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第6回みちのくウイルス塾 聴講録

目次

『小児のノロウイルス感染について』 を聴講して

山形大学医学部看護学科臨床看護学講座 松嵜葉子先生の 『小児のノロウイルス感染について』 を聴講して

仙台医療センター・ウイルスセンター 畑岸悦子(内科医)

【概要】

山形大学医学部看護学科臨床看護学講座 松嵜葉子先生松嵜先生は、本講演で、近年、冬型の急性胃腸炎・食中毒の原因として注目を集めているノロウイルスについて、ノロウイルス感染症の一般的理解の概説を行なった後、元小児科医としてのバックグランドに基づく、小児のノロウイルス感染症の詳細(その特徴と感染者によるウイルスの排泄期間等)についてのご自身の研究について講演された。

以下に私が理解した範囲での講演の概要を箇条書きで要約した。

1.ノロウイルス感染症の一般的理解
a.ノロウイルスの特徴
  1. 人にしか感染しない。 → 動物での感染実験ができない。
  2. 感染する培養細胞がない。 → 診断はPCRでの遺伝子検出による。
  3. 遺伝子型が何種類もある。 → 同じ人が何度でも感染する。
b.ノロウイルス感染症
  1. 嘔吐・下痢を主症状とする。
  2. 感染経路は経口感染、吐物による飛沫感染である。(空気感染の可能性もある。)
  3. 乳幼児のウイルス性急性胃腸炎の原因としては、第2位である。
2.小児のノロウイルス感染症の松嵜先生のグループの研究
感染者によるウイルス排泄期間に関する研究

これまでに、成人ボランティアによる感染実験の結果として、便中のウイルス排泄期間は2週間まで、との報告があるが、小児に関しての詳細な解析は少ない。

松嵜先生は、急性胃腸炎で小児科医院を受診した小児を対象に、臨床症状の解析と便中のウイルス遺伝子の検出を行った。その結果、以下のように年齢によって臨床症状・ウイルス排泄期間に差があることがわかった。

a.有症期間、下痢の回数、重症度スコアは、いずれも7ヶ月から1歳の児にピークがあった。

b.嘔吐の回数は2〜5歳児で多く、この年齢層では成人の臨床像と大きな差がなかった。

c.ウイルス排泄期間は年長児ほど短い傾向にあった。1歳未満のウイルス排泄期間の中間値は20日であったが、50%で排泄期間が3週間を超えていた。特に6ヶ月以下の乳児では1ヶ月以上もウイルスが排泄されることがあり、二次感染防止のためには、症状消失後も便の取り扱いに注意が必要であることが示唆された。

【感想】

筆者は、ご講演の研究内容のすばらしさもさることながら、先生が私たちに紹介してくださった勝島先生から受けた教えに感銘を受けた。2.の研究は勝島小児科医院勝島矩子先生と共同で行われたものであったが、先生は講演のスライドに勝島先生のカルテを提示され、電子カルテ世代となった若い医師達に、手書きカルテの良さを伝えようとした。

手書きカルテには、第三者には読みにくいという欠点がある一方で、文字の大きさや強さ、アンダーライン等、字面だけでは読み取ることのできない表情があり、なにより記載した本人にとって必要な情報がわかりやすいという利点がある。媒体は何であれ、まずは情報が確実に記載されることが重要で、これは研究者にとっての実験ノートにも共通するに違いない。そして読み手にはその中から必要な情報を探り出す努力が必要になる。松嵜先生の研究からは、先生がこの貴重な情報源を丁寧に読み解かれたことがうかがわれる。手書きカルテもまた、書き手、読み手さえ確かであれば、非常に豊かな情報源となりうることを示された。

また、先生が紹介されたエピソードが非常に印象に残った。それはこの研究結果を投稿した際のことである。査読者からの指摘により、重症度スコアを追加することになった。そのために脱水の評価が必要となり先生はデータが出せないのではと懸念された。しかし、勝島先生は即座に可能であると返されたという。それは、勝島先生が受診のたびにカルテに患児の体重を記載されていたからであった。勝島先生は松嵜先生の小児科指導医でもあられたとのことで、松嵜先生の脳裏には、当時勝島先生が繰り返されていた「体重は大切、毎回測定すること」という教えがよみがえったそうである。勝島先生はご自身もこれを実践され続けていたのである。やることは非常に簡単なことであるが、それを続けることがどれだけ難しいことか、それは日常の診療や研究に従事している私たちは身にしみて知っている。先生と勝島先生はそれを手を抜くことなくあえて続けることの大切さをこれからの人たちに教えてくれた。

