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第9回みちのくウイルス塾 聴講録

目次

講義参照スライド

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「エイズ医療の現場から −グローバリズムの被害者たちへ」 を聴講して

前厚生労働省新型インフルエンザ対策推進室・室長補佐; 国際保健通信編集者 高山義浩先生講師 : 前厚生労働省新型インフルエンザ対策推進室・室長補佐; 国際保健通信編集者 高山義浩先生

【概要】

世界におけるHIV/AIDS問題

世界各国の人口の上位10カ国を順に並べると、最初の桁に1が多いことに気づく。例えば、1位の中国の人口は1,345,750,973人(世界の人口統計2008年版)で最初の桁は1であるし、10位の日本の人口は127,156,225人(世界の人口統計2008年版)でこれもまた同様に1である。このことはただの偶然なのだろうか、それともそこには何らかの法則があるのだろうか。さらに詳しく調べてみると、国連に加盟している国のうち最初の桁が1の国が60カ国、2の国が39カ国もあり、この2つの数字だけで全体の約半数を占めていることがわかる。実は、公衆衛生や感染症疫学にとって非常に重要な法則がこの背景には隠されている。それはベンフォードの法則と呼ばれており、この法則によれば、自然界に出現する多くの数値の最初の桁が1である確率は約3分の1にも達し、大きな数字ほど最初の桁に現れる確率は小さくなり、9ともなると最初の桁に現れる確率は20分の1よりも小さくなる。詳細はともかくとして、自然界の多くの数値が等比数列的に増大するがゆえにこの法則に従う。別の言い方をすれば、法則が成立するほど自然界には等比数列的に増大する事象があらゆるところに存在するのだ。にもかかわらず、我々は目の前の事象を等差数列として把握してしまう傾向があり、ここに大きな落とし穴がある。例えば、インフルエンザ感染者が初日に1人、2日目に10人発生したとする。ここで翌日の感染者は20人くらいだろうと高を括ると、3日目に医療現場はパニックに陥ることになる。自然界の事象は等比数列的に変化するので、3日目には100人の感染者が発生することを覚悟しなければならない。現に新型インフルエンザ発生の際は、国内初の発生から翌日には10人となり4日目には100人を超えた。このように、人間であれウイルスであれ、等差数列的ではなく等比数列的に増加し拡大していく。等比数列的に増加していく世界において、等差数列的な世界観で対策を講じようすると大きな失敗を犯してしまうことになる。

20年程前カンボジアで村落調査をした頃。現地ではパリ和平協定の締結により内戦は終結に向かっていた。各地に散らばっていた難民は帰国し、さらにはベビーブームも重なったことで人口は等比数列的に増加していった。こうなると一部地域では水資源が十分に確保できず感染症などの問題が拡大し、その地域では人口を支えられなくなる。結果として、このような状況が続くと人減らしが起こり、具体的には、子供たちが地域の外に出ていくことになる。例えば、男の子たちは少年兵となって、戦争が終結していない地域で大人たちの代理戦争を強いられることになる。明日をも知れぬ身の彼らは集団で移動し、行く先々で強姦を繰り返す。そういうところにHIV/AIDSの問題は入り込んでくるのだ。一方で、戦争により両親を失ったような女の子たちは、生活費や兄弟の養育費を稼ぐためにセックスワーカーとなって売春を行う。もちろん、ここでもHIV/AIDSの問題は避けては通れない。このように戦争が生み出す強姦や売春などの諸問題を原因としてHIV/AIDSの問題が拡大している。私たちは医師としてこの問題の下流で日本の一人一人のHIV/AIDSの患者の治療を行っているが、戦争と私たちの社会はHIVというウイルスではっきり繋がっていることを忘れてはいけない。いつまでも同じように患者のケアをするだけの医者になってしまわないよう、上流で起きていることをきちんと見通すことが必要なのだ。

佐久におけるHIV/AIDS問題

ここからはHIV/AIDS問題の下流に話を移す。佐久総合病院は浅間山と八ヶ岳の間を流れる千曲川沿いに位置する長野県の佐久という街にある病院で、近隣の地域も含め診療圏人口として約20万人をカバーしている。あまり知られていはいないが、佐久はHIV感染がかなり多い地域で、この病院だけで累積HIV陽性者数は100人を超えている。

