対的ウイルス量をウイルスの遺伝子量を指標に定量的リアルタイムPCRでしらべてみても、湿度によってそれらの間に差がないことは確認している。
また、湿度を一定条件とし、4つの温度環境下における空中浮遊インフルエンザウイルスの失活の経時的解析を行ったところ、温度の上昇とともに回収活性ウイルス数が減少した。
このことから、空中を浮遊するウイルスについて、次のことが示唆された。
次に、エアロゾル粒子サイズの経時的変化の物理学的解析を行った。
咳の映像解析からその到達距離が口元からがおよそ50cmと想定されることから、長さ50cmの筒を用いて、筒の入口と出口におけるエアロゾル粒子径がどのように変化するか、分布パターンを調べた。エアロゾルの通過時間は1.07secで、水・発育鶏卵しょう尿原液・ウシ血清アルブミン蛋白溶液(以下、蛋白溶液)を用いた。
その結果、水・蛋白溶液ともに、入口におけるエアロゾル粒経分布は、相対湿度による変化は見られなかったが、出口においては、相対湿度30%では水は乾燥して検出不能であったのに対し、相対湿度60%では粒経のピークが小さい方にシフトしつつも、水・蛋白溶液ともにエアロゾルが検出された。
また、エアロゾルが完全乾燥する時間について、水と10mg/ml蛋白溶液で比較すると、相対湿度が低い場合は差はあまり顕著ではないが、上昇すると、蛋白溶液は水より乾燥時間を多く要した。また、10mg/ml蛋白溶液を用いて、20℃と30℃の温度条件について完全乾燥までの時間を比較すると、こちらでも相対湿度が低い場合差はあまりないが、上昇により、20℃の温度条件では30℃より乾燥時間を多く要することがわかった。また粒子の完全乾燥時間は、もとの粒子径の大きさの2乗に比例することがわかった。
空気中を浮遊する粒子がヒトに吸われたとき、粒子がヒトの気道のどこに沈着するかに、粒子径が大きくかかわっていることが知られている:鼻腔(7.8〜12ミクロン)→咽頭( 4.6〜7.8ミクロン)→気管(2.7〜4.6ミクロン)→気管支(1.6〜2.7ミクロン)→肺胞(0.96ミクロン以下)と、肺胞に向かって到達する粒子径が小さくなっていく。
よって、こうした咳やクシャミのミストの大きさは、それらがウイルスを含みつつ呼吸とともにヒトの体内に入った時に、どこに沈着するかに大きくかかわる。たとえば夏は粒子は乾きにくく、比較的大きな粒子となって空気中を漂い、冬には簡単に乾燥して小さな粒子となって空気中を漂うことになる。その結果が、そうした粒子は夏は上気道に多く沈着し、冬はもっと下部気道に沈着しやすいということになる。これによって、冬のインフルエンザに肺炎等の下気道炎の患者が冬に多く要注意であり、夏のインフルエンザは比較的軽症ですむことが多いという説明が可能となる。
喉にどれくらいのウイルスがいるか?は調べられているが、実際に咳から出ているウイルス量については調べられていないことから、人の咳からのウイルス回収を試みた。
直径40cm、長さ50cmのメガホン様のウイルス回収装置を作成し、インフルエンザ患者に咳を20回程度してもらい、ゼラチン膜フィルターにウイルスを回収し、リアルタイムPCRによりウイルスRNAの定量を行った。
この系でのフィルターまでの回収率は50%で、その後の検体処理のプロセスを含めた最終的回収率は10%程度であった。
57例のインフルエンザ患者から咳を回収した結果、23例でウイルスが検出された。
咳症状が「有る」・「無い」で比較すると、咳症状が有る人の方がウイルス量多いものの、咳症状の無い人からもウイルスが検出された。その一方で、咳症状が有る人においてもウイルスが検出限界以下の場合があった。
これまではまだ症例数が少なく、患者が成人に限られていたるが、今後、時間的経過やタミフル投与あり・なしなど様々な面でインフルエンザ患者を比較し、解析する必要があると考える。
空中浮遊インフルエンザの回収活性ウイルス数を調べるシステムを応用して、空気清浄機等のウイルス抑制機能について評価を行った。
A 社、B社、C社、D社が、それぞれに開発した付加価値的ウイルス抑制機能について、製品を用いて調査した結果、いずれもウイルスの自然減衰と比較して効果が見られないか、たとえ効果が見られたとしてそれはウイルス抑制機能ではなく空気清浄機の機能に由来すると考えられた。
開発した活性ウイルス定量システムは、このようなウイルス抑制機能などの評価にも用いることができると考えられ、今後、疑問の多い他製品の検証などにも大いに応用したい。
東日本大震災で大変なご苦労をされている中、今年もみちのくウイルス塾を開催してくださり、本当にありがとうございました。西村先生を始め、運営に携わられた全ての皆さまに、心から感謝申し上げます。
ウイルスの感染伝搬の程度・効率のリスク評価においては、ウイルスRNAの定量ではなく、活性ウイルス数を計測し、つい迅速な遺伝子検出に頼ってしまいがちになりますが、ウイルスRNAがどれだけあっても、活きていなければ感染の評価ができない、改めて「活きたウイルス」をとらえることが大事であると思いました。開発された活性ウイルス定量システムの、今後の活躍が楽しみです。
また、くしゃみの画像解析や、咳回収のための巨大メガホンの作成、さらにインフルエンザの患者さんが出ると巨大メガホンを担いで出動するなど、アイディアと熱意が満載で、西村先生の研究者魂を感じました。とても興味深く、楽しく勉強できました。ありがとうございました。
青森県環境保健センター微生物部技師 吉田 綾子
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