勝島先生の教えは確実に松嵜先生へと伝わり、松嵜先生もまた今回のウイルス塾を通して着実な仕事の大切さを伝えてくださった。みちのくウイルス塾には、これからもこうした大切なものを若い人たちに伝える場のひとつになっていってもらいたい。私自身それをとても楽しみにしている。

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『フィリピンにおけるウイルス感染症:我々は今、何ができるか?』

東北大学医学系研究科微生物学分野教授 押谷 仁 先生の「フィリピンにおけるウイルス感染症:我々は今、何ができるか?」を聴講して

東北大学医学系研究科微生物学分野・実験助手 清水みどり

【概要】

東北大学医学系研究科微生物学分野教授 押谷 仁 先生 押谷仁教授の研究室では、実験室レベルのウイルス学的研究も行っているが、公衆衛生の視点に立ったウイルス学の研究にその基盤を置いている。

研究フィールドは国内のみならず海外にまで拡げられており、フィリピンの熱帯医学研究所(RITM;Research Institute for Tropical Medicine)との共同研究もその一翼を担う。今回の「みちのくウイルス塾」において、押谷教授は、RITMとの主要なプロジェクトの一つであるインフルエンザウイルスと狂犬病ウイルスの研究の現状、そして将来に向けた構想について述べられたので簡約に報告する。

■フィリピンにおけるインフルエンザ ―マニラ・レイテ島を拠点にして―

インフルエンザは日本でも見られる感染症であるが、通常12〜3月の冬季に流行し、死に至るケースは高齢で基礎疾患を有する患者に多い。一方、フィリピンのインフルエンザ患者は年間を通して発生する。また、5歳以下の小児の死因のほとんどは感染症によるもので、中でも肺炎が20%を占めている。

■フィリピンにおける狂犬病 ―ボホール島を拠点にして―

日本でほぼ封じ込めの成功している狂犬病であるが、世界に目を向けると、年間約55000人が犠牲になっている。そのうち30000人以上はアジアの国々である。フィリピンでの狂犬病による死亡報告者数は年間約300人で10歳以下の小児、しかも貧困層が大半を占めている。

たとえ狂犬病の犬に咬まれた後でも、免疫グロブリンやワクチンを打てば助かるが、何も処置しないまま発症すればほぼ100%死亡する。それがわかっていても、高価なワクチン(約3000円/人)に手の届かない患者が多いのも事実である。

■海外渡航時の狂犬病対策

2006年、日本でも36年ぶりに2例の狂犬病患者の死亡が報告された。いずれもフィリピンで犬に咬まれた後帰国したが、本人は狂犬病を自覚しておらず、発症前に何の処置もされてなかった。では、アジア・アフリカなど狂犬病の存在する地域へ渡航する場合どうすればよいか。

  1. 渡航前に、狂犬病への感染リスクがあること、しかし万が一咬まれても発症前に適切な処置をすれば予防できること、を知っておく。
  2. 実際に咬まれた場合、現地の大都市にある外国人が行くような病院で、免疫グロブリンかワクチンを投与してもらうのが原則。日本に帰国してからでもワクチンによる予防はできるが、重傷に対応する免疫グロブリンはない。ただし現地でも、狂犬病の治療プロトコールを理解していない病院もあるので、最も信頼できる病院で受診することが望ましい。
【感想】

初めて「みちのくウイルス塾」に参加させていただきました。学会とは違ってオープンで和やかな雰囲気の中、多岐にわたる議題が凝縮されたプログラムで、有意義な時間を過ごすことが出来ました。私自身、以前は実験室の中だけで微生物と関わってきましたが、押谷先生の研究室に所属して、公衆衛生という観点からウイルスを眺めるようになり、今、この瞬間にもウイルスの危機にさらされている人々をより身近に感じるようになりました。今回の狂犬病の話の中で、日本では犬への狂犬病ワクチン接種率が70%であること、また犬以外の動物からでも咬まれれば感染するということを知りました。ペットブームの日本で狂犬病が再燃するのではないかと怖くなり、近い将来(狂犬病ウイルスに限らず)危機に直面するかも知れない人々の中に自分達も含まれているのだと改めて思いました。さらにそれを回避するためにも、一般的に耳にするニュースだけでは不十分で、世界中で起こっている問題を専門家でなくとも簡単に知ることが出来る、また語られる必要性を感じました。