AIDS患者・HIV感染者報告数(人口10万人比、H21年度エイズ動向調査)を県別に見ると、多いほうから順に東京、大阪、愛知と大都市がある県が続く。ここで佐久に注目すれば、報告数は3.70となり東京並み(3.68)の状況であることがわかる。さらに、AIDS患者報告数(人口10万人比、H21年度エイズ動向調査)だけを抜き出すと、佐久の報告数は2.0で東京(0.75)の約2.5倍にものぼる。このことは佐久におけるHIV感染予防キャンペーンが失敗に終わっていることを意味している。というのも、HIVに感染すると10数年の無症候期を経てAIDSを発症する。AIDS患者が多いということは、すなわち、HIV感染の診断が遅れ治療などの対応をせずに放置されていた人が多いということになるからである。

長野県でAIDSが急増したことについては、長野オリンピックの際にインフラ整備のため多数の外国人労働者を受け入れたことに原因があるといわれている。外国人労働者の受け入れについては利点も多いが、このような感染症を含めた様々な問題を引き受けていく覚悟も必要である。今後さらなるグローバル化に伴い全国で外国人労働者の受け入れが進んだ場合、長野県は日本社会の先見事例となるだろう。

ここで、佐久総合病院の5年間(2004〜2008年度)の新規感染者の診断契機に注目すると、半分以上がAIDS関連疾患を発症してから診断されている。さらに注目すべきなのは、自主的に検査を受けHIV感染が判明したケースがないことである。このことからも、いかにHIV感染防止キャンペーンがうまくいっていないかということがわかる。これらの原因は行政が都市型のキャンペーンを行い若年者をターゲットにしているからである。実際に、HIV検査の受検者は20代や30代が多く、彼らには必要なメッセージが届いていることがわかる。一方で、佐久総合病院に通院しているHIV患者の年齢分布を調べると、40代と50代の男性にピークがある。都市部とは異なり佐久のような地方では、買春行動を起こす中年以降にHIV感染が拡大しているのだ。では、なぜ行政は都市型のHIV感染予防キャンペーンを行ってしまっているのだろうか。それは単に行政が現場の状況を把握していないからである。だからといって、ここで安易に行政批判を行うことは賢明ではない。というのも、行政がすべての現場の状況を把握することは無理があるからだ。真に重要なことは、行政が現場の声に耳を傾け理解する力を持つことである。もちろん現場から行政に対し声を上げることも同様に重要である。つまり、行政と現場がコミュニケーション可能なチャンネルを持つことが大切なのだ。

しかしながら、中高年の男性のみをターゲットにすればHIV感染の問題が解決するわけではない。なぜなら、3年間(2004〜2008年度)の新規HIV感染者の3分の1は外国人女性だからである。彼女たちは人身売買で日本に連れてこられておりビザもなければパスポートもなく、こういった人々を対象として行政が施策を講じることは非常に難しい。彼女たちを救うためには、佐久総合病院のような民間が成功事例を蓄積し、それを元に救済システムを作り上げ、行政を動かしていく必要がある。とはいうものの、現実にはいくつかの問題が横たわっている。まず、彼女たち外国人から高額な治療費を回収することが難しいケースが多い。佐久総合病院においても3年間(2004〜2006年度)で外国籍未収金患者の国籍は13カ国にものぼる。ただし、外国人患者の滞在資格によらず医療費が給付される手段はいくつか存在するので、これらの制度を利用することで解決可能なこともある。さらに、追跡調査により日本で治療したとしても帰国後に死亡しているケースが多数明らかになっている。彼女たちが現地で治療を受け続けられるよう、大使館や現地医療機関、もしくは国際NGOや現地NGOとの連携により帰国支援を行うことも必要となってくる。

これらの活動の一環として、佐久総合病院では定期的に外国人健診活動を行っている。こうした健診活動を地域の医療機関として行う際には、いかに行政と協力していくかがポイントとなる。そうすることで、現場と行政が地域の外国人が抱える問題を共有することができ、後に制度として確立する際に大きな力となる。ただし、このような健診活動も病院が住民から信頼されていなければ到底行うことなどできない。佐久総合病院が日本で初めて健診活動を行った際も、10年以上に渡って貧しい人々を含め平等に在宅診療を行い、この10年の蓄積があって初めて住民健診を行うことができたのだ。このように信頼関係のないところに医療が根付くことはなく、外国人についても同様に彼らの信頼を得ることが健診活動にとって必要となる。

最後に

私たちが暮らしている地球という星は一つの船である。私たち日本人は一等船室にいて甲板で起こっているとことに気づいていない。佐久で医師をしていると、HIV感染が増加していること、つまり、甲板で起こっていることが透けて見えてくる。このように、医療従事者は日本にいる貧困層の外国人に接する最前線にいるのだ。そうした前線で甲板にいる外国人を押し返すのではなく、一等船室に招き入れ日本人と同等の治療をすることが重要ではないのだろうか。そして、彼女たちを治療しながら甲板で何が起きているのかということを日本人に対して伝えていく、そうした活動が今後の日本の国際化という点において非常に重要なものとなるはずだ。

【感想】

フリーライターや医師としての豊富な経験に基づいた高山先生の講演はとてもリアルで激しく心を動かされました。「戦争が生み出す強姦や売春などの諸問題を原因としてHIV/AIDSの問題が拡大している。私たちは医師としてこの問題の下流で日本の一人一人のHIV/AIDSの患者の治療を行っているが、戦争と私たちの社会はHIVというウイルスではっきり繋がっていることを忘れてはいけない。いつまでも同じように患者のケアをするだけの医者になってしまわないよう、上流で起きていることをきちんと見通すことが必要なのだ。」という言葉は、実際にカンボジアと佐久でHIV/AIDS問題に関わってきた先生にしか語ることができないものだと思いました。講演を聴いた今では、患者の抱える疾患や問題だけでなく、背景にある社会的な問題にまで意識を向けられるような医師になれればと強く感じています。

今回初めて「みちのくウイルス塾」に参加させていただきました。すべての先生方のお話がとても面白く、素晴らしい経験をすることができました。西村先生はじめウイルスセンターの皆様ありがとうございました。

東京慈恵会医科大学医学部医学科4年 杉山佳史東京慈恵会医科大学医学部医学科4年 杉山佳史

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家畜の最重要疾病のコントロール -口蹄疫と鳥インフルエンザを比較して- を聴講して

北海道大学大学院獣医学研究科・准教授 迫田義博先生講師 北海道大学大学院獣医学研究科・准教授 迫田義博先生

はじめに

口蹄疫(こうていえき)は今年2010年に宮崎県で流行し、大きな社会問題となりました。口蹄疫が家畜伝染病の中でも最重要課題のひとつである理由について家畜伝染病の特徴をふまえ、また同じくウイルス感染症である鳥インフルエンザとの比較を交えながらわかりやすく解説してくださいました。

口蹄疫とは

口蹄疫は人のインフルエンザの歴史と同様、大変古くから知られており、とくに畜産の盛んな国では常に大きな問題となっています。日本では1897(明治30)年以降、長い間発生が認められていませんでしたが、2000年と2010年に流行が見られました。

口蹄疫はアストウイルス(ピコルナウイルス科)による“ウイルス感染症”です。偶蹄類と呼ばれる「ひずめ」が二つに分かれている動物(牛・豚・羊・水牛・山羊など)が感染します。感染動物には、口内炎や四肢の湿疹などの症状が認められますが、牛・豚ともいずれは治癒し死亡は子豚を除けばまれです。この点は、鳥で高い致死率を示す高病原性鳥インフルエンザと異なる点でもあります。発症した動物は食欲が低下し、その肉や牛乳の質・量は低下、またOIE(L'Office international des épizooties、国際獣疫事務局)のルールによって汚染国から非汚染国への畜産物の輸出が禁止されていることもあり、畜産業は大きな経済的ダメージを受けることになります。

動物ごとに感染のしやすさ(感受性)と感染した場合の広げやすさ(ウイルスの排拙量)に特徴があり、例えば感染のしやすさからいうと牛は豚の40倍感染しやすく、豚の呼気中へのウイルス排拙量は牛の2000倍もあります。牛舎では簡単に感染が広がり、またいったん豚に感染が広がるとウイルスが広範囲に広がりやすいということです。さらには、牛は感染後も長い場合は数年にわたって、咽頭部にウイルスを保持し続ける(キャリア)ことも知られています。