最後になりましたが、西村先生はじめウイルスセンターの皆様ありがとうございました。また来年の「みちのくウイルス塾」を楽しみにしています。

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『ノロウイルスによる水環境汚染とその対策』 を聴講して

東北大学大学院工学研究科 土木工学専攻 大村達夫教授 『ノロウイルスによる水環境汚染とその対策』を聴講して

秋田大学医学部医学科4年 新井晋太郎

【概要】

東北大学大学院工学研究科 土木工学専攻 大村達夫教授今回の講演で大村先生は、水系感染症を引き起こす病原ウイルスとしてノロウイルスを挙げ、ノロウイルス感染症の発生状況、またノロウイルスによる水環境汚染についての概説を行なった後、ご自身の研究である膜分離によるノロウイルス除去実験、ウイルス濃縮の新技術について講演された。以下、私が理解した内容について簡単にまとめた。

ノロウイルスは感染者の体内で増殖した後に排出され下水へと流れ込む。そのため、適切な下水処理が行なわなければ、カキの養殖海域を含めた下水放流先の水環境はノロウイルスに汚染することになり、その水環境を利用する人間の新たな感染リスクとなる。さらに、感染者から身近な人間(家庭や学校、職場等)への二次感染のリスクもあり、流域内でノロウイルスの被害が拡がる危険性がある。

このような水環境のウイルス汚染を防止するためには、水中ウイルスを効率的かつ経済的に除去することが必要である。塩素やオゾン、紫外線など既に細菌やウイルスの殺菌・不活化の手法は確かにある。しかし、それらの各種病原対に対する殺菌・不活化の効率は、病原体の種類によって大きくばらつき、ひとつの方法ですべてを殺菌・不活化できる可能性は低い。

そこで大村先生たちのグループは、膜によるウイルス除去に目をつけた。この方法は、広範囲の標的微生物に除去効果が期待でき、副生成物の問題がない、維持管理が容易である、など塩素やオゾン、紫外線など既存の方法にくらべて多くのメリットがあり、さらに、ウイルスの感染能力の有無が問題にならない、ウイルスの種類によらない、通常使われている消毒剤使用量の削減が可能、などの利点も挙げられる。

膜によるウイルス除去の具体的な方法としては、浮遊ウイルス単独では膜を通過してしまうので、実際には汚泥細菌が産生するタンパク質(VBP: virus binding protein)を利用して活性汚泥にウイルスを吸着させ、水中ウイルスを特異的に吸着し濃縮するといった手法を検討しており、VBPそのものの分離方法についての試み、そしてVBPを応用したウイルス濃縮技術の実用化という夢を語ってくれた。また先生は、種々の実験室での試験成績を示され、種々の病原体に対して有効であることを示され、さらには、パイロットプラントにおける試験成績も示され、本法が大量の水の処理においても有望であることをお話になられた。

【感想】

本国で水は日常生活ではもちろんのこと、様々な用途で大量に利用されている。しかし、夏などに叫ばれる“水不足”などのように、水は必ずしも無限な資源ではない。そのような限りある資源を有効に利用する一手段として、“膜ろ過によるウイルス除去”が位置づけられているのだと感じた。このような手法が機能すれば、下水処理水の再利用などが可能になる。先日の新潟県中越沖地震のメディア報道によると、震災中一番困るのは飲料水として利用する水が不足することはもちろん、トイレや風呂、食器洗いなどに利用できる水が不足することで衛生管理ができないことだそうだ。迅速な対応が求められるそのような場面でも、このような手法は大いに力を発揮するのではないかと感じた。

ウイルス学というととかく実験内での基礎的な仕事を想像するが、先生は実際の生活の場への応用を視野に入れた実学としての立場からのウイルス研究をお示しくださった。おかげでこうしたウイルス研究の世界もあるのだということを知ることができ、新鮮であり、視野が広がった。

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『レトロウイルスと細胞の同化について』 を聴講して

京都大学ウイルス研究所付属新興ウイルス感染研究センター准教授 鈴木 陽一 先生「レトロウイルスと細胞の同化について」 を聴講して

(財)東京都神経科学総合研究所・微生物部門 安部優子(非常勤研究員)

『みちのくウイルス塾』 への参加は私自身 2 回目となります。昨年に続き今年も幅広い講演を聞く事ができ、とても有意義な時間を過ごすことができた。 その中で、鈴木先生のレトロウイルスに関する講演について概要を紹介するとともに、私個人の感想を述べる。