口蹄疫のウイルスは、多くの消毒薬に対し安定(消毒には次亜塩素酸やイソジンなどが必要)で長期間環境に残存します。このため、汚染された敷き藁などを介して感染が伝播される可能性もあります。ワクチンは開発されているものの、その効果は発症防止であって感染を防止できません。つまり、感染動物は具合が悪くならずに済むかも知れないのですが、感染によるウイルスの排拙(量は減る)は続きます。また、OIEルールでは“感染”自体が許容されないこともあり“経済的ダメージを小さくする”という観点からは不十分なのです。

口蹄疫発生への対応と問題点(宮崎での発生を振り返って)

日本での発生は、流行国からのウイルスの持ち込みが原因と考えられます。汚染された畜産資材、ウイルスが付着したその他の物資や人、あるいは野鳥などの関与の可能性も考えられます。

感染が疑われるとサンプルが採取され、PCR、ELISA、ウイルス分離によりウイルスを検出することにより確定されます。日本国内での検査・研究は、動物衛生研究所(つくば)のみで行われており、感染が疑われるすべてのケースを逐一検査することは不可能です。この点は、都道府県や大学などの研究機関でもウイルス分離ができ、世界中に大勢の研究者がいる鳥インフルンザとは状況が大きく異なっています。また宮崎での口蹄疫のアウトブレークには全国から多くの獣医師が応援に駆り出されました。家畜などを対象とする大動物獣医師は就労環境に恵まれないことが多いため、不足の状態にあるからです。

対策の基本は、早期に感染が疑われる群全体を殺処分することです。日本では口蹄疫発生が日常的ではないこともあり、不慣れが発見の遅れや対応の不備につながりやすいと考えられます。しかし今回、宮崎県で家畜の密度が比較的高い地域において、口蹄疫の伝搬が終息できたことはむしろ評価できます。

家畜でのアウトブレークは確実に封じ込め、環境中へウイルスが漏れ出さないようにしなければ、家畜から野生動物へ新たな伝播が生じてしまいます。鳥インフルエンザでも、アジア地域の農場でアウトブレークを起こした鳥インフルエンザウイルスに野鳥が感染し遠方へと運んでいる様子が、ウイルス遺伝子の系統樹解析から明らかになっています。口蹄疫は野生の動物の間でも伝播しており、地球上からの撲滅は困難です。しかし、人間が管理している家畜でおきた問題を野生動物の生態系へ持ち込むことは避けなければなりません。

まとめ

口蹄疫について、診断・研究の改善や充実、地域にあったリスク管理、大動物獣医師不足の解消が望まれます。

感想

畜産業になじみの薄い多くの人にとって、家畜伝染病は何がどうなっているのかわからない分野だと思います。「経済的損失を回避すること」が対策の最重要課題である点が家畜伝染病における特徴であり、家畜の殺処分には人間の感染症対策とは異なる背景があることがよく分かりました。家畜そのものの移動だけではなく資材の輸入など人為的要素を介して伝染性疾患の病原体が地域を越え国境を越えて広がること、家畜伝染病の対策が不十分なために野生動物を巻き込んで感染を拡大させてしまうこと、経済的ダメージなど広い視野に立って感染症対策を考える必要性を認識させられました。

小熊妙子(新潟大学医学部公衆衛生)小熊妙子(新潟大学医学部公衆衛生)

「A/H1N1pdm感染症の病態と病理」 を聴講して

国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第6室・室長 (感染病理部併任) 長谷川秀樹先生講師 国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第6室・室長 (感染病理部併任) 長谷川秀樹先生

インフルエンザウイルスA/H1N1pdm

A/H1N1pdmは、2009年にパンデミックを引き起こしたインフルエンザウイルスである。このウイルスの持つ8本の分節性遺伝子は、解析の結果、いくつかの異なる由来であることが示されている。症状は季節性インフルエンザとほぼ同じだが、下痢を引き起こす割合が若干多い。日本においては、このA/H1N1pdmによる死亡者数は125人で、季節性インフルエンザによる毎年の推定死亡者数10,000人に比べると1/50程度ではあるが、30〜59歳という比較的若い世代の割合が高いという特徴がある。