京都大学ウイルス研究所付属新興ウイルス感染研究センター准教授 鈴木 陽一 先生鈴木先生は、京都大学ウイルス研究所附属新興ウイルス感染症研究センターにてウイルス感染細胞内でのウイルス性因子と宿主性因子との関係についてレトロウイルスをモデルとして研究されている。仙台で過ごされた時期もあるとのことで、研究に行き詰まった時は仙台の繁華街である国分町で時間を過ごされることもあったとのこと。そんな鈴木先生の面白い一面から始まった本講演では、ウイルスとはどのようなものか、その構造や役割といった基礎的な部分から、インテグレーションというレトロウイルスと細胞の同化過程やその応用について紹介された。

【概要】
●ウイルスとは?その構造とゲノムの持つ役割

ウイルスは生物と非生物の特徴を併せ持ち、増殖可能な生命体の中で最も小さいものである。その増殖には細胞を必要とし、時にはその感染細胞や感染個体を殺してしまうこともある。ウイルスの RNA ゲノムや DNA ゲノムといった核酸分子は基本的に単純なタンパク質で包まれた構造をしている。細胞への感染後、ウイルスゲノムはウイルス性タンパク質の鋳型となるメッセンジャー RNA (mRNA) を合成し、合わせて、ウイルスゲノム自身を複製する役割を持つ。

●ウイルス (ゲノム) の多様性とmRNA の合成

ウイルスには様々な種類があり、ピコルナウイルス (ポリオウイルスやライノウイルス) やフラビウイルス (日本脳炎ウイルスやC型肝炎ウイルス) といった RNA をゲノムとしてもつウイルスがいれば、一方アデノウイルスやヘルペスウイルスといった DNA をゲノムとしてもつウイルスもいる。また、そのウイルスの中にも塩基対を形成するもの(double-stranded : ds) や、形成しないもの(single-stranded : ss) があり、dsDNA、dsRNA、ssDNA、ssRNA という多様性がある。このように多様なゲノムをもっていても、タンパク質を合成するためには mRNA を合成しなくてはならない。

●インテグレーション : レトロウイルスと細胞の同化過程

形態変化についてレトロウイルスをモデルに考えてみる。レトロウイルスは 7〜12kb の一本鎖 RNA をウイルスゲノムとしてもつ球状ウイルスで、ヒトに重篤な免疫不全を引き起こす後天性免疫不全症候群 (acquired immunodeficiency syndrome : AIDS) の原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス (human immunodeficiency virus : HIV) を含むウイルスである。レトロウイルス粒子が細胞へ侵入してから放出されるまで、ウイルスゲノムには逆転写酵素反応 (ウイルスゲノム RNA → DNA)・インテグレーション (ウイルス DNA の染色体への組み込み)・転写反応 (ウイルスゲノム RNA の合成) という三つの形態変化がある。インテグレーションとは、ウイルス由来の酵素・インテグレース (integrase : IN) が細胞 DNA を切断し、ウイルス DNA が細胞の染色体 DNA に組み込まれる反応である。この反応はすべてのレトロウイルスに共通で、ウイルスの増殖に必須の過程である。この過程により、レトロウイルスは染色体の一部として mRNA を発現させることができ、そのため生体側から異物として認識されにくい。また、細胞が増殖すると同時にウイルスゲノムも増やすこともでき、ウイルスゲノムを安定に維持することができる。

●インテグレース阻害剤の開発と LEDGF/p75 の利用による同化の抑制

インテグレース阻害剤として、Elvitegravir (ギリアドサイエンス社) やIsentress (メルク社) などがある。これらの阻害剤の使用は、血中ウイルス量・耐性ウイルス出現の減少や副作用の軽減、他の抗 HIV 薬剤との併用において効果的である。HIV のインテグレーションには Lens epithelium-derived grouth factor (レンズ上皮由来増殖因子) : LEDGF/p75 が HIV のインテグレースと結合することが必要であることが分かった。この機構の詳細は不明であるが、LEDGF/p75 断片を利用してインテグレースの機能を破壊して HIV 増殖の抑制することや人工的に作り出した酵素で HIV ゲノムを切り出すことも試みられている。

●レトロウイルスとヒト

ヒトの染色体にはすでに同化している内在性レトロウイルス (一部壊れたり欠損したりしているレトロウイルス様ゲノムの名残) やトランスポゾンが存在している。その名残に由来するタンパク質であるシンシチンがヒトの胎盤の合胞体栄養細胞層で発現し、これを使って細胞融合を促進し、ヒト胎盤の形態形成に関わることがわかった。このように、ヒトも同化したレトロウイルスを利用している。 今後は、HIV 感染症の克服や化合物の開発などのためにもインテグレーションを確実に抑制できる手法が期待されるとともに、内在性レトロウイルスの解析により、ヒトと病原体の共存についても考えていかれるようである。

【感想】

レトロウイルスといえば AIDS の原因ウイルスであるHIVを含むウイルスとして知られており、遺伝子治療のためのウイルスベクターとしても耳にしたことがあるが、不勉強な私はその構造や増殖機構についてはよく理解したことがなかった。レトロウイルスは逆転写酵素やインテグレーションという過程を使い、最も安定的な方法で増殖 (維持) する。細胞レベルに限らず、我々は異物が侵入してきたことを察知するとそれを除去しようと働くが、レトロウイルスはあたかも我々 (宿主細胞) と同じであるかのように同化し、異物として認識されない手段をとり抵抗をかいくぐる。このようなレトロウイルスの感染メカニズムは、治療が困難な原因のひとつでもあるのだと思うが、本当によくできたシステムである (敵ながらあっぱれ)。

鈴木先生の講演を聴いたあとに、あらためてレトロウイルスについて調べてみたが、やはりHIV感染症について多くの記述に出合った。HIV感染者は年々増加しており、きわめて重要な問題となっている。多剤併用療法 (HAART) などが行われているが、その副作用や煩雑さ、耐性ウイルスの出現や根治療法ではないことなど多くの問題があるため、より良い抗HIV薬の開発が待ち望まれている。実際に臨床試験段階の抗HIV薬も次々と開発されているが、新薬の開発だけではなく、感染・発症メカニズムの研究も必要であり、鈴木先生のようにウイルスレベルでの研究が欠かせないと思うとともに、ウイルス研究の面白さを改めて感じた。

「みちのくウイルス塾」では時には難しい話題もあるが、自分から遠い世界であると思わず、自分を取り巻く社会や日常に結び付けて考えてみると身近に感じることができる。今後も、医療・研究関係者だけでなくより多くの一般の方にも参加していただきウイルス研究について『体感』して欲しいと思った。  

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「ウイルス表面膜たんぱく質と発癌」

九州大学生体防御医学研究所附属感染防御研究センター助教 前田 直良 先生の 「ウイルス表面膜たんぱく質と発癌」 を聴講して

山形大学医学部発達生体防御学講座感染症学分野 高下恵美

【概要】

九州大学生体防御医学研究所附属感染防御研究センター助教 前田 直良 先生レトロウイルスは感染した動物に癌を引き起こします。1900年代初めにこの現象が報告されて以来、多くの研究者がレトロウイルスによる発癌のしくみを解明しようと試みてきました。その過程で発見されたのが「癌遺伝子」です。様々な種類のレトロウイルスの中には、増殖に不可欠な4つの遺伝子(gag, pro, pol, env)の代わりに、発癌に関与する癌遺伝子を持つものがあることが分かりました。癌遺伝子を持つレトロウイルスは、増殖に不可欠な遺伝子を欠いているので、増殖するためにはヘルパーウイルスの助けを必要とします。レトロウイルスの癌遺伝子と非常によく似た遺伝子は、正常な動物細胞の染色体上にも見つかっており、「原癌遺伝子」と呼ばれています。

レトロウイルスによる発癌機構は、癌遺伝子を持たないウイルスと持つウイルスで異なることが分かっています。レトロウイルスは動物に感染すると、RNAとして持っている自分の遺伝情報をDNAに変換します。変換されたDNAは動物細胞の染色体に組み込まれ、レトロウイルスの遺伝情報はすべてこの組み込まれたDNAから発現されます。癌遺伝子を持たないウイルスでは、組み込まれたウイルス遺伝子のプロモーター/エンハンサー活性によって「細胞の原癌遺伝子が活性化」し、癌が引き起こされます。一方、癌遺伝子を持つウイルスでは、染色体に組み込まれた「ウイルスの癌遺伝子が発現」し、癌を引き起こします。