入院患者数は17646人にのぼり、37.4%にあたる6599人が基礎疾患をもっていた。入院者中死亡率は15歳未満で0.2%、60歳以上で5.1%であったが、この数値は米国などと比べると低い値であり(これも各国の推計の方法論がまちまちであることから、正確な比較にはなじまないので、注意が必要である)日本における医療の、早い診断・治療や、医療機関へのアクセスのし易さが影響している可能性がと考えられる。

インフルエンザウイルスA/H1N1pdmの病理像

日本におけるA/H1N1pdmによる死亡者を剖検した17例のうち、病理切片からNP抗原が検出されたのは9例であり、9例すべて呼吸器系のみから検出された。その検出は、1)上気道・気管支のみから、2)肺胞領域のみから、3)上気道・気管支と肺胞領域の両方から検出される、3つのパターンに分類する事ができた。

また、肺の部位や小葉によって肺胞障害の進行度が異なることから、血行性ではなく経気道的に感染が広がったことが示唆された。小児では、気管支に炎症性細胞や炎症性の粘液様、フィブリン様物質が貯留して気管支鋳型のゴム状気道塞栓を形成し、気道閉塞で低酸素血症や無気肺を招くPlastic bronchitisと呼ばれる病態が発生した症例も報告されている。

一方、免疫染色から、A/H1N1pdmはI型とII型の肺胞上皮細胞に感染することがわかったが、インフルエンザ抗原が陽性となって見える細胞は主にII型の細胞であった。この細胞は、肺胞を広げる働きを持つサーファクタントという界面活性物質を産生する事が知られており、呼吸にとって非常に重要な細胞である。病理学的にこの細胞が障害を受けているという情報から、今回、肺炎で重症化した小児に急遽、サーファクタントを投与し救命できた例がある。病理学的解析が臨床に直結しお役に立てた、長谷川先生にとって嬉しいエピソードであったという。

米国でなされた100例の剖検例でも、60%以上で肺胞障害がみられている。

一方、新型インフルエンザA/H1N1pdmで心筋炎や筋融解症も多数報告されているが、今回、それらの臓器組織について詳細に病理学的を行ってみたものの、解析した全例でインフルエンザウイルス抗原もゲノムRNAも陰性であった。今後、そうした病態に対しては、もっと病理学的な解析が必要だと思われる。脳症についても、これまでにも何度か調べる機会があり、また今回も病理学的に詳細に調べたが、脳にインフルエンザウイルス抗原やゲノムRNAは、検出されたことは一度もない。

剖検組織の解析を累積することにより、でインフルエンザウイルス感染症の病態がより明らかになり、その結果予防・治療のために必要な知見が蓄積されると考えている。

インフルエンザウイルスA/H1N1pdmの感染とレセプター

インフルエンザウイルスはこれまでの季節性インフルエンザでは、上気道の上皮細胞に感染していることが知られており、下気道、特に肺胞域での感染病変はほとんど見られないとされている。これまでのヒトの季節性インフルエンザのウイルスのレセプターは、α2-6結合のシアル酸であるとされ、ヒト気管上皮細胞で優位とされている。一方、鳥インフルエンザウイルスのレセプターはα2-3結合のシアル酸であるが、ヒトでは肺胞上皮細胞の一部に存在することが知られている。

このように、インフルエンザウイルスのレセプター、従来の季節性のインフルエンザでは、主体はα2-6結合のシアル酸であるとされてきたが、今度のA/H1N1pdmウイルスでは、α2-3結合のシアル酸にも結合することが証明された。

病理学的には、肺胞領域の病理像は、通常のHE染色でも、インフルエンザウイルス抗原を染める免疫学的染色でも、H5亜型の鳥インフルエンザ患者のそれとよく似ていた。鳥インフルエンザの症例との類似性は、たぶんこうしたレセプターの知見とよく一致する。

ディスカッション

Q1: 季節性と新型で、死亡者数を比較して新型が季節性にくらべて死者が少なかったかのようにお話されたが、一方はPCRでの確定例、一方は疫学的推計と、方法論がまったく異なるので、正式な比較にはなじまないのでは? (西村) 