Jaagsiekte sheep retrovirus;(JSRV)は羊に肺癌を引き起こすレトロウイルスです。このウイルスは増殖にヘルパーウイルスを必要とせず、既知の癌遺伝子も持っていないことが分かっていました。しかし、ウイルス遺伝子にはorf-xと呼ばれる機能が不明な領域が存在していました。本講演の講師である前田先生は、この肺癌の発症機構を明らかにするために、JSRVが癌遺伝子を持っていない場合、あるいは未知の癌遺伝子を持っている場合、の2つの可能性を考え実験を行いました。その結果、JSRVの遺伝子内に細胞を癌化させる因子は存在するが、orf-xは癌遺伝子ではなく癌化の直接の原因にはならないことが分かりました。ではこの因子とは何なのでしょうか。前田先生はウイルス表面膜たんぱく質(エンベロープ)に注目しました。そこで増殖に不可欠な他の3つの遺伝子(gag, pro, pol)を除き、エンベロープの遺伝子(env)だけを細胞に導入してみると、細胞の癌化が起こりました。この現象はそれまで知られていた「細胞の原癌遺伝子の活性化」、「ウイルスの癌遺伝子の発現」に続く「ウイルスエンベロープの発現」という新たなレトロウイルスの発癌機構を証明することになりました。さらに前田先生はウイルスの表面を構成するたんぱく質がどのように細胞の癌化を引き起こすのかという分子機構をも明らかにされるなど、素晴らしい研究成果を収められています。

【感想】

レトロウイルスの研究の歴史は古く、ノーベル生理学・医学賞の受賞者も6名に上るそうです。前田先生のお話はレトロウイルス研究の歴史から御自身の研究成果に渡るまで、たいへん分かりやすく興味深いものでした。

「ウイルスエンベロープの発現」という新たなレトロウイルスの発癌機構を証明する際に用いられた「トランスフォーメーションアッセイ」という実験方法は、非常に古典的でありながら重要な手法で、古典的な手法を用いて最先端の結果を得るというお話を聞いて、過去の上に現在があり、現在は確実に未来につながっていると感じました。この「みちのくウイルス塾」の塾生の中から、前田先生に続く未来のウイルス学者が生まれることになれば素晴らしいなと思います。

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「昆虫媒介性ウイルス感染症 : 世界と日本」

国立感染症研究所ウイルス1部昆虫媒介性ウイルス室長 高崎 智彦 先生の「昆虫媒介性ウイルス感染症」 を聴講して

仙台医療センター・ウイルスセンター 木須友子 (内科医)

国立感染症研究所ウイルス1部昆虫媒介性ウイルス室長 高崎 智彦 先生国立感染症研究所ウイルス1部昆虫媒介性ウイルス室長 高崎 智彦 先生高崎先生の講演は、日本でもなじみの深い日本脳炎をはじめとする昆虫によって媒介されるウイルス感染症の話であった。主に熱帯地で流行の見られる感染症であるが、海外へ行くことが珍しくなくなった今日、それらの感染症について対岸の火事としてはすまされないことを思い知らせる内容であった。

講演の内容について、理解した限り箇条書きにしてみる。

【概要】
  1. アルボウイルスは、節足動物によりヒトや脊椎動物にウイルスが伝播するという疫学的な共通性に基づいた概念であり、媒介昆虫の主なものとしては蚊、サシチョウバエ、ヌカカ、マダニである。ウイルス学的な分類上その中には、フラビウイルス科、トガウイルス科、ブンヤウイルス科、レオウイルス科などのウイルスが含まれる。その中で主なものは、日本脳炎ウイルス、ウエストナイルウイルス、デングウイルス、チクングニアウイルスである。
  2. ウエストナイルウイルス:ウエストナイルウイルスは蚊と鳥の間でまわっており、その蚊が媒介して人に感染し脳炎を起こす。アメリカでは2002年に患者の急激な増加があり、その後も毎年コンスタントに患者発生がみられる。日本にも、アメリカで感染して帰国した輸入例がみられた。
  3. 日本脳炎ウイルス:わが国における日本脳炎の患者は減少してはいるが、いまだに西日本を中心に毎年患者が発生している。日本脳炎ウイルスは蚊と豚の間でまわっており、毎年行われている日本国内の豚における日本脳炎ウイルス抗体保有率調査でも、西日本ではいまだ高い保有率である。また、日本脳炎ウイルスの遺伝子型を見ると、1990年から1994年の間に遺伝子型が3型から1型に移行していることがわかった。
  4. デングウイルス:デングウイルス感染症の流行地は東南アジアや南米を中心とした地域であるが、日本にも毎年輸入例があり、最近増えつつある。デングウイルス患者の臨床症状・所見として多いのは、発熱・皮疹・血小板現象などである。初感染時よりも再感染時に重症化する傾向がある。デングウイルスの媒介蚊はネッタイシマカとヒトスジシマカであり、ヒトスジシマカは日本にもいる。その分布北限は少しずつ北上しており2003年には盛岡でも確認されている。
  5. チクングニアウイルス:チクングニアウイルス感染症の流行地は東南アジアやアフリカである。チクングニアウイルス感染症は関節痛が特徴的であり、そこからチクングニアという名がついた。日本でも輸入例が報告されている。 (余禄)「チクッと刺されて、グニャ」っとなる、と覚えると覚えやすいといったことを、講演後の確認クイズの際、確か増田先生だと思いますがおっしゃられ、この名は、確実に記憶に残りました。
  6. 今後、地球温暖化がアルボウイルス感染症の流行に影響するか否かは、さまざまな要因があり簡単には結論できない。少なくともデングウイルスについてはワクチンや治療法が実用化されない限り、熱帯地および亜熱帯地の都市化現象とあいまって、活発な活動を示すと考えられる。わが国では輸入アルボウイルスだけでなく、常在する日本脳炎ウイルスに注意しなければならない。
【感想】

わが国には日本脳炎という有名なアルボウイルス感染症があるが、最近では患者数の減少によりあまり重要視されなくなっている印象がある。しかし西日本を中心に毎年患者は発生しており、いまだに重大な感染症であることに間違いはない。重症になると後遺症が残り、後の生活に大きな障害となることから考えても、忘れてはならない感染症である。そのようなことを考えると、今後ワクチン接種をしていない子供たちが増えてくるとどうなるのであろうか?とても心配である。日本の名のついた感染症の対策には、日本が中心になって取り組まなければいけないと思ってみたりした。

また、最近騒がれている地球温暖化に伴って熱帯地域に流行する感染症も他人事ではない。実際、交通や流通が便利になったことによって、熱帯感染症の輸入例は増えつつあるといわれる。もっと真剣にこれらの感染症に目を向けるべきだろう。

それにつけてもこの講演で印象的だったのは、参加していた小学生の素朴な質問に先生方が真剣に取り組んで答えてくださっていたことだ。素朴で簡単そうに聞こえる質問ほど難しいものはない。たとえば、「蚊は何故いるのですか?いなくてもいいのに。」という小学生の質問に、そこに参加しておられた他の先生も一緒に一生懸命丁寧に説明されていた。

先生方の熱意がこの子供たちに伝わり、周りの人たちに伝わり、多くの人が感染症に対して関心を持ってくれるだろうことを期待する。

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『聴覚障害をきたすウイルス疾患のはなし』 を聴講して

福島県立医科大学医学部微生物学講座教授 錫谷 達夫 先生「聴力障害をきたすウイルス性疾患」を聴講して

東北大学大学院生 堀  亨 (耳鼻咽喉科医)

ウイルス性内耳炎による感音難聴は、耳鼻咽喉科医である自分にとっては馴染みのあるものであり、強い興味をもって聴講させていただいた。今回は主にサイトメガロウイルスについての内容であった。以下、簡単にその内容を要約した。

【概要】

福島県立医科大学医学部微生物学講座教授 錫谷 達夫 先生先天性サイトメガロウイルス感染症について サイトメガロウイルスは出生直後より難聴をきたす、代表的なウイルスとして知られている。統計的には、1:250〜300で先天性サイトメガロウイルス感染症が起こり、そのうち5〜10%が顕性感染である。顕性感染の25〜30%に聴覚障害が生じ、両側性の中〜高度難聴であることが多い。しかし、不顕性感染症例でも、2歳ころまでに進行性聴覚障害が6〜15%で生じることがある。それらは、出生後の聴覚スクリーニング検査では異常は指摘されないものであり、早期発見が遅れれば、患児の言語能力に多大な影響を与えることになる。

このような背景の中、臍帯からサイトメガロウイルスのゲノムをPCRで検出する診断方法を確立した。実際この方法を用いて、高度難聴を呈する患児67例で検討しているが、約15%でサイトメガロウイルスが検出され、小児の聴覚障害の原因として遺伝子異常の次にサイトメガロウイルスが多いことが示された。この方法が、出生後の聴覚スクリーニング検査として利用されれば、不顕性感染症例でもサイトメガロウイルス感染症例の早期発見が可能となり、また病因が先天性感染か生後の感染症かの判断材料ともなる。また、人工内耳などの適応を考慮するうえでも、重要な因子になる。