A1: そのとおり (長谷川)

Q2: 死者数の国際比較をお話されたが、死者の報告の基準も各国がまちまちであり、日本が死亡率が低いというのは、傾向としては当たっているかもしれないが、必ずしも正確な比較とは言い難いのではないか? さらに、比較としてアメリカやメキシコなどとくに高いところとばかり比較しているが、ヨーロッパ先進各国等のデータも比較に必要なのでは? (西村)

A2: そのとおり (長谷川)

Q3: レセプターの特異性だが、病理写真で示されたのはα2-6結合シアル酸、α2-3結合シアル酸に結合されるとされるレクチンでの染色であって、その特異性は絶対的なわけではないのでは? また、人間はα2-6結合シアル酸、α2-3結合だけで感染性が決まるといった単純なものではないのでは? それだけで話を理解しようとするのは、むしろ学問的には危険なのでは? (西條)

A3: その通り (長谷川)

Q4: それに補足するが、レクチンの結合で見ているのは、あくまで細胞表面にある糖タンパクや糖脂質の末端にあるシアル酸の結合様式だけであり、それらのうちどれが実際にウイルスのレセプターになっているのかは、まったく調べようがない。いわば、必要条件だけを見ていることになる。西條先生の意見に賛成。 (西村)

感想

長谷川先生は、たくさんの写真とともにインフルエンザの病理像について、とてもわかりやすく説明してくださいました。剖検や組織染色について触れる機会はあまりないので、先生の講義はとても興味深いものでした。昨年に引き続き、今回は二回目の参加でしたが、今年も様々な分野の先生方のお話を聞く事ができ、充実した二日間でした。

このような機会を与えてくださった西村先生をはじめ、ウイルスセンターの皆さん、ありがとうございました。

東北大学大学院 修士課程1年 大谷可菜子東北大学大学院 修士課程1年  大谷可菜子

「プリオン2010」 を聴講して

講師 東北大学大学院医学系研究科・CJD 早期診断治療法開発分野・教授 北本哲之先生講師 東北大学大学院医学系研究科・CJD 早期診断治療法開発分野・教授 北本哲之先生

クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)は、中枢神経の変性疾患で、一般的には急速に進行して、全身の不随意運動と認知症を主徴とする病気です。それは異常プリオンが脳内に侵入し、脳組織に海綿状の空腔をつくって脳機能障害を引き起こします。この病気の進行は、発症するとても速くて、1〜2年で死に至るという病気です。初期から脳波は基礎律動の不規則性がみられ、その後高振幅鋭徐波(PSD )が出現するという特徴があります。脳の病理では皮質の萎縮、海綿状変化、神経細胞の脱落、アミロイド斑などが認められます。

プリオン(Prion) とは蛋白質性感染粒子で、核酸を含まない感染性の蛋白(病原体)です。ヒトプリオン遺伝子には正常遺伝子多型があり、129番目のコドンがメチオニン(M)である場合とバリン(V)の場合とがあるそうです。即ちM/M, M/VおよびV/Vの3通りの組み合わせが存在します。異常プリオン蛋白はシナプス型の場合、コドン129がM/Mで、このタイプによるCJDは急速に進行しします。一方、アミロイド斑型の場合、コドン129がV/MかV/Vで、比較的ゆっくり進行します。また、別のプリオン蛋白の分類法があるそうです。はプロテアーゼ抵抗性の異常プリオン蛋白とN末端がプロテアーゼによって切断されるものです。弧発性CJDの多くはMM1とVV2によります。10 人の変異型クロイツフェルト-ヤコブ病(vCJD)を調べたところ、全べてで小脳失調と痴呆症状がみられ、ミオクローヌスは7例、精神症状はほとんどで、脳波でPSDは認められませんでした。遺伝子検査で、コドン129は全部M/Mで変異はなく、病理的には海綿状脳症アミロイド斑が認められました。さらにこれらヒト型のマウスにヒトのvCJDプリオンを暴露した場合には、M/M, M/Vの遺伝子を持つマウスがvCJDプリオンに感染しました。この結果は、BSEからvCJDを発症するためにはヒトがM/Mの遺伝子を持つことが必要であることと、vCJDのヒトからヒトへ伝播はM/M、M/Vの遺伝子を持つヒトが発症のリスクが高いことを意味しています。二次感染のリスク評価で、M/M, M/Vの遺伝子を持つヒトの割合は英国人で88%, 日本人で100%です。最後にいま世界で問題になっているのは鹿のプリオン感染で、北アメリカではやっている。これから注意すべきだ。

感想

第9回みちのくウイルス塾を参加させていただいて、とても感謝しています。違う分野の先生たちのご発表を通じて多くのことを勉強しました。特に北本先生のプリオンに関する発表は柔らかな言い方で、分かりやすく、最新の研究内容を説明なさってくれました。人はプリオンに感染した牛の脳とか食べて、感染した。それが原因と分かってから、牛の脳を食べなくなし、六年たって人の感染がやっと減ったとのことでした。これからも北本先生たちの新しい成果を楽しみに待っています。科学研究においては、みんなで努力し、協力し、新しい知識・知見を得ることが大切でないかと思います。また、来年も参加したいと思います。

国感染症研究所ウイルス第一部流動研究員 王麗欣国感染症研究所ウイルス第一部流動研究員 王麗欣

「サイクリング・プローブ法による薬剤耐性インフルエンザウイルスの検出法の開発と応用」 を聴講して

新潟大学大学院医学研究科・大学院生 鈴木康司先生講師:新潟大学大学院医学研究科・大学院生 鈴木康司先生

インフルエンザウイルスの治療薬

現在、日本で使用されているインフルエンザ治療薬は、ウイルスのM2蛋白阻害剤であるアマンタジン(商品名;シンメトレル)と、ウイルスのノイラミニダーゼを阻害するオセルタミビル(商品名;タミフル)とザナミビル(商品名;リレンザ)である。ノイラミニダーゼ阻害剤は、インフルエンザウイルスのA型、B型両方に効果があるが、アマンタジンはA型のみである。

薬剤耐性変異

2005年ごろから、M2遺伝子のS31Nによるアマンタジン耐性ウイルスが世界的に大流行を起こし、2009年に出現した豚由来の新型インフルエンザウイルスは、発生当初からS31N変異を獲得しアマンタジンに耐性化していた。2007年、ノルウエーを起源とするNA遺伝子のH275Yによるオセルタミビル耐性ウイルスが世界的に流行した。新型インフルエンザウイルスも散発的にオセルタミビルに対して耐性を獲得している。つまり、2005年以降、インフルエンザ治療薬への薬剤耐性化が世界的な問題となっておりサーベイランスの重要性が高まっている。

サイクリング・プローブ法の開発と実用化

サイクリング・プローブ法とは、薬剤耐性変異をもつインフルエンザウイルスの迅速なスクリーニング法のことであり、 本法の圧倒的な利点は、

  1. 半日程度で検出可能
  2. 適正な薬剤を選択可能
  3. 治療の経過中に迅速に対応可能

である。

RNAとDNAからなるキメラプローブとRNaseHの組み合わせで1塩基の変異(薬剤耐性変異)を高感度に短時間で検出することができる。具体的には、増幅産物中の相補的なウイルス遺伝子配列とプローブがハイブリットを形成すると、その直後にRNaseHによりRNAが切断され、同時に強い蛍光を発する。この蛍光強度を測定することにより、増幅産物が薬剤耐性遺伝子なのか迅速にモニターすることが出来る。プローブのRNA部分に1塩基でもミスマッチがあると、RNaseHにより切断されないので蛍光を発することはない。

本研究のプローブは、アマンタジン耐性変異にはS31Nプローブを用い、また、オセルタミビルの変異については、H275Yプローブを用いた。季節性インフルエンザウイルス(A/H1N1亜型)、新型インフルエンザウイルス(A/H1N1亜型)、季節性インフルエンザウイルス(A/H3N2亜型)、B型インフルエンザウイルスを同時に用いプローブの特異性を検討したが、型、ならびに亜型間の特異度は100%であった。また、コントロールプラスミドによるH275Yの検出限界は、10コピーであり、他のプローブでも同様の結果であった。