【感想】

先天性難聴の場合、遺伝性難聴が多くを占めるのは周知の事実である。しかし、本講演の中で示されていたように、サイトメガロウイルス感染症が2番目に頻度の高い乳幼児難聴の原因であることは、耳鼻咽喉科医の間でもほとんど知られていない。言語獲得能力は、早い段階で音を入れてあげることが重要である。その後の言語発達などを考慮すれば、早期に先天性サイトメガロウイルス感染症を診断し、聴覚障害の有無を確認することは大変重要である。進行性の場合も、経過観察による早期発見が可能となる。錫谷先生の本研究により、サイトメガロウイルスによる聴覚障害の実態が明らかになってきた。その頻度、与える影響を考えれば、新生児難聴に対する医療側の取り組み方も変えていく必要がある。宮城県においても、先んじてサイトメガロウイルスのスクリーニングを行っていくべきと思われた。今後の日々の診療の中で、活用していきたい講演内容であった。

臍帯を用いた検出方法に着目されたことは非常に興味深い。臍帯を記念に保存していく習慣は世界的には珍しいことのようだ。小児科医のアドバイスから、臍帯を用いてサイトメガロウイルスを検出していく本研究が始まったということだが、これは日本特有の検出方法ということになる。固有の習慣を利用して、世界に通じる病態の解明ができる……思わずサッカー以外にナショナリズムを感じてしまった瞬間であった。

錫谷先生の講演は、何回か拝聴させて頂いているが、毎回引き込まれるものがある。一緒に拝聴したある先生が、“久しぶりにやる気になってしまいました”と意気揚々と話されていたのを思い出す。自分も負けじと実家の臍帯と睨めっこしていたことはここだけの話であるが、不思議とそんな気分になってしまう今回の講演であった。

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『プリオン2007』 を聴講して

東北大学神経科学講座病態神経科学分野 プリオン蛋白研究部門CJD早期診断・治療開発分野教授 北本 哲之先生の「プリオン2007」を聴講して

(株)三菱化学安全科学研究所 研究員 河野 吉彦

【概要】

東北大学神経科学講座病態神経科学分野 プリオン蛋白研究部門CJD早期診断・治療開発分野教授 北本 哲之先生クロイツフェルトヤコブ病(以下CJD)は、異常プリオン蛋白質が脳内に蓄積することによって不可逆的病変を起こす疾患である。CJDは感染から発症まで10年以上の潜伏期間があり、早期診断法の開発が望まれていた。また、英国におけるウシ海綿状脳症(以下BSE)の流行が原因であると考えられる変異型CJD(以下vCJD)の発生および輸血等による二次感染の危険が高まっており、そのリスク評価が必要である。

北本先生のグループでは、マウスにヒトのプリオン遺伝子を導入し、約30日間で異常プリオン蛋白質を検出できる早期診断法を確立した。この早期診断法を用いて、BSEプリオンによるvCJD感染を評価した。

ヒトプリオン遺伝子には正常遺伝子多型があり、129番目のコドンがメチオニン(M)である場合とバリン(V)の場合とがある。即ちM/M, M/VおよびV/Vの3通りの組み合わせが存在する。これら3通りの遺伝子を導入したマウスにBSEプリオンを暴露するとM/Mの遺伝子を持つマウスのみBSEプリオンに感染した。

さらにこれらヒト型のマウスにヒトのvCJDプリオンを暴露した場合には、M/M, M/Vの遺伝子を持つマウスがvCJDプリオンに感染した。この結果は、BSEからvCJDを発症するためにはヒトがM/Mの遺伝子を持つことが必要であるが、vCJDのヒトからヒトへ伝播はM/M, M/Vの遺伝子を持つヒトが発症のリスクが高いことを意味している。M/M, M/Vの遺伝子を持つヒトの割合は英国人で88%, 日本人で100%である。

以上の結果から、残念なことにBSE由来のvCJDはほとんど全ての遺伝子型に感染することが明らかとなった。

【感想】

CJDに対して未だ有効な治療法は存在しないが、迅速診断系が開発されたことは、発症機序のより詳細な解明、治療法開発のための強力なツールになるだろうと感じた。また、迅速診断系を用いた一連の実験は、疑問→適切な実験→結果から生ずる新たな疑問、という連鎖が非常にはっきりとしていて、科学者としてのあるべき姿を教えて頂いた。

講演は素人にもわかりやすいように、簡潔かつスマートにまとめられていた。要点を抽出し、聴衆が理解するための間を含んだプレゼンテーション技術は、是非見習いたいと考えている。

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