アマンタジン耐性変異の検出系における感度は、2007年〜2010年の3シーズンのウイルスを用いた実験結果は、季節性インフルエンザウイルス(A/H1N1亜型)は98.9%(1396/1414)、季節性インフルエンザウイルス(A/H3N2亜型)は98.3%(395/402)、新型インフルエンザウイルス(A/H1N1亜型)は99.8%(600/601)であった。オセルタミビル耐性変異の検出系における感度は、季節性インフルエンザウイルス(A/H1N1亜型)は99.6%(1124/1128)、新型インフルエンザウイルス(A/H1N1亜型)は98.5%(592/601)であった。これらの検体には、培養検体と同時に、臨床検体も含まれており、いずれのプローブも感度が98%以上であることから耐性変異ウイルスの検出にはきわめて有効であり臨床現場への実用化に期待が持てる。

終わりに

鈴木先生のご発表は、現在、世界各地で問題となっている薬剤耐性ウイルスの問題をPOCT(Point Of Care Testing)で解決する興味深い研究であり感銘を受けました。

今回、聴講録の機会を与えてくださった仙台医療センターウイルスセンター長、西村秀一先生を始め、第9回みちのくウイルス塾を開催していただいた先生方に感謝いたします。

自治医科大学さいたま医療センター 小児科 田村 大輔自治医科大学さいたま医療センター 小児科 田村大輔

「流行地で学ぶウイルス性出血熱:エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱およびラッサ熱」 を聴講して

講師 国立感染症研究所ウイルス1部第3室・室長 西條政幸先生講師 国立感染症研究所ウイルス1部第3室・室長 西條政幸先生

概要

出血熱ウイルスは、主にエボラ出血熱、マールブルグ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ラッサ熱、その他のものに分類されます。いずれも日本には存在しないウイルスです。

エボラ出血熱

2000年ウガンダのグル州でエボラ出血熱のアウトブレイクが起こりました。西條先生は現地の方々と協力し、病院で対策活動を行いました。感染防御には手袋、マスク、キャップ、ガウンの装着程度でよいのですが、エボラ出血熱は血液を介して感染するため、採血時には細心の注意を払います。患者320人中約半数が死亡してしまうという大変な状況でありました。結膜や歯ぐきからの出血、吐血、下血などによる出血性ショックにより死亡してしまします。

旧ザイールのキクイットでのエボラ出血のアウトブレイクでは、死亡率90%という驚くべき数字でした。幸運にも生き延びることができた方々のお話によると、エボラ出血熱患者の血液が付いたガーゼを手洗いした看護師が感染し、そのガーゼのいくつかを家に持ち帰ったために家族も感染してしまったケースや病室で意識を回復した方は、生きているのは自分だけで死亡した方々はベッドに放置というアフリカの貧困を象徴する生々しいお話でした。アフリカでアウトブレイクが起こる原因のほとんどがこのような院内感染や家族感染によるものです。

クリミア・コンゴ出血熱

原因ウイルスはダニが持っており、かまれたヒトが感染したり、ヒツジに住み着き、そのヒツジを解体したヒトが感染するなどの経路をたどります。東ヨーロッパや中近東に流行しています。流行地のウイグル自治区ではヒツジの60%が抗体を持っており、ヒツジから採取したダニにウイルスが検出されました。

ラッサ熱

マストミス属のネズミからヒトに感染します。ナイジェリア周辺で流行しています。乾期になると居住区域にある食料保管庫にネズミが入って汚染することが原因と言われています。

感想

西條先生のスライドは写真が多く、アフリカの実状がひしひしと伝わりました。アフリカでアウトブレイクが起こった背景には、ガーゼや注射針の使い回しをするという明らかに感染を拡大させてしまう行為が日常的に行われていたためでした。貧困でものがないために、使い回すのが当たり前となり、感染症に対する知識も不足し、悪循環になっている現状に何か手助けができないものかと考えさせられる一方で、想像以上に感染対策が取られていない現状に愕然としました。日本にはないウイルスとはいえ、世界に目を向け、感染症対策を広めていくことは大切なことだと改めて感じました。

大阪大学修士課程1年 秦明日香大阪大学修士課程1年 秦明日香